ついに中国に訪れた「バブル経済清算」のとき、一体何が起きるのか

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12月13日、米中貿易問題で「フェーズワン・ディール」成立が発表された。

興味深いことに、発表直後は米中双方から「我が方の負けだ」という不満、失望の声が挙がった。

米国では産業政策や国有企業問題に切り込めなかったことを不満に思い、中国では9月から課せられた第4弾の関税引き上げ措置の半分以上が撤回されずに残ったことを不満に思ったからだろう。

双方から「我が方の負けだ」という声が挙がるのは「良い引き分け」である証拠かもしれない。視点を変えれば、この貿易戦争を全面エスカレートさせることは、米中どちらにとっても「害あって益なし」が明白だった。

おかげで予測不能なトランプの絡む国際問題としては例外的なほど、落ちつくべきところに落ちついた。

フェーズワン・ディールまでを振り返る

米国について見てみよう。トランプは選挙民の反応と株式指標だけを見て貿易戦争をやっている……それがことのほかあからさまだったのが昨年夏だ。

トランプは6月末にG20大阪会合で習近平と首脳会談を開いて、いったんは中断していた貿易交渉を再開することを合意し合ったのに、わずか1ヵ月後の8月1日には第四弾の全面関税引き上げを表明した。

トランプが再び対中強硬姿勢に転じた訳については、2つの推測が成り立つ。1つは、大阪の首脳会談が支持者に不評だった、もう1つは、7月末にFRBを屈服させて利下げを呑ませたことで株価維持に自信がついたことだ。

8月1日の全面関税引き上げ発表には関係閣僚全員、すなわちライトハイザー、ムニューシン、カドロー、ポンペオ、ボルトンが反対し、賛成したのはナヴァロだけだったそうだ。

「もはやイエスマンしか残っていない」と評されるトランプ政権にあって、全員反対とは珍しい。経済界などからの諫止の声がよほど強かったのだろうと推察する。

ところが、トランプは1ヵ月後には「中国との中間合意」を考えると言い出した(“Donald Trump says he would consider ‘interim deal’ with China”「フィナンシャルタイムズ」2019年9月13日付け)。全面関税引き上げに反対したライトハイザーやムニューシンが中国に「部分合意」案を打診し始めたというニュースの後でだ。

本気で第4弾を実行する覚悟は最初からなかったのだろう。ここにも全面エスカレートに対する経済界からの反対が牽制材料として利いていたフシがある。

得る物が乏しかった米国

先週の「フェーズワン・ディール」で米国が「獲得」した譲歩は、「農産物など米国産品の輸入拡大(ショッピング)以外は見るべきものがない」という評価が専らだ。

たしかに、「ショッピング」以外で掲げられた知財権保護、外資企業の待遇改善、市場開放などの措置は、強制されるまでもなく中国自身がやろうと考え、既に法改正や市場開放措置などで実行に移されているものが多い。

昨年5月、9割方まとまっていた交渉を中国が引っ繰り返す「中国卓袱台返し」事件が起きた。

そのときは「150ページに及ぶ合意文書案が100ページ前後にまで削除、後退させられた」と報じられたが、先週トランプと劉鶴の間で調印された合意文書はさらに短い86ページしかない。5月以来大騒ぎをした挙げ句出てきた中身に新味がないことを象徴するエピソードではないか。

途中(2008年11月から2019年3月までの貿易休戦期)、中国が産業政策や国有企業問題にまで踏み込もうかと考えたいっときはあったように思える(削除された50ページ分の中には、それが入っていたはず)。

しかし、貿易戦争の傍ら、超党派の対中強硬派が中心となって進めたハイテク冷戦(ファーウェイ・ボイコットなど)問題が深刻化するのを見て、中国は「そこまでの譲歩は無意味だし、できない」と考えたというのが筆者の見立てだ。

中国も得る物が乏しかった

「フェーズワン・ディール」で大した成果を挙げられなかったのは中国も同じだ。

中国は6月の大阪首脳会談で「今後は関税の脅しをかけない」約束を取り付けた(中国はそう受け取り、それゆえ首脳会談に応じた)のに、トランプはわずか1ヵ月でその約束を違えた。

トランプは、5月から発動されたファーウェイ社などに対する半導体など米国製品輸出の実質禁止措置(いわゆるエンティティ・リスト規制)を、一部緩和することも大阪で約束したが、その約束も履行されないままだった(12月になってようやく実施)。

中国流交渉術からすれば、「この約束違反の落とし前をつけないかぎり交渉には応じられない」とつれない姿勢を示すべきところだが、米側が9月に流し始めた「部分合意」提案には中国側も飛び付いた。

