なぜデュアルキャリアの道を選んだのか【写真:Schreyer/アフロ】

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「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」7日目 杉原愛子インタビュー前編・デュアルキャリア

「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開する。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートのインタビューを掲載。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントを探す。

 7日目は体操の杉原愛子(TRyAS)が登場。26歳の今も世界トップレベルで活躍する一方、2023年には起業し会社代表としての顔も持っている。東京五輪後に一時競技を離れていたなかで、なぜデュアルキャリアの道を選んだのか。その想いに迫った。(取材・文=長島 恭子)

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 2025年10月にジャカルタで開催された世界選手権の種目別ゆかで、自身初の金メダルを獲得した杉原愛子。22年6月に競技から一度離れるも、約1年後に復帰。昨年はNHK杯で優勝して10年ぶりに国内女王の座に返り咲くと、アジア選手権の個人総合で金メダル、そして前述した世界選手権での快挙と、10代が中心となっている日本の女子体操競技ナショナル強化選手のなかで、26歳の杉原が破竹の勢いを見せている。

 また、23年6月には「株式会社TRyAS(トライアス)」を設立。現在も選手と会社の代表としての仕事を両立している。

「TRyASでの自分の主な仕事は、メディア出演や講演、体操教室の開催・出演、そして自社ブランドの体操ユニフォーム『アイタード』の企画・デザイン等です。

 競技との両立はスケジュールやコンディションの調整に苦心することもありますが、大野(和邦/TRyASコーチ)先生をはじめ、会社のスタッフの皆さんにも助けていただきながらやっています。本当に、1人ではできないことがたくさんある。協力してもらい、ありがたいなという気持ちです」

 起業を決めたのは、武庫川女子大学在学中から指導を受ける大野コーチの影響が大きい。現在、大野コーチは杉原を指導するとともに、事業にも心を同じくして取り組んでいる。

「大野先生とは一緒に会社を設立し、二人三脚でやっています。先生は体操の良さを広めていきたいという熱量がものすごくある方。昔から起業には興味がありましたが、先生の存在がなかったら、行動には移さなかったと思います」

 競技とビジネスのキャリアを両立する杉原の原動力も、大好きな体操にかける情熱だ。「体操をメジャースポーツにしたい」。TRyASの事業はすべて、このビジョンの実現につながっている。

大会以外の「輝ける場所」へ、目標はショーの制作

 今、杉原が抱いている一番大きな目標は、体操のショーの制作だ。フィギュアスケートのアイスショーのように、継続可能なショーの実現を目指す。

「親交のある坂本花織ちゃん(フィギュアスケーター)の大会を見に行く機会がありましたが、観客もファンも多くて体操とは全然違うことを目の当たりにしました。

 体操は五輪では『お家芸』と評されますが、街を歩く人に『体操の大会を生で見たことがありますか』と聞くと、ほとんどの人が『ない』と答えるのが現実です。体操も認知度と人気度が比例するように、普及活動をしていかないといけない。野球やサッカーのようなメジャースポーツにしていきたい、という思いが強くなりました」

 1回だけの公演ならば、すぐにでも実施できる。難しいのは、やはり継続だ。そのためには何が必要なのか――。現在、さまざまな視点を持ってリサーチや研究を続けている。

「例えばアメリカでは、大学の体操部のリーグ戦にも地元の人が応援に駆けつけてくれる。地域コミュニティに支えられていて、ファンがめちゃめちゃ多いんです。

 リーグ戦を作るのも一つの案ですが、日本とアメリカでは環境が全く異なるのでちょっと難しい。でも、体操とエンターテインメントは相性がいい。ショーのほうが実現の可能性が高いと感じています」

 現役中ということもあり、「なかなか実行に移せないという壁に当たっている」と話す。しかし一方で、今は仲間集めと種まきの時期、と前向きだ。

体操選手に限らず、例えばトリッキングやブレイクダンサー、ダブルタッチなど、アクロバット系のスポーツと一緒にできるステージを作り上げたいと考えています。また、同じ審美系のフィギュアスケートとは共通点も多い。フィギュアのいい部分も、どんどん落とし込んでいきたい」

 ショーにこだわる理由は二つある。一つは、1人でも多くの人に目の前で体操を見てもらうため。もう一つは、体操を愛するプレーヤーたちに、大会以外の“輝ける場所”を作りたい、という思いだ。

「選手だからといって、誰しもが五輪を目指しているわけではありません。せっかく長く続けていた体操を、大学や高校の卒業と同時に引退するのはもったいない。体操を職業としてできるような場所、仕事にできる機会を作っていきたいですね」

