女性客が60万円超の「人形」にハマる…派手な中国製とは全然違う「日本製ラブドール」の"細かすぎるこだわり"
■人形に「人格」を感じた瞬間
――濱野さんは取材したドール・ユーザーからラブドールを借りて生活したそうですね。一緒に暮らしてどうでしたか。
「ジャッキー」という名前の等身大の人形を借りたのですが、彼女を目の前にしたとき、私はまず「怖い」と感じました。ただの物ではなく、得体の知れないものがそこにいるような感覚があったからです。なんというか、死体に近い不気味さがありました。
あまりの存在感ゆえに、私は反射的に「この娘は働き詰めで疲れていて、休む場所を探していた。そこに私がベッドを提供した。ここでいくらでも寝て、疲れを取る機会にするといい」という「物語」を作り出したのです。それは、人形に物語を当てはめるのではなく、「物語が勝手に立ち上がってしまう」ような感覚でした。

ほかにも、これまで男性から性的に利用されてきたであろうジャッキーの唇に触れたときに、不意に「かわいそう」と呟いてしまったことがありました。こんな反応をしたことに自分でも驚いたのですが、私は、人形の存在を「怖い」と感じたからこそ、物語を当てはめることで「生きた存在」として関係性を構築せざるを得なかったのかもしれません。
この経験から、私は等身大人形という存在自体が人間に「物語」を立ち上げさせる力を持っていると考えるようになりました。おそらく、前回の記事で紹介したデイブキャットや近藤さんなどのドールの夫たちも、私に起きたような出来事を毎日積み重ねて、人形に詳細なプロフィールや人格的な奥行きを与えているのではないでしょうか。
たとえば、ドールの夫であるデイブキャットは、パートナーではなく「セックス専用のラブドール」を購入したことがあったのですが、人格のない「ただの人形」として扱えたのは3週間程度だったそうです。デイブキャットのように等身大人形と結婚し、人形に人格を与えることが当たり前になっている人間にとっては、人形に人格を感じることは当たり前のことなのです。
■性的魅力に溢れた「中国製ラブドール」
――『無機的な恋人たち』の執筆にあたって、濱野さんは日本と中国にあるラブドールメーカーにも取材をしています。中国メーカーの人形にどのような印象を持ちましたか。
まず、品質が非常に高いことに驚きました。彼らは実際の女性を3Dスキャンしたデータをもとに製品を作り込んでいて、独自配合のシリコンは一般的なシリコンよりも柔らかく、そのため胸や尻の質感がより本物に近いのです。
このシリコン素材は従来の製品よりも壊れにくく、なおかつ価格が安いことも特徴的です。そして何より、その見た目のリアルさが圧巻です。グラマーな体型で成熟した女性、西洋っぽい顔立ちなど、わかりやすい性的魅力を持っています。

メーカー側のコンセプトは、「純粋にセックスの道具としてのラブドール」という点で爽やかなくらいストレートなもので、ジーレックス社のCEOは「ドールは人間の代わりではなく、セックスの快楽を増大させるための単なる道具なんです」と自信を持って語っていました。同社は現在、シリコン製のラブドールの世界シェア1位で、月に約800体、年間で約1万体を売り上げているそうです。
彼らは純粋にビジネスの視点でこの分野に可能性を見出し、「ラブドールによる性欲解消」という市場の拡大を目指しています。その技術力はたしかに非常に優れたものがあると感じましたが、「欲」に特化し、人格や物語の付与を一切考慮しないという態度は、これまで出会ってきたドールの夫たちが求めてきたものとは異なるものだと感じました。
■両足がないものや“メス犬型”も開発
――ほかにはどのような商品があるのでしょうか。
たとえば、腕や足のないトルソ型のラブドールなども販売されています。この商品は、全身のものに比べて安価で「セックスのための必要な機能」、つまり胴体や胸、お尻、膣などは残しつつ、ユーザーが「満足感が得られるか試す」ビギナーズ向けの製品だそうです。
これは、人形に人格を求めるようなドールの夫たちとは異なる、性的な満足のためのコスパを追求した結果でしょう。
ほかにも、「メス犬型のラブドール」も販売されています。この商品はヨーロッパで年間・数十体ほど売れているようなのですが、おそらくヨーロッパの動物性愛者や、犬への暴力的・性的興味を抱えている方が購入されていると考えられます。
こうしたジーレックス社の製品は、人形に物語や人格が入り込む余地を排除し、快楽を追及するためのものとして購入されているのでしょう。
■“人形道”を極めた日本製のラブドール
――日本製のラブドールは、中国製とどのような違いがありましたか。
オリエント工業(東京都・台東区)のラブドールは、ジーレックス製とはコンセプトが大きく異なっていると感じました。
公式サイトにも「大切なことは、性処理だけが目的の単なる『ダッチワイフ』ではなく、人と相対し関わり合いを持つことができる『ラブドール』を創ることでした。」とあるように、彼らは「武士道や茶道のように、“人形道”がある」と語り、性的満足のためではなく「愛し愛されるための人形」というコンセプトを打ち出しています。
実際にドールを見ると、製品によって見た目は中国製に比べて幼く、アイドルのような可愛らしさがあります。写真の撮り方次第で表情が変わるような、奥深い造形の力に驚きました。

