女好きのドクターが、墓穴を掘った瞬間。男が女に言い訳しようとして放った失言とは?
食事会より効率的で、紹介よりも気軽な出会いの手段。それは、「マッチングアプリ」だ。
インスタントな出会いと割り切るか、運命の人に出会える可能性を信じるか。全ては、使う人次第。
今日もこの東京のどこかで、出会いと別れが繰り返されているのだ。
お送りするのは、『東カレデート』を通じて知り合った男女のラブストーリー。一体どんな結末が待っているのか…?
◆これまでのあらすじ
恋人だと思っていた拓巳が他の女性と関係を持っていたと知り、ついにはデート現場も見てしまった夏織。一方、マッチングアプリで出会った翔吾との初デートは、予想以上に楽しく気持ちが揺れ動く。

今年の冬は暖冬だというが、朝はまだ寒くベッドから出られない。
愛猫のリボンがごはん欲しさに枕元で鳴き続け、私は仕方なく起きあがった。だが、まだ6時半だ。バスタブにお湯をため、白湯を飲み、ほぼ無意識的にテレビをつける。
拓巳の家に行かなくなったら、おはようと言う相手も、朝ごはんを一緒に食べる相手もいなくなった。朝食を作る気も起こらない。自分のためだけに料理をするということは、なぜこんなにも難しいんだろうか。
浮気の証拠だけでなく、他の女性と歩いているところを見かけてから、拓巳への不信感はさらに募り、連絡も取っていない。
だけど、拓巳のことだ。自ら私を手放すことはしないだろう。それは愛ではなく、別の理由から。
『おはよう!今日も寒いね』
翔吾からLINEがきて、思わず頬が緩む。お風呂から上がった私はバスローブを羽織り、顔にはシートマスクをつけたまま、スマホ画面を見つめていた。
『東カレデート』で出会った翔吾とのデートは、予想以上に楽しかった。
会話運びも上手くエスコートも完璧なのに、どこか少年っぽくて純粋だ。お店選びもカジュアルすぎず、かといって肩肘を張るような店ではないのがよかった。料理もとても美味しくて、すべてが女心をくすぐった。
実際に会うまでは、正直アプリでの出会いにそこまで期待していなかった。
画面上に次々と現れる異性に、増えていくいいねとバラの数。
それを見ても、長文のメッセージが来ても、「他の女性にも同じようにやっているのかな」なんて斜に構えてしまって、感情を揺さぶられることはまずなかった。
だから驚いている。こんなにも気持ちが動かされていることに。
翔吾はまっすぐな眼差しで、もう他の子とは連絡を取らないと言っていた。
あれは本当なのだろうか。
思い出すと、胸の奥がきゅっと甘く締めつけられる。
仕事へ行く準備をする間も、頭の中を占めているのは拓巳ではなく、翔吾だった。
これがもしも恋というならば、拓巳と過ごした日々は恋に似た違う何かだったように思う。
夏織が沙也香から知らされた、衝撃の事実とは…?
今日は午前中から予約がいっぱいだ。冬は日焼けの心配も減るので、レーザーやピーリングをしに来る人が増えるのだ。
担当患者の施術内容を伝えに診察室に行くと、院長から引き留められた。
「夏織ちゃん、さっきの患者さんの点滴の内容だけど、肌荒れを気にしていたからビタミンCも追加してあげて。それから...」
めぐみ院長から言われ、カルテに追記する。
「それから、なんですか?」
「実はね、夏織ちゃんをチーフにしたいと思ってるの。また今度改めて話すわね。…だから、絶対辞めちゃ嫌よ」
院長からの突然の昇格の話に一瞬フリーズしたが、仕事を認められるのは素直に嬉しい。次のセミナーの内容も任されているため、俄然やる気になった。
ただ、どうして辞めるだなんて院長は思ったのだろうか。そんなこと考えたことすらないのに。
患者の沙也香はすでにベッドで横になって、スマホをいじっていた。
「沙也香さん、今日は美容点滴ですね。月に2度の来院うれしいです。点滴は、前回は半年前か。お久しぶりですね。最近どうです?何いいことありました?」
たしかに沙也香の肌はファンデーションで綺麗に隠してはあるが、年末年始不規則な生活でもしたのか、いつもより荒れている気がした。
「それが、例のアプリでは苦戦していて、まだ絶賛活動中です!でも...気になる人ならできたんですよ。見ます?」
沙也香はその人の写真を見せたくて仕方ないという感じで、スマホで何かを検索し、画像を指で拡大させてみせる。