アイタード誕生のきっかけは男性社員の声

 さて、競技者の裾野を広げることも、「体操をメジャーにする」という杉原のビジョンの実現には欠かせない。取り組みの一つが、杉原自らがプロデュースした体操ユニフォームブランド、「アイタード」の設立だ。アイタードはハイレグが当たり前だった従来のユニフォームとは異なる、太もも部分までを覆うデザインが特徴。下着が見える心配がないうえ、練習着としてはもちろん、公式戦でも着用できる。

「アイタードを制作した意図は、選手たちのユニフォームの選択肢を増やしたかったからです。商品誕生のきっかけは、TRyAS男性社員が、他の男性ファンから『(レオタードが目的と勘違いされるので)女子体操のファンだと大きな声では言えない』と聞いたことでした。

 都内の中高一貫校の体操部にアンケートを実施すると、46%が退部の理由に『レオタードが嫌』という理由を挙げました。また、『娘には着せたくない』という親もいることを知りました。自分はむしろレオタードに憧れて体操をやってきたので、驚いたし、ショックでした」

 成長による体形の変化や性的画像問題等、レオタードを着るのは恥ずかしい、避けたいと考える理由はさまざまだ。「でも、衣装を理由に体操をやめるなんて、めっちゃもったいない」。どうしたらみんなが不安なく体操に取り組むことができるのかを考えるなか、ショートパンツスタイルのユニフォーム、というアイデアが上がった。

「『レオタードのトップスとショートパンツをつなげたらいいんじゃない?』という意見が出た時、『確かに!』と気づきました。私たち体操選手は普段、レオタードの上にショートパンツを履いて練習をしているんですね。思い返すと自分もジュニアの頃は、『なんで試合の時は脱がないと減点されるのかな?』と疑問に思っていた部分でもありました」

 採点規則を確認すると、足の付け根から2センチ以下にすれば問題ないことも分かった。ならば「レオタード一択」から選択肢を広げることで、競技をやめる子どもたちも減るのではないか。杉原は「アイタード」を企画。会社設立からわずか半年後に、これまでになかったスタイルのユニフォームを世に送り出した。

「発売後、衣装に対するストレスがすごく減った、アイタードなら着てもいいというアンケートの声に、あぁ、作ってよかったと感じました。

 もちろん、私はレオタードも大好きですし、レオタードを否定したいのではありません。アイタードのターゲットは、レオタードが原因で部活やクラブをやめてしまうすべての体操選手です。あくまでもユニフォームの選択肢を増やしたかった」

 杉原がアイタードに込めた「好きで始めた体操をやめないでほしい」というメッセージに応えるかのように、「レオタードが嫌いだったので大会は諦めていたけれど、アイタードと出会い、初めて大会に出場しました」「これなら安心して子どもに着せられます」など感謝の声が次々と届いた。

「昨年度は全国中学校大会のプログラムにアイタードを掲載したいという依頼が届き、嬉しかった。同時に、やっぱり部活では衣装の問題が重視されているんかなと感じています」

 競技復帰後、愛する体操界の未来を変えるために、デュアルキャリアを選んだ杉原。試行錯誤しながらも、競技とビジネスを両立することで充実した選手生活を送っている。

「私自身は競技一本に集中していた頃よりも、視野が広がりました。そのことで、練習の取り組み方が変わったり、演技の質や表現の豊かさが向上したりするなど、競技者としても武器にもなっていると感じています。

 何よりも自分は『楽しむ』ことを一番に考えて、これからも人生を選択していきたい。競技も仕事も、楽しくなければ気持ちがしんどくなってしまう。それでは何事も続かないですから」

■杉原 愛子 / Aiko Sugihara

 1999年9月19日生まれ。大阪府東大阪市出身。4歳で体操を始め、小学4年生の時に本格的に競技に取り組む。2015年のNHK杯女子個人総合で初優勝を果たすと、アジア体操競技選手権大会に出場し、団体総合と個人総合で金メダルを獲得した。五輪には16年リオデジャネイロ、21年東京と2大会連続で出場。22年6月の全日本種目別で選手として「一区切り」し、第一線から退くことを発表したが、翌年の同大会で現役復帰し、ゆかで2年ぶりの優勝を果たした。24年パリ五輪の出場は逃したものの、25年10月に行われた世界選手権の種目別ゆかで自身初の金メダルを獲得。充実した競技生活を送る一方、23年6月に株式会社TRyAS(トライアス)を設立。代表として、体操競技の普及活動に力を注いでいる。

(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。人物インタビュー、ヘルスケア、ダイエット、トレーニングの分野を軸に、雑誌、書籍等で編集・執筆を行う。担当書籍に『すごい股関節』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)など。