ジーレックス製が放つ不気味なほどのリアルさとは異なり、オリエント工業のドールは置いてあってもかわいいと思える安心感があります。彼らが目指すのは、性的魅力ではなく、精神的な充足なのです。
ジーレックス社は100人程度の会社ですが、オリエント工業はわずか18人の小さな会社です。価格はジーレックス社が約26万円、対してオリエント工業の場合は少数精鋭の職人たちが手作業で仕上げていくため、もっとも安い製品で60万円です。制作体制からコンセプトに至るまで、この2社には大きな違いがあるのです。
今後は、これまで伸ばせていなかった海外顧客への販売にも力を入れていくそうです。
■女性顧客にも人気になった理由
――オリエント工業のラブドールを購入する女性客もいる、と『無機的な恋人たち』で記されていました。どんな目的で購入しているのでしょうか。
それは、オリエント工業のラブドールが性的魅力の先にある「可愛らしさ」や「安心感」を追求しているからだと考えられます。ジーレックス社のようなグラマラスな質感だけでなく、製品によってはリカちゃん人形の延長のような、アイドル的な可愛らしさがあります。女性購入者のなかには、「妹が欲しかった」という理由で購入する方もいるそうです。

オリエント工業が主催したラブドールの展覧会はいままで何度も行われているのですが、2016年に行われた展覧会では8000人の参加者のうち半数が女性だったそうです。いまでは女性アイドルを応援する女性は珍しくありませんが、「可愛い女性型の人形が好き」という需要に応えられるほどのクオリティが同社のラブドールにはあるのでしょう。
また、女性用の「男性型ラブドール」は重量の問題であまり開発が進んでいないようなのですが、オリエント工業のラブドールがレズビアンの需要を満たす形で使われている事例もありました。
このような使われ方は、オリエント工業のラブドールに性的な目的に限定されない、人格的な愛着の対象となる魅力があることを表しているのではないでしょうか。
■人間同士だから「愛」は成り立つのか
――「ラブドールへの愛」と「人への愛」は何が異なるのでしょうか。
この取材を通して、「人が人を愛すること」が決して特別ではないと感じるようになりました。なぜなら、人間同士の愛も、実は一方通行な側面を多く含んでいるからです。
私が取材をしたアメリカ人のドールユーザーで、妻の不倫がきっかけで人形と暮らし始めたジムは「人間同士が一方通行の関係ではないと確かに言えるのかな? 返事をしてくれるから? それとも、愛情を返してくれると感じさせてくれるから?」と語っていました。人間同士の恋愛においても、相手の変化を受け入れるような理想的な愛の形だけではなく、自分の理想を一方的に相手に押し付けたりすることも珍しくありません。
同じように、「ドールの夫」を名乗る男性のなかでも、ラブドールを道具のように扱う人もいれば、まさにパートナーとして接している人もいます。ラブドールはもともとジーレック社が目指しているように性的快楽だけを求めるためのものでしたが、複数のドール・ユーザーを取材していくなかで、性的な対象とすることを超えて、愛すべきパートナーとして欠かせない存在になることがあることを理解しました。

たとえば、妻の不倫によって「信頼」という感覚を失ってしまったジムにとって、ラブドールのアンナは「唯一無二のパートナー」だといいます。彼にとってのアンナは、性的快楽を得るための道具ではなく、何物にも代えがたい人生の一部なのです。彼らが「ドールの夫」だと名乗ることに違和感がある人も少なくないと思いますが、それほどまでに彼らにとってラブドールのパートナーというのは重要な存在なのです。
もちろん、人間とは違い、人形は自律的に語りかけてくるわけではありません。ですが、それでも大切に扱い、そのパーソナリティを物語として掘り下げていく行為は、人間関係で求められる「他者理解」のようなことが起きている可能性を秘めています。
■「人間のあたりまえ」だけが正解ではない
――「愛」のかたちは一つではないということでしょうか。

はい、私たちが当然だと思っている人間同士のセックスや結婚、信頼関係について、まったく違った角度からとらえ直す機会になるかもしれません。たとえば、かつて人間同士のセックスは生殖のための行為であることが強調されていましたが、ラブドールとのセックスも含めて生殖の側面だけで語れなくなってきています。
生きていくなかで結婚や愛、信頼関係につまずくことは珍しくありません。そうした状況になったときに、いままで触れてきたあたりまえの考え方から離れて、自分にとって生きやすい物語を作り出していくために必要な視点を得られる本になっていればいいなと思っています。
本書を通じて、愛や結婚、あるいは周囲の人との信頼関係について悩みを抱えている方が、「自分が知っている形だけが正解じゃない」と思っていただけたらとてもうれしいです。多くの人が、少しずつでも自分にとっての理想的な物語を紡ぎだせることを願っています。
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濱野 ちひろ(はまの・ちひろ)
ノンフィクションライター
1977年、広島県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒。2024年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。著書『聖なるズー』(集英社)で2019年に開高健ノンフィクション賞受賞。新刊に『無機的な恋人たち』(講談社)がある。
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(ノンフィクションライター 濱野 ちひろ)
