イングランド代表、「歴史上最高のベスト11」

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18日にEURO2020のグループステージ第2節、スコットランドとの「イギリス対決」を迎えるイングランド代表。

今回は『The SUN』が行ったユーザー投票の結果から、「イングランド代表の歴史上最高のベストイレブン」をご紹介する。

GK:ゴードン・バンクス

得票率:39.9%

2019年2月に81歳でこの世を去った伝説的GK。チェスターフィールド、レスター・シティ、そしてストーク・シティでプレーし、イングランド代表で73試合に出場した。

そのハイライトは1966年ワールドカップでの優勝、1970年ワールドカップでの超人的セーブだ。ブラジルとの試合でペレのヘディングを信じられないような動きではじき出し、当のペレからも「自分の経験上最高のセービング」だと讃えられた。

現役生活晩年の1972年に自動車事故で目を負傷し、その後現役引退。その後アメリカで復帰したが、1978年に再びスパイクを脱いでいる。

右SB:ギャリー・ネヴィル

得票率:72.9%

1990年代から2000年代初頭にかけてアレックス・ファーガソン監督の下で世界屈指の強豪となったマンチェスター・ユナイテッド。そこで活躍した生え抜きのスターたちは「ファギー・ベイブズ」と呼ばれた。

あまり固定されていなかった右サイドバックのポジションを10代で奪取し、そのまま代表にも定着。3回のEUROと2回のワールドカップでメンバーに入り、出場数は85試合にのぼった。

ちなみに、ネヴィルが初めてイングランド代表でプレーしたのはテリー・ヴェナブルズ監督時代、1995年に行われた日本代表戦であった。

CB:ボビー・ムーア

得票率:45.7%

イングランドの歴史上最高のディフェンダー、そして最高のキャプテンだったと言われているレジェンド。彼が16年間を過ごしたウェストハム・ユナイテッドは、6を永久欠番として捧げている。

自国開催となった1966年のワールドカップでは25歳という若さながらもキャプテンとしてチームを率い、イングランド代表の初優勝に貢献。ディフェンダーでありながらも最優秀選手賞を獲得している。

3回のワールドカップと1回のEUROでプレーし、出場数は108。現在でも歴史上3番目となる数字を記録している。

CB:ジョン・テリー

得票率:70%

2000年代に生まれた伝説的なキャプテン。ロマン・アブラモヴィッチがオーナーとなったチェルシーで、ジョゼ・モウリーニョ監督からアームバンドを任されて一気に成長を見せた。若い頃は荒くれ者という評判だったが、魂に溢れる闘将へと変貌した。

クラブでの実績から代表にも招集され、リオ・ファーディナンドとともに世界屈指のセンターバックコンビを形成。不倫疑惑や人種差別発言の噂によって2回キャプテンを剥奪されたことはあるが、その影響力は絶大だった。

ワールドカップ2回、EURO2回に出場。結局国際タイトルには手が届かなかったものの、9年間で78試合に出場して6ゴール。得点力でもチームに貢献した。

左SB:アシュリー・コール

得票率:83%

今なお、サッカーの歴史上最も完成度の高かった左サイドバックだったと言われる存在だ。全盛期には攻撃にも守備にも水準を遥かに超える能力を見せ、どんなプレーにおいても穴がなかった。

アーセナルの下部組織で育成され、21歳でレギュラーに定着。アーセン・ヴェンゲル監督の下で絶大な存在感を見せ、2003-04シーズンには伝説的な「無敗優勝」の立役者の一人にもなった。

代表でも2001年から2014年まで長くプレーし、107capを獲得。現在イングランドの歴史上最も出場数が多いサイドバックである。

右SH:デイヴィッド・ベッカム

得票率:82%

その容姿やスター性ばかりが話題になったものの、デイヴィッド・ベッカムは間違いなく世界屈指のクロッサーであった。「ファギー・ベイブズ」の一人としてマンチェスター・ユナイテッドのトップチームに昇格し、若くしてプレミア屈指のサイドハーフとして知られるようになった。

