「アベプラ」名物のコスプレ気象予報士「穂川果音さん」が卒業! セーラームーンから鯉のぼりまで…“ほかのん”ご本人が振り返る「最もヒドかったコスプレ」
ウェブメディアでは「美人過ぎる気象予報士」という“肩書”で紹介されることが多いという穂川果音さんは、2016年4月にスタートした報道番組「ABEMA Prime」(以下「アベプラ」)のお天気コーナーを10年にわたって担当してきた。そんな彼女がこの3月末をもって番組を去るという。3月27日までは“卒業スペシャル”と題して連日、ゲストを招くことに。5分のコーナーの大半はコスプレ姿で10年間を振り返り、最終日となる27日とその前日には、穂川さん曰く“謎の演出”が待ち受けているそうだ。番組卒業を目前に控えた穂川さんに現在の心境を伺った。【取材・文=中川淳一郎】(全3回の第1回)
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天気予報を外したらコスプレをする
穂川さんはABEMA開局の2016年4月11日から、毎週月〜金曜の22時台後半から番組終了の23時頃まで番組に出演していた。「アベプラ」では最も長きにわたるレギュラー出演者である。

「この10年でウェブ動画のありようが随分変わったと思います。そもそもABEMA TV(当時)がスタートした当初はウェブ動画の過渡期で、アベプラの知名度は低く、視聴者も少なかった。その後、民放各局やアマゾンがウェブ動画に力を入れ始め、コロナ禍を経て、そうした傾向が加速していきました」(穂川さん、以下同)
自身が駆け抜けた10年間を振り返るなかで、穂川さんが“大きな変化”と語るのは、番組内でのコンプライアンスに関する感覚だ。
「番組開始当初は、“愛がいっぱい、Iカップ気象予報士、ほかのんこと穂川果音です!”なんてやってたんですよね。こんなこと、今はとても言えません。コンプラについてよく覚えているのは、2018年のこと。その頃から、芸人さんが性的ないじりをするのがダメになったように感じます。“〜〜ハラスメント”という言葉が取り沙汰されるようになって、時代の流れに追い付くだけで精いっぱいでした。気付いたら時代が変わっていましたが、黎明期から過渡期、そして現在に至るまで、ウェブ動画を深く理解できる良い時代を過ごさせてもらえました」
今ではコンプラ違反、パワハラだと指摘されるかもしれないが、穂川さんがアベプラでコスプレをした理由は、「天気予報を外したらコスプレをする」というものだった。つまり、罰ゲーム的な意味合いもあったのだ。しかも、ただのコスプレではない。そのまま文字にすると何を言っているのか理解できないかもしれないが、こどもの日には“鯉のぼり”のコスプレをし、米大統領選の際には“ヒラリー・クリントン氏”のコスプレをした。挙句の果てには、“新聞紙で作ったドレスを着るお姫様”のコスプレなども。ちなみに、本人が振り返る最もヒドいコスプレは“カッパ”だそうだ。スタイリストさんがとにかく優秀で、穂川さんの感情はともかく、見事にどんな衣装でも作ってくれたという。
番組開始前は、セクシーさを売りにしたピチピチの衣装で天気予報をするよう制作陣から依頼されたそうだ。ミニスカートにジャケットを羽織る、というものである。それがいつしか予報を外したらコスプレをすることになり、セクシー路線とはかけ離れた方向に突っ走ることになった。
週7生放送という生活をする時期も
かくして長期にわたって気象予報士としてアベプラに出演していた穂川さん。一貫して「明るいキャラ」「決めポーズの『きゅるん』をする」「MCからいじられる」「ボケが激し過ぎてツッコミ系の芸人ですらツッコむことが難しい」というスタイルは変わらない。
だが、時代の変化とコンプラ意識の変化により、当初の「セクシーなお姉さん」「コスプレのお姉さん」が、いつしか「ラスボス」と視聴者の間では呼ばれるようになっていく。毎日“番組の最後に登場する”ことに加え、出演歴が最も長くなったからである。
ここで改めて穂川さんのこれまでのキャリアを振り返ってみると、東京出身で15歳から20歳まで「プチセブン」や「CanCam」といったファッション誌のモデルをしていた。その後、“言葉で伝える人になりたい”と一念発起。モデルを辞め、気象予報士の勉強を開始。2度目の挑戦で見事合格を果たした。
とはいえ、23〜26歳まではやりたい仕事ができず、苦しい時期もあった。それでも諦めることなく自分を磨き続け、ついに27歳の頃、ついに「JCOM」でリポーター、キャスターの仕事を掴む。その後、「ウェザーニュース」のキャスター、そして、アベプラへのレギュラー出演が決まり、怒涛とも言える「週7生放送」という時期もあったという。
要求された仕事をしよう
かくして10年間も出演を続け、アベプラに欠かせないキャラになった彼女。ウェブメディアの激動期に立ち会ったことに加え、さらにもうひとつ、アベプラの無茶振りが今となっては自身のキャリアに繋がったという。
「アベプラに出たことで、私のキャラクターはガラッと変わりました。最初にお話が来たのは私が20代最後の年で、番組は30歳になった直後に始まったのですが、その頃の私は“ニーズに応える”ことが大事なんだ、と考えていました。セクシー衣装や、予報を外したらコスプレという無茶振りにしても“なんだそりゃ?”と思ったものの、これが当時の私のニーズだと思いました。そもそも、“コスプレができる気象予報士がいる”という触れ込みで番組に紹介されたので、それも私のニーズだと解釈したのです。
重要だったのが、視聴者から届く1分あたりのコメント数。私は番組出演者の中でそれが最も多く、『皆さん楽しんでくれてるんだな』と感じられました。視聴者からのニーズがあるならばコスプレも含めて要求された仕事をしよう、と決意を固めました」
そんな穂川さんを推し続けた視聴者の皆さんに、ひとつ衝撃的な事実を伝えなければならない。穂川さんといえば「Iカップ気象予報士」との表現が定着していたが、実際は、「Iカップだったのは一時期だけで、本当はHカップ」(穂川さん)なのだという。いや、デイリー新潮以外のネットニュースで取り上げられるかは不明だが……。
第2回【「穂川果音さん」が抱いた「美人すぎる気象予報士」という形容詞への違和感…気象予報士のイメージを刷新した「理想の人物」とは】では、ほかのんの愛称で親しまれた気象予報士の穂川果音さんに、ネット記事のタイトルで濫用される「美人すぎる」という形容詞についての違和感などについて伺いました。
ネットニュース編集者・中川淳一郎
デイリー新潮編集部