中国はその後の交渉で関税引き上げの全面撤回にこだわったが、最終的には9月から実施された第4弾(12月実施予定を除いた一部)の引き上げ幅を半分の7%に縮めただけだった。

当初目標に比べれば甚だ不満の残る中身だが、中国は「撤回」にこだわって交渉を長引かせていると、「何をするか分からない」トランプが、本気で全面エスカレーションのボタンを押してしまう恐れなきにしもあらず、そのときに経済がどれほど大きなダメージを被るかを考えると、「撃ち方止め」にして、いまの不安を解消する方がましだという選択をしたのではないか。

貿易戦争以外にある中国経済悪化の原因

米中貿易戦争の成り行きを不安視してきた世界中は、「フェーズワン・ディール」で一息つくことができた。

中国経済の減速は東アジア、資源国など世界のいたるところで実体経済の減速を招いているから、貿易戦争の全面エスカレートが避けられたことで、世界経済を覆っている暗雲が多少は散ったといえる。

とは言え、これで中国経済の回復が見込める訳ではない。それは「米国が課した制裁関税の過半が残存しているから」だけではない。貿易戦争は中国経済が悪化した諸原因の1つ、しかも副次的な原因に過ぎないからだ。

先週2019年の中国GDP成長率が第4四半期で6.0%(第3四半期横ばい)通年では6.1%だったと報じられた。これでは「中国夢」で公約した2020年のGDPを2010年対比で2倍にする目標の達成はスレスレのはずだ。

「2019年に実施した経済国勢調査の結果、過年度の経済成長が上方修正された」と発表されているので、公約未達を避ける数字合わせは何とかできそうだ。

しかし、習近平の金看板公約達成に黄色信号が灯る事態を前に、従来なら「ガン!」とアクセルを蹴飛ばしたはずなのに、今回そうしないのは何故か。

過去いつもそうしてきたように、中国経済を上向かせるには公共投資と不動産を刺激するのがいちばん手っ取り早い。

しかし、2019年の経済運営は、まず3月全人代の前に打ち出された「投資より減税で」から始まった(「2兆元減税」)。

ところが、重点にならなかった公共投資が夏に急落した。地方財政が金欠で工事に金が回らなくなってしまったためだ。

慌てて地方債発行枠の前倒し措置を採り、年後半に公共投資が少し持ち直したおかげで、経済の急落は避けられたが、もう1つの「特効薬」だった不動産は投機抑制が続いたままだ。

信用秩序のほころびが始まる

成長減速を前にしても景気アクセルに及び腰なのは、これ以上借金と投資頼みの成長を続けるのは無理だと悟ったからだ。

リーマンショック後、4兆元投資が始まった2009年から昨2019年までの11年間に行われた固定資産投資累計額は500兆元(≒8000兆円)を超えた。

この過程で中国のバランスシートに、収益や経済効果を生まない不良資産(投資財産)とその乏しい事業収益では償還できない不良債務が山のように溜まった。

そうなると、債務不履行や企業破綻が多発して「バブル崩壊」が誰の目にも明らかになるものだが、中国には「隠れた政府保証」慣行がある。

コネのない私営企業は対象にならないから潰れるが、地方政府や国有企業、特権的コネのある私営企業は、債務が履行できなくても、1~2ヵ月経つ間に不思議と資金繰りがついて利払いが再開できるのだ。

「最後はお上が何とか善処してくれる」という安心感、信頼感が中国の信用秩序を支えてきた。

しかし、2019年は、この慣行が綻び始めたことを報せるニュースが相次いだ。

1)地方政府の利払い事故が多発
地方政府の資金調達窓口会社が銀行借入や発行社債の利払いができない事件が激増した。裁判所の「失信被執行人」というブラックリストに載せられた地方政府は、2018年は通年で100件だったのに、2019年は1〜10月だけで831に達した」という(“Contractors hit as China local government defaults rise”「フィナンシャルタイムズ」2019年11月11日付け)。

2)地方中小地銀で取り付け騒ぎが起き始めた
発端は5月下旬に内モンゴルの小規模銀行包商銀行が破綻、人民銀行が同行を公的管理下に置いたことだった。

人民銀行は「すでに預金保険制度がスタートしている」ことを理由にペイオフ(大口債権カット)を断行したのだが、これが大口債権者の「隠れた政府保証」信仰を裏切る結果となった。

ショックを受けた債権者は「全額保証がないのなら……」とばかり、これら銀行の主たる資金取入れ口である譲渡性預金証書(CD)市場から資金を引き揚げ、同市場の利回りが急騰してしまった。

