“仕事”は、給与をもらうための手段。

そう割り切って仕事をしている人も多いのではないだろうか。

倉田梨沙もそのうちの1人。

しかし、出世欲に目覚めた平凡なOLでもキャリア女子になれるのか?

◆これまでのあらすじ

4年前の梨沙は、“仕事ヤル気ゼロ”の他力本願なOLだったが、今や、出世欲に燃え、営業に明け暮れる日々を送っている。課長昇進が決まり喜んだのも束の間、自分よりも年上で嫉妬心丸出しの子供じみた部下・佐々木(41)を持つことに恐怖を感じる梨沙だったが…




これから始まる営業部の定例会議で、梨沙は、新任課長として挨拶することになっている。

−この度、新規顧客開拓専門の課を…。

緊張を落ち着かせるために、挨拶を頭の中で繰り返していると、「じゃあ、次は、来年度の体制について」という声と同時にスクリーンに新たな体制が投影される。

「では、次は各課の課長から挨拶を。まずは、倉田さん」

「はい」と答え、この日ために購入したマノロ・ブラニクのパンプスで颯爽と歩き、梨沙はスクリーンの前に立つ。

お気に入りの靴で皆の前に立つと、自信がもてる。繰り返し練習してきたおかげで、言葉が流れるように出ていく。

梨沙が課長に昇格したという発表に対しては、様々な反応があった。

女性にポジションが与えられることに、自身のキャリアを重ねて希望を感じ、一緒に喜んでくれる女性達もいれば、「おめでとう」と口では言ってくれるが、先を越されたと感じているのかどこか複雑な表情をしている者もいる。

これらの言葉に「ありがとうございます。頑張ります」と答えるが、心の中では、こう思う。

―それだけの成果を出してきたんだもの。

『これまで通り、お客様と真摯に向き合って数字を作っていかなくっちゃ!』

梨沙は、それをメンバーと一緒にやっていこうと決意するのだった。



定例会議が終わると、課での初回会議がある。

梨沙は、部長から体制図を見せられた日からずっと、どのようなチーム作りをしていこうか考えてきた。

皆に理解してもらえる言葉を選んで、その考えをチームの行動指針として伝えると、皆真剣に聞き、頷いている。

たった一人、佐々木直治を除いて…。


波乱のスタートとなったチームをどうマネージするのか?


佐々木はパソコンで何やら作業をしている。

−最年長なのに、若い社員にとって“悪例”にしかならないわ。

「案件のことで確認したいことがあるので、この後少し話せますか」

若い社員の前で佐々木を注意するわけにもいかず、理由をつけて佐々木を残す。

「…はい、わかりました」という佐々木は、ワザとやっているくせに、注意されるのに怯える子供そのものだった。




会議室で二人きりになっても、佐々木は梨沙と一切目を合わせようとしない。

「佐々木さん、何か緊急対応が必要な事でもありましたか?」

悪びれもせず、飄々と振る舞うが、目が泳いでいる。

「いえ、ないですよ。たまっていた経費精算をしようと思って」

子供じみた行為に呆れつつも、今後、同じ行為をされては困るため注意をする。

「急ぎでないなら、会議に集中していただけますか。会議の目的を理解されていると思いますし、そもそも会議は外回りをしているメンバーを集めて行う非常に高コストな場ですよ」

