ブレイク時は「家で寝た記憶があまりない」はんにゃ.川島、驚きの現在。寿司職人として「1人前2万5000円」コースをふるまう
◆「いいとも!」に出て、売れたことを確信
ーー2008年ごろからのブレイク時は、どのような生活だったのでしょうか。
川島章良:2009年は505本の番組に出演させていただきました。子ども向けの帯番組では1つのコーナーを1日で20本撮りしたこともありました。
ーー調子に乗らなかったんですか?
川島章良:それはなかったです。同期のオリエンタルラジオは、もっと早く、もっとすごいブレイクをしていましたからね。
川島章良:『笑っていいとも!』(フジテレビ系列)のテレフォンショッキングに出た時ですね。子どものころから、一流芸能人が出る場所だと思って見ていましたし。
ーー当時は寝る時間もないほどでしたか?
川島章良:毎晩深夜に劇場用のネタの稽古をしていましたから、服を着替えに帰るだけで、家で寝た記憶があまりないような状態です。
◆仕事の失速と、腎臓がん発覚
ーーその後、テレビへの露出が減少してしまいます。
川島章良:シンプルに実力不足かなと。来た仕事をすべて受けようとしていたのですが、僕らの身の丈に合わない場面で失敗することもありました。
ーー例えばどんな仕事ですか?
川島章良:真っ先に思い浮かぶのは、年齢の離れた大御所の方とトークだけで進める番組ですね。当時の僕らには何もできなかった。
ーー仕事が減っていた2014年に腎臓がんが発覚。
川島章良:実は、当時付き合っていた女性にプロポーズをする30分前に告知を受けたんですよ。だから、結婚してはいけないんじゃないかとか、お腹の中にいる赤ちゃんにもがん細胞を持たせてしまっているんじゃないかとか、最悪のことばかり考えてしまいました。
ーー精神的にもかなり追い込まれていたんですね。しかし、その苦難も現状に繋がっているのかもしれません。
川島章良:だしパック店を始めたのも、このがんがあったからです。自分の食事を見直し、だしを活用して塩分を控える研究を始めたことが今に繋がっています。ただ、そう考えられるのも、軸にあるのが芸人という職業だったからかもしれません。昔は、テレビや舞台で面白いことをするのが芸人だと思っていました。今は、「人生そのものが芸人」という感じです。芸人で、ここまでお寿司に向き合っている人は他にいないので、それも含め「あいつ何やってんだ」って面白がってもらえたら嬉しいですね。
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還暦になっても寿司を握り、芸人も続け、がんの講演も継続したいと川島氏は語る。人生のすべてを芸へと昇華させ始めた彼の挑戦を応援したい。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