地方の中小地銀は、地元政府のお財布にされて財務状態が悪化しているところが多いので、不安が拡がり、2019後半は報道されただけでも5行の中小地銀で取り付け騒ぎが起きた。

「隠れた政府保証」信仰に支えられた中国の信用秩序が以前ほど安泰でなく、市場を不安にさせれば、事件が起きるようになったことを物語る。

3)国有企業の実質破綻
2019年11月日本の総合商社とも取引のある天津市の国有企業「天津物産集団有限公司(Tewoo Group Co., Ltd)」が実質的な債務不履行状態に陥り、ドル建て社債の債権者に大幅な債権カット、または利率を大幅に下げた他の会社の社債への乗り換えを選ぶよう求めた(2019年11月26日付け「ブルームバーグ」)。

12月には内モンゴル自治区フフホト市の経済技術開発区の投資会社が債務不履行を起こした(2019年12月10日付け「ロイター」)。

前者は沿海の直轄市(省級)である天津市の直轄企業が外債債権者に損失を負担させるという、全中国でも過去20年起きたことのない事件である点で、また後者は地方政府の下部機構が起こした事件である点でショッキングだ。

今後国有企業に対する市場の与信態度も厳格化するから、2社の後を追う国有企業が増えるだろう。

バブル清算の季節がやって来た

習近平政権が景気アクセルをガンとふかさないのは、これ以上、借金・投資頼みを続けても、状況が更に悪化するだけだと悟ったからだ。

アクセルを一切踏まずに、景気を急落するままに任せると社会に大変なショックを与えるから、地方政府の財源調達を支援するなど「激変緩和」措置は講じている。だが、ある辛口のアナリストはそれを「ブレーキをかけながら下り坂を下る重量トラック」に喩えていた。言い得て妙だ。

「隠れた政府保証」などの支援を受けられない私営企業は、国有企業よりずっと過酷な運命に遭っている。

この数ヵ月、大手企業でも人員整理や賃金カットが拡がりつつあるという。筆者も個別事例をいろいろ聞いている。

北京や上海など不動産バブルが最も顕著だった1線都市でも高額マンションの値段を下げても買い手が現れない状況が生まれている。投資ファンドから滔々とシードマネーが流れ込んでいた中国ハイテクベンチャー業界も昨年から資金流入急減に見舞われている。

こう書くと、「遂に中国経済崩壊!?」と言い出す人がいそうだが、脊髄反射は禁物だ。日本だってバブルは崩壊した(弾けた)が、日本経済が崩壊した訳ではなかった。

数々の経済変調を眼にして、中国人は強い不安と閉塞感に襲われているが、背伸びをした後には屈まざるを得ない、いっときが来るものだ。筆者は逆説的ながら「むやみに恐れるな。起きるべくして起きていることだ」と言いたい(言い出すのが早すぎたが、筆者は8年前から「やがてそういう日が来る」と言い続けてきた)。

中国の識者も「バブル清算の季節がやって来た」ことを正面から認める人が増えてきた。

世界経済も、米中貿易摩擦の行方にかかわらず中国経済減速の影響が長く続くだろう。過去10年が順風すぎたので、今後10年は逆風が吹くと覚悟した方がよい。

毛沢東のおばけに怯える中国社会?

ただ、バブル清算に向き合う必要を唱える識者が一様に「処理には時間をかける必要があり、荒療治は禁物」と訴えていることは気になる。

社会の動揺を恐れて「激変緩和」に気を取られすぎると、何時まで経ってもバブル処理のトンネルを抜け出せない恐れがある。

20年前の日本経済がそうなりかけた。90年代前半の不動産バブル潰しは荒療治式でやったが、90年代後半のバランスシート不況に対しては激変緩和の公共投資を増発し、不動産以外の流通、運輸、観光といった業種の不良債権処理も遅々として進まなかったせいで、2000年代初めには出口のない閉塞感に襲われた。小泉政権の荒療治でようやくトンネルを抜けた。

この教訓を踏まえると、中国には「時間をかけすぎるな」と言いたいところだが、1つ「日本にはないが、中国にはある」特殊事情がありそうだ。

それは社会が動揺すると、毛沢東みたいなポピュリストのおばけが出てくる恐れだ。危難に立ち向かうための処方箋が「統制強化」しかない習近平が毛沢東になるのか、それとも中国の古式に忠実に、農村や市井から天朝を倒す革命家が出てくるのか……。

中国の大勢がそんな「最悪の事態」を恐れて痛みの伴う改革を避け続けるとしたら、中国の未来を待つものは停滞しかない。