その右足から繰り出される正確無比のキックは数多くのチャンスを作り出し、セットプレーでは相手ゴールキーパーを恐怖に陥れた。代表では1998年ワールドカップやEURO2000で非難の的になってしまったが、その後の活躍で批評家を黙らせている。

代表では1996年のデビューから13年で115試合に出場し、17ゴールを奪取。この数字だけでも彼が同国最高レベルの選手であったことは証明されている。

CMF:ポール・スコールズ

得票率:37.9%

ジェラードやランパードを抑えてセンターハーフの一角に選出されたのはポール・スコールズだった。ギャリー・ネヴィルやデイヴィッド・ベッカムと同じくマンチェスター・ユナイテッドの「ファギー・ベイブズ」である。

イングランドの歴史上最も器用なオールラウンダーだと評され、激しいディフェンスでボールを奪ったかと思えば、巧みなパスでゲームを組み立て、そしてゴール前に進出していく。強烈なミドルを叩き込むこともできる、ヘディングでゴールを決めることもできた。

その知的さは現在解説者としても生かされており、ギャリー・ネヴィルとともに毒舌を吐いている。代表では66試合に出場し14ゴールを決めた。

CMF:ポール・ガスコイン

得票率:48.1%

史上最も才能に恵まれたイングランド人選手だと言えるが、それを最も生かせなかった選手でもあるだろう。信じられないようなテクニックを持ち、誰も思いつかないようなプレーができた一方で、あまりにも私生活でのトラブルが多すぎた。

代表でのハイライトはEURO1996のスコットランド戦だ。浮かせたボールで相手DFの頭上を抜き、さらに落ち際をボレーシュート。現在でも語り継がれるガスコインの歴史的ゴールであった。

怪我やトラブルによって代表での出場数は57にとどまり、ゴールも10点。しかしその数字を遥かに超えるほどインパクトが大きい選手だった。

左MF:ジョン・バーンズ

得票率:44.1%

ワトフォード、そしてリヴァプールで長く活躍した名アタッカー。トリニダード・トバゴ出身の軍将校兼サッカー代表選手だった父親とジャマイカ人の母親の間で生まれ、12歳でイギリスへと引っ越したというルーツを持っていた。

ジャマイカの代表を選ぶ気がなかった彼は、1983年にイングランド代表7人目の黒人選手としてデビュー。そのスピード豊かなプレーとカリブ出身らしいリズムで相手DFを翻弄し、多くのチャンスを作り上げた。

代表では79試合に出場して11ゴールをあげた。またそのリズム感を生かし、1990年のワールドカップ公式応援ソングとして作られたNew Orderの「ワールド・イン・モーション」のラップ部分を担当している。

FW:アラン・シアラー

得票率:52.9%

数々の名ストライカーを生んできたイングランドであるが、アラン・シアラーをその筆頭に上げないファンもいないだろう。まさに国を象徴するようなオールドスタイルの点取り屋であり、その力強いプレーは世界を魅了した。

サウサンプトンでデビューを果たし、そしてブラックバーン・ローヴァーズを驚きのプレミアリーグ制覇に導いた。さらに故郷の愛するクラブであるニューカッスル・ユナイテッドでキャリアを過ごし、そのまま引退した。数々のビッグクラブからの誘いを断り続けたというサッカー人生も非常に魅力的だった。

代表では意外にも63試合という出場数であるが、その中で30ゴールを決めている。タイトルの数以上に記憶に残る選手であった。

FW:ギャリー・リネカー

得票率:41.4%

Jリーグの名古屋グランパスでもプレーしたことで知られるリネカー氏。レスター・シティ、エヴァートン、バルセロナ、そしてトッテナムでプレーし、その後来日した。現役生活を通して一度もイエローカードをもらわなかった紳士として知られるが、現在はメディアで皮肉を言いまくるシニカルな司会者として活躍している。

代表では1984年に24歳で初選出され、それからワールドカップ2大会とEURO2大会に出場。80試合で48ゴールを決めるなど、その得点率は2試合に1.2点と非常に高かった。

【写真】オランダ代表、その「歴史上最高の10選手」

なお、イングランドの歴史上で最もゴール数が多かった選手はボビー・チャールトンの49だった。それにわずか1及ばずに現役を引退している。