「…すみません」

正論を言われた佐々木は悔しそうな表情をし、手を震わせている。

会議室を出ていく後ろ姿を見ながら、梨沙はこれまで考えていた佐々木への対応方法を思い出し、「もう少し様子を見よう」と自分に言い聞かせる。

実は、“あんなやつに負けない”と梨沙のことを周囲に言いふらしていた一件から、佐々木のこれまでの成績や評判を調べ上げ、対応方法を考えていた。

佐々木は3年前に中途入社し、今も、転職前も営業をしている。

営業経験は十分にあるが、この3年は、目標からは大幅に乖離のある残念な結果を出し続けている。

しかも、評判は最悪で、自分に都合が悪い人がいれば、その人を貶める噂を広め、最近では、それすら見透かされ、浮いた存在になっているという。

これまでも、佐々木の上司達は頭を悩ませてきたようだ。

―佐々木さんには、ちゃんと成果を出してもらいたいけど…。

そう思う一方で、佐々木を知れば知るほど、チームメンバーにマイナスな影響を与えるのなら、すぐに人事部を巻きこんで対処すべきという考えも頭に過る。

梨沙の会社では、問題のある社員の管理は、現場の管理者だけではなく、人事部と一緒に行うことになっている。

現場の管理者が問題のある社員にかかりきりになると、他のメンバーに適切な支援が出来ず、業務負荷の偏りや離職に繋がるからだ。

ー人事部を巻き込むには、まずは上司を納得させなくっちゃ。

そのために梨沙ができることは、佐々木をできる限りサポートして、万が一のことを考えてて上司に納得してもらうだけの材料を集めておくことだった。

梨沙は、事前に決めたこの対応方法を守るために、佐々木にどのような支援ができるか考え始める。


問題児、佐々木はどうなったのか…


−半年後−

結局、佐々木は自主退職することになった。

最初の3カ月間、梨沙は、佐々木に対して出来る限りの支援をしたが、数字が上がらないばかりか、常識では考えられないような失敗を次から次へと起こした。

例えば、お客様にマウンティングをする、些細な嘘をつくなど、社会人としてあり得ない振る舞いで次々とお客様を怒らせる。

「すみません」と目の前で謝る佐々木に、上司として全力でフォローに努めた。

しかし、失敗が増えるにつれ「あれ?おかしいな…」とうっかりミスを装うようになり、最後には「記憶にないんですよ…」とどこかの政治家のようなことまで言うようになった。

−“申し訳ございません”という言葉をこれほど多く言うのは、後にも先にもないかも…

梨沙は、この半年で佐々木のために数えきれないほど謝罪したことを思い出すと、苦々しい気持ちになる。

謝罪の度に、どのような支援を行い、結果はどうだったか、さらには、佐々木が広める噂話や不真面目な態度が周囲のメンバーにどのような影響を与えているか細かく記録した。

また、問題視している事象が、梨沙個人の所感と思われないように、社員規則を引っ張り出し、どの項目に抵触するかメモにも残す。

ある程度の証拠が集まると、梨沙は上司に報告し、すぐに人事部交えての面談となり、転職する期間をとったのち、佐々木は退職した。

―会社にしがみつかれなくて良かった。

悪影響を受けていた多くのメンバー達を思うと、本音がこぼれる。

一方で、退職者を出したことに、自分を期待して昇格させてくれた上司に申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、彼らは「これまでの管理者達が、もっと早く対処をすべきだった」と梨沙を擁護してくれた。

その言葉に胸をなでおろすが、1人の男の人生を変えてしまった、という思いは心の傷となり、消えない。

−この傷が癒えることはあるのかしら…。他のメンバー達を守りたかっただけなの。

慰めるように、心の中で呟くが、まだ自分の中で正当化しきれず、言い訳のように聞こえる。



もうすぐ、課長としての1年が終わろうとしている―。

梨沙は若手の頃から住んでいた三軒茶屋から、広尾に引っ越していた。

仕事を終え、会社を出ると明治通り沿いでタクシーを拾う。

「天現寺までお願いします」

「あの新人なもので」と、直進するだけだというのに、カーナビに住所をいれようとする運転手に道順を教える。

東京オリンピックを見据えたタクシー運転手の大量採用に伴い、新人ドライバーに出くわすことも多くなったなと、ぼんやり思う。




―この1年、たくさんのことを学んできたわ。

その1つが、組織の役割を理解し必要に応じて巻き込むこと。

そのためには、自分の主張の正当性を示すために入念な準備が必要なこと。

自分の成長を振り返っていると、ふと気づくことがある。

―あれ?また私、強くなってる?

ビジネスの世界で勝ち抜くルールを少しずつ身に付けてきた。

そのためには、“自分の頭で考えて行動すること”が大前提で、それを“強いから”という理由で自分を振った男のことを思い出す。

―彼は弱かっただけ。

これまで沢山の人と会って、多くの経験をする中で、何となくわかってきたことがある。

本当に強い人は、自分より弱い相手から自尊心を満たそうとしない。

―だから、次に好きになる人は、強い人にしよう。

梨沙は、さらなる出世だけでなく、恋にも貪欲になろうと決めるのであった。

〜梨沙が学んだビジネスルール〜
?行動しないと未来は拓けない
?自分の領域でしっかりと成果を出すことに集中する
?スタッフ部門とライン部門の特性を把握し、キャリアを考える
?相手が求める役割を「演じる」ことで主導権をとる
?評価されるのを待つのではなく、日々の成果アピールと準備してから面談に臨む
?会議では意見を求められるのを待つのではなく、自分から発言し存在価値を高める
?自分なりの勝ちパターンを作る
?有利に進むよう意図的に印象・評判形成する
?問題は一人で抱え込まず、適切な組織や上司を巻き込み適切に対処する

Fin.