関連画像

写真拡大

WBCの準々決勝で、連覇を目指していた侍ジャパンは、日本時間の3月15日、ベネズエラ代表に5対8で惜しくも敗れました。

侍ジャパンの激闘に、多くのねぎらいの言葉がSNSにあふれる中、逆転の本塁打を打たれた伊藤大海投手のインスタグラムに「おまえのせいで負けた」などと、誹謗中傷のコメントが相次ぎ、物議を醸しています。

伊藤大海選手のインスタグラムの公式アカウントには、「おつかれさま」「胸を張って日本に帰ってきてください」などのねぎらいのコメントが多く寄せられていましたが、一部のユーザーから、「誰のせいで負けたかわかるか?」「打たれるためにジャパンに選ばれたのか?」「よくこんなんで沢村賞とれたな、反省せぇよ」など、誹謗中傷とも思えるコメントが書き込まれていました。

こうしたアカウントの多くは、アイコンのサムネイルもなく、投稿も他にしていないことから、伊藤選手に誹謗中傷のコメントを書き込むことを目的に作られた、いわゆる「捨て垢(使い捨てアカウント)」と思われます。

こうした投稿は法的に問題ないのでしょうか。また、誹謗中傷と批評の境目はどこにあるのでしょうか。捨てアカのようなアカウントは、投稿者を特定できないのでしょうか。解説してみます。

●刑事・民事の責任を問われる可能性がある

SNS上に誹謗中傷を書き込んだ場合、名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(刑法231条)が成立する可能性があります。

両者は「事実を摘示したかどうか」、すなわち人の社会的評価を下げる具体的な事実を示したかどうかで区別されます。

たとえば、「ベネズエラに裏金を渡された」のような虚偽の事実を摘示した場合は名誉毀損罪の問題となります。

他方で、「誰のせいで負けた」「打たれるためにジャパンに選ばれたのか」といった侮辱的な表現は、具体的な「事実」を示しておらず、単純な罵倒といえます。 そのため、侮辱罪の問題となります。

ただし、実際に成立するかどうかは後述のようにグレーゾーンといえるでしょう。

侮辱罪は2022年の法改正で法定刑が大幅に引き上げられました。法務省のサイトから侮辱罪事例集を確認できますが、SNS等への投稿が処罰された事例が多数紹介されています。

民事上も、侮辱にあたる行為によって相手の名誉感情を侵害した場合、不法行為(民法709条・710条)に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。

●誹謗中傷と批評の境目はどこか

「誹謗中傷はダメでも批判はいいのでは?」という疑問を持つ方は多いでしょう。伊藤投手本人のインスタグラムのコメント欄にも同趣旨の書き込みがありました。

たしかにそのとおりなのですが、正当な批評と誹謗中傷の境目を判断するのは簡単ではありません。

意見や論評が不法行為になるかどうかについて、最高裁平成9年(1997年)9月9日判決(民集51巻8号3804頁)を参考にすると、次の4つの要件をすべて満たす場合に違法性が否定される(不法行為とならない)と考えられます。

1)論評が公共の利害に関する事実に関わること(公共性)
2)論評の目的が専ら公益を図るものであること(公益目的)
3)前提としている事実の重要部分が真実であること(前提事実の真実性)
4)人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものでないこと

SNSでのコメントでは、特に4)の「人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものでないこと」が問題となりそうです。この枠組みを伊藤投手へのコメントに当てはめると、次のように整理できます。

「配球ミスだったと思う」とか、「大事な場面でコントロールが甘くなった」のような、プレー内容への具体的な批評は、人格そのものへの攻撃には至っておらず、正当な批評の範囲内と考えられます。

一方、「○ね」「消えろ」のような表現は、典型的な人身攻撃です。 刑事上の侮辱罪に当たる可能性がありますし、民事の裁判例でも、「死ね」「ゴミ」「くそ」などの言葉を繰り返す投稿が社会通念上許される限度を超えた侮辱行為として名誉感情侵害を認めているものがあります。

「ベネズエラに裏金を渡された」のような根拠のない虚偽の事実を示すコメントは、刑事上も名誉毀損(事実摘示型)に該当する可能性が高いと考えられます。

「誰のせいで負けたかわかるか?」「お前のせいで負けた」のような表現はグレーゾーンといえ、裁判になってみなければ違法か適法か分かりません。実際の書きぶりの他、書き込みの文脈や、後述するような繰り返しの回数などの事情によっても結論は変わってくると思われます。

ただ、近年はSNS上での誹謗中傷が大きな問題となっており、先に述べたように侮辱罪が厳罰化され、法務省が事例集を出していることからも、このような誹謗中傷を法的にも違法と評価する方向に動いているように思います。

なお、スポーツ選手や芸能人に対する誹謗中傷を「有名税」などといって正当化する人もいますが、これは誤りです。たしかに名誉毀損の判断における公益性に影響することはありますが、有名なスポーツ選手だからといって、ヤジを飛ばすことがなんでも許されるわけではありません。

●繰り返すことで違法となる場合もある

また、1回なら違法とはいえない内容でも、繰り返すことで違法となる場合もあります。

名誉感情侵害の成否は「社会通念上許される限度を超えるか」で判断されますが(最高裁平成22年(2010年)4月13日判決)、この判断において「執拗性=繰り返し」も考慮要素とされています。

実際、インターネットの掲示板上で「くそ」という投稿を5時間の間に13回行った場合は権利侵害が認められた一方、同じ表現を1回にとどまった場合は否定された裁判例があります(東京地裁平成29年1月16日(発信者情報開示請求の事案))。

仮に「プレーへの批評として適法の範囲」にとどまる内容であっても、伊藤投手本人のインスタグラムに何度も投稿し続ける行為は、繰り返すという態様全体として社会通念上許される限度を超えた侮辱行為と評価される可能性が高くなるといえます。

●「捨て垢」でも特定できる可能性がある

「匿名アカウントだから大丈夫」と思っている人もいるかもしれませんが、「発信者情報開示請求」という手続きによって書き込みをした人が特定される可能性があります。

2022年に開示手続の負担が軽減される新制度が導入されてから、請求件数は増加傾向にあります。当然ですが、いわゆる「捨て垢」であっても特定される可能性はあります。

SNS上での厳しいコメントは、視聴者が思っている以上に本人に大きな精神的苦痛を与えます。

WBC敗退は残念でしたが、一番落ち込んでいるのは連覇を目指して必死で準備をしてきた選手や監督でしょう。

観る側としては、応援が攻撃にならないように注意しつつ、シーズン開幕後の選手達の活躍を楽しみにしたいものです。

(参考文献) 「誹謗中傷の判断基準と法務が取るべき対応」(清水陽平/BUSINESS LAWYERS、2024年9月) 「最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版」(松尾剛行、山田悠一郎/勁草書房、2019年2月)

監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)