その画像は、大手美容外科の医師紹介のページ。笑顔で腕を組んでポーズしているのは、私がよく知る男性。
拓巳だった。
それを見て、確信した。あの時、拓巳と歩いていたのはやっぱり沙也香なのだと。
よく似ているとは思ったけれど、横顔と後ろ姿しか見えなかったから、あの日は確信が持てなかったのだ。
「...この人?」
「そう!めっちゃかっこよくないですか?お医者さんなんて、私にはハードル高いのはわかってるんですけど、たとえ分不相応だとしても恋に落ちることって奇跡だから。だから頑張ろうって決めたんです!
それでちょっとでも綺麗になりたくて、夏織さんに会いに来ちゃいました。綺麗な人見るとモチベーション上がるから」
褒められたはずなのに、沙也香の言葉はひとつも頭に入ってこなかった。
拓巳は私と仲直りをしたがっていた。だけどこの先もお気に入り上位のアクセサリーとしてそばに置いておきたいだけで、真剣に付き合うつもりはない。
そしてこうやって他の女の子にも平気で手を出して、平気な顔をして私と会う。
もちろん、結婚なんてこれっぽっちも考えていないのだろう。
拓巳を呼び出し、いよいよ直接対決へ…!
「ドクターなんですね!素敵な人。…では、30分後にまた来ます。腕の痛みとかあればナースコール押してくださいね」
作り笑顔でそう言うのが精一杯で、パタンとドアを閉めた。
拓巳のことは、もうどうでもいいはずだった。それなのに、この感情はなんだろう。執着心か、独占欲か...。やっぱり、もう完全に終わりにしたほうが楽だ。
私はすぐにLINE画面を開くと、『話がしたい』と拓巳にメッセージを送った。
◆
「急に六本木に来てだなんて、珍しいね。どうしたの?」
仕事帰りに六本木に来るようにと、いきなり呼び出したにも関わらず、拓巳はいつも通り優しく聞いてくる。その態度に余計腹が立った。
「拓巳さ、私のことバカにしてる?確かに付き合おうとかそういう言葉はなかったし、確かめなかった私も悪いけど、他人から見たら恋人同士のような付き合いをしてきたよね」
「クールビューティーな夏織らしくないよ、そんなに怒って…」
意味不明な返しが、さらに私を苛立たせる。
「…黙って。もう、そういうつもりがないのはわかったし離れようと思ってるけど、だけど私が仕事大好きなこと、知ってるよね?何も仕事がやりにくくなるようなこと、しなくてもいいじゃない!」
涙目でキッと睨みつけると、拓巳は明らかに動揺していた。
「夏織、ごめん!本当にごめん。でも、めぐみ院長とはもう終わったんだ。もう会わないし、黙って関係を持っていたことも最悪だよな、申し訳ないことをしたと思ってる」
―めぐみ院長?どういうこと?
勤務先の患者である沙也香に手を出したことを責めたつもりだったのだが、拓巳の口から飛び出したのは、意外な言葉だ。
私が呆気にとられているのには気づかないのか、拓巳は早口で続けた。
「夏織を彼女にしなかった理由は、そうすることで傷つけちゃうと思ったからだよ。僕のことを彼氏だと思ったら束縛したくなるだろ?そういうの...苦手なんだ。
だけど誕生日もクリスマスも一緒に過ごしてるし、プレゼントだって安くないものをあげたつもりだよ。夏織は、一体なにが不満なの?」

「ちょっと、ストップ!めぐみ院長って?私が言っているのは、患者さんの方なんだけど」
「あ…」
拓巳は一瞬だけ目を泳がせたあと、バレたことはすべて話すしかないと諦めた様子で、真実を語り始めた。
私と付き合いながら、同時に院長とも関係を持っていたことを、言い訳がましくしどろもどろになって説明している。その一部始終は、私の想像を少しだけ超えていた。
私はゆっくりとため息を吐くと、自分の耳につけたピアスを指差した。
「…安くないプレゼントって、これのこと?」
うちは院長の方針で、ネックレスもリングもネイルもできない職場で、ピアスだけはOKだ。
拓巳は、スウィートアルハンブラの赤いピアスをプレゼントしてくれた。私の職場でピアスだったらつけられることを彼はなぜか知っていて、不思議に思っていたのだ。今思えば院長から聞いたのだとわかる。
院長は、どんな目でわたしを見ていたんだろうか。
沙也香は、どんな気持ちで拓巳に抱かれたんだろうか。
今までだったら、辛いときピアスにそっと触れると心が落ちいた。守られている感じがした。
だけどそれはもう過去のこと。
その場で外し、拓巳に向かって突き返した。
▶Next:2月4日 火曜更新予定
拓巳が選ぶのは沙也香か、それとも…?

