「もうエンジンのある車なんて考えられないね」思わずイラッとした車マウンティング3連発
持ち主の経済状況が反映されやすい自動車は、ときに「マウンティング」の材料に使われることがあります。単純な自慢であれば聞き流すこともできますが、相手をこき下ろす言動を繰り返されると、今後の付き合いも考えてしまいますよね。
今回は自動車オーナーの方々に、「車についてマウンティングされた経験」を聞きました。
「日本車万歳!」から「テスラ信者」に
輸入車と国産車、MTとATなど、マウンティングはしばしば異なるカテゴリを愛好する人たちの間で起こるものです。どうやら最近では、EVをめぐるマウントも珍しくないようで……。
「上司がずっと国産車の素晴らしさを主張していたのですが、テスラに試乗した途端にコロッと立場を替えて、ことあるごとにその先進性をアピールしてきます。モデル3に乗り替えてからは、『テスラの直観的な操作に慣れたら国産にはもう戻れない』とか、『エンジンのある車なんて考えられない』とか。
周りにも『一度テスラを体感した方がいい』とか『知らないだけで損している』とか布教しはじめ、EVではない新車を購入した部下にダメ出しすることもあって、ウンザリしている人も多いです。
最近は車の話だけに留まらず、しょっちゅう『このままでは日本は後進国になる』みたいなこと話すようになって、内容も毎回同じような話ばかりで……なるべく顔を合わさないように避けるようになりましたね」(40代男性)
テスラの先進性は随所で話題になり、国内メーカーを脅かす存在として評価する専門家も少なくありません。日本の自動車産業の今後を不安視する声も聞かれますが、顔を合わせるたびに「日本は終わりだ」と主張されては、気が滅入ってしまうのも無理はないでしょう。
お葬式で高級外車の自慢を始める伯父
続いては、親族からのマウンティングに遭ってしまったというエピソード。血縁や婚姻によって結ばれた関係は、互いの内情が見えやすいぶん、「相手と比較する気持ち」が芽生えやすいのかもしれません。
「祖父の葬儀で久々に会った伯父から、『30歳にもなって軽なんて恥ずかしい』と言われたことがあります。伯父は昔から会社での立場を自慢したり、自分のドイツ車や高級時計についてのウンチクを語ったりしていて、正直苦手だったんですよね。
そのときも『自分のベンツはAMGで~』みたいに話していましたが、排気音も大きい派手な車で、葬式でそれを自慢するのは正直どうなんだろうと思いました。そもそも私と比べるなら伯父の息子だと思うのですが、葬儀にも参列しておらず、伯父もその点についてまったく言及していなかったのが謎でしたね」(30代男性)
冠婚葬祭における車のマナーにはさまざまな考え方がありますが、少なくとも葬儀の場での「車マウント」は適切ではないでしょう。故人を弔う機会をふいにされては、親族間に遺恨を残すことにもなりかねません。
久々の再会も、互いの変化を喜べず……
自分の優位性を大っぴらに主張しようとするマウンティングは、しばしば劣等感の裏返しとして生じるもの。生活環境が違う他人に対し、「自分の方が正しい」と主張せずにはいられない人も一定数いるようです。
「コロナの影響でしばらく実家に帰れていなかったのですが、先日久々に帰省できて、その際地元の友達3人と5年ぶりくらいに集まったんです。1人を除いて皆結婚していて、会わない間に子どもが生まれている子もいて、色々変わっているんだなぁと感じました。
ですが、私たちが家族の話をするたび、独身の子が『なんか普通の人生って感じだね』みたいな煽りをしてきて、ちょっと微妙な空気だったんですよね。
その子に車の話を振られ、それぞれミニバンや軽に乗っていると答えると、彼女は満足そうに『私は結婚してもファミリーカーは絶対無理だなぁ。一度輸入車に乗っちゃうと、日本の車はただの道具に思えちゃう』と言って、今まで助手席に乗ったことのある外車の話をはじめました。
でも、その子自身は車を持っているわけではなくて……その場の誰もが右から左に聞き流すような空気でしたね。多分もう、彼女と会うことはないと思います」(20代女性)
学生時代の友人と久々に再会した際、ライフステージのギャップから話が噛み合わなくなることは珍しくありません。少し寂しい気持ちにはなりますが、互いの状況を比べたりせず、変化を受け入れられるといいですね。
