イラン攻撃で崩壊したドバイ神話…!戦火が揺るがした「安全地帯の資産拠点」、その悲惨な現実
誰も予想していなかったドバイへの攻撃
これまで、このコラムでも何度にもわたってドバイについて取り上げてきましたが、2月下旬の米国・イスラエルとイランとの間での戦争が始まったことにより、大きく状況が変化しています。
グローバルトップのハブ空港となっていたドバイが戦火に包まれた中で、航空会社が模索している新たな動きについて解説します。
私はシンガポールを本拠としていて、富裕層を中心としたお客様に海外移住や資産運用についてのコンサルティングサービスを提供しています。最近、お客様からの問い合わせも増えていたので、2025年にはドバイに法人を設立して、現地のビザも取得して頻繁に訪れていました。
戦争が始まる直前の2月にも上旬と中旬に2度、シンガポールと往復する形でドバイを訪れていました。2月上旬はお客様と20〜30億円の超高級レジデンスをいくつか視察しました。
この方は初めてドバイを訪れたのですが魅力を感じて、世界をプライベートジェットで飛び回る生活の拠点のひとつとして取得したいとのこと。非常に積極的になっていました。
2月中旬には、息子が所属しているシンガポールのアメリカンスクールの野球チームの遠征があり、現地チームと合わせて4試合が行われました。シンガポールのチームは東南アジアで最も強いのですが、ドバイのチームは互角以上の強さでとてもよい経験が積めました。
ミサイルが突き崩した“セーフヘイブン”の前提
このように、公私ともにドバイの魅力を再確認していた中、2月下旬に突然、米国・イスラエルによるイランへ攻撃がはじまりました。それにイランが反撃し、ドバイはもちろん、同じアラブ首長国連邦(UAE)を構成するアブダビにもミサイルやドローン攻撃がありました。
その多くはUAEの防空網により撃退されたものの、一部の打ち漏らしや撃墜後の破片が街に降り注ぎ、死者まで出る事態となってしまいました。
ドバイは中東の中でも「セーフヘイブン」(安全地帯)であることを売り物に、世界中からヒト・モノ・カネを集めていました。直前に何度も行き来する中で話した現地の人々は、誰もこのような事態を想定していませんでした。今回のイラン攻撃で、ドバイの根幹が揺らぐこととなったのです。
当然ながら、上記の超高級レジデンスのディールも白紙に戻りましたし、子供が屋外でスポーツをすることもできなくなりました。日本政府からもUAEを含む中東湾岸諸国には渡航中止勧告が出され、アブダビに赴任していた知り合いも何とか早期に脱出して、今はシンガポールに避難しています。
写真にあるように、ドバイの野球場は世界一の高さを誇るバージ・ハリファをのぞむ素晴らしい立地でしたから、一刻も早く平和に子供たちがスポーツを楽しめる日常が戻ってくることを願っています。
ドバイという「安全地帯」の崩壊は、単なる一都市の問題ではありません。世界のヒト・モノ・カネの流れを支えてきた航空ネットワークそのものに、いま大きな歪みが生じています。では、この混乱のなかで各国や航空会社はどこに活路を見いだそうとしているのでしょうか。
後編『イラン攻撃で進む「航空網」の大再編…!「ポスト・ドバイ」で浮上する新ハブ空港の危うい正体』では、世界のフライト網がどのように再編されつつあるのか、その最前線を追いかけます。
