「米国で人気の「記憶力が改善するサプリ」に専門家が警鐘──穴だらけの規制や“誇大広告”も浮き彫りに」の写真・リンク付きの記事はこちら

Prevagenと呼ばれるクスリが脚光を浴びている。Prevagenはヌートロピック(向知性)サプリメント食品、いわゆる「スマートドラッグ」の一種で、記憶力向上の効果をうたっている。主にベビーブーマーに向けてTVで宣伝されており、広告には「Prevagenは加齢に伴う軽度の記憶力の問題を改善することが臨床的に実証されたサプリメント食品です」とある。

問題は、このサプリの効果を示すエヴィデンスが存在しないことだ。

ニューヨーク州検事総長は2017年1月、米国にあるPrevagenの製造会社を不当表示の疑いで提訴した。「クラゲから発見されたタンパク質」を原料とするPrevagenには、同社の宣伝に反して、記憶力の向上を助けることを示す科学的な証拠がない、というのが理由だ。

消費者団体「Truth in Advertising」代表、ボニー・パットンは「わたしたちはこのCMを流している5大ネットワークに書簡を送りました」と言う。「しかし、PrevagenのCMは相変わらず流れています」

Prevagenだけではない。59歳以上のケーブルニュース視聴者をターゲットにしているPrevagenは、市場に出回る数多くのヌートロピックのひとつでしかなく、こうした製品はそれぞれが異なる購買層を狙って販売されている。

ベビーブーマーが記憶力の衰え始める年齢に差しかかり、シリコンヴァレーがバイオハッキングの狂騒に大金をつぎ込むなか、認知能力強化をうたうサプリのマーケットは活況を呈しているのだ。

「要するに何を言ってもかまわない」

高い需要の一方で、こうした“奇跡の薬”の広告に対する法規制は驚くほど緩い。「人を騙して大金を稼ごうと思ったら、わたしならまず脳サプリビジネスを候補にします」。サプリメント食品の効果・リスク研究の第一人者である、ハーヴァード大学医学大学院のピーター・コーエンは言う。「大金が稼げて、しかも完全に合法なのですから。前進あるのみです」

スポーツサプリや栄養サプリと同様、こうした脳サプリも、米食医薬品局(FDA)の規制の対象外だ。薬効に関する研究はほとんどない。そのうえ、どの成分をどれだけ配合するかもまったく監視されていない。サプリ業界全体が詐欺の温床となっている原因は、1994年に施行された法律で、サプリメントが薬品ではなく「食品」に分類されたことだ。2015年の研究によれば、米国では毎年2万3,000人以上が栄養サプリが原因で緊急搬送されている。

「規制の枠組みは穴だらけです。ヒトで効果を実証した研究がひとつもなくても、『この薬は脳機能をサポート・改善します』と宣伝できるのですから」と、コーエンは言う。「要するに何を言ってもかまわないという点に関して、法律はきわめて明確です。アルツハイマー病の特効薬、とでも言わない限りは」

「神経ハッキング」、またの名を「詐欺」

だからといって、利用者たちがこうした薬に効果はないと考えるわけではない。薬が認知能力に影響を及ぼす証拠はないが、薬の宣伝が、消費者の脳に何らかの効果をもたらしているのは明らかだ。

ヌートロピックの需要が高まるなか、この市場にはヴェンチャーキャピタルの投資[日本語版記事]が押し寄せている。コーエンによれば、サプリメント業界全体への投資額は年間3,000万ドルで、そこにシリコンヴァレーが参入を目論んでいるようだ。

たとえば、有名ヴェンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツはNootroboxに200万ドルを投資した。Nootroboxはこうした資金を研究に投じることもできるはずだが、同社はより直接的な手段として、洗練されたウェブサイトを構築することにした。脳機能向上の宣伝文句をうたうにはもってこいだ。

たとえば「ニューロハッカー・コレクティヴ」というグループが販売する「Qualia」のウェブサイトを開けば、整然と並ぶ成分一覧を見ることができる。ニューロヴィタミン、アダプトゲン化合物、アミノ酸。こういった医学風の用語や、各成分に関する研究へのリンクが、いかにも信頼できそうな印象を醸しだしている。

だがその実態は、「処方箋のいらない市販のサプリを、キッチンの流しのようなところでごちゃまぜにしたにすぎません」と、フィラデルフィア小児病院の研究員で、脳機能向上薬が専門のキンバリー・アーバンは言う。

「効いている」気がするのはカフェインのせい

こうした薬のほとんどに含まれている成分がカフェインだ。認知能力向上に限らず、体重減少などさまざまな効能を謳うサプリメントの成分表にはどれも、主要な効能に関係のないカフェインがしばしば登場する。その理由は、摂取を体感できるからだ。人は成分を感じれば、「効いている」と思うものなのである。

「ダイエット薬にカフェインが入っているのと同じ理由で、効いている気がするから入っているのです。カフェインは気分を昂揚させますから」と、アーバンは言う。「多くのサプリには、どの成分であれ、効果をもたらすには不十分な量しか含まれておらず、完全にプラセボ効果頼りです」

ダイエット薬と同じ成分が使用されることこそ、記憶力向上サプリの流行に関して、コーエンがもっとも懸念していることだ。彼は同僚とともに、ダイエット薬に違法に配合される覚せい剤のアンフェタミンやメタンフェタミンについて長年研究を続けてきた。

コーエンはヌートロピックの成分調査をしたことはないが、サプリ製造企業が、ダイエット薬と同じようにアンフェタミンの派生物質を紛れ込ませる可能性を危惧している。これらの物質は依存性がきわめて高いうえ、検査で発見するのは非常に難しい。

飲み合わせと副作用

たとえ違法薬物が含まれていなくても、サプリはそれ自体危険をはらんでいる。これらは100パーセント天然成分をうたっているが、自然界に危険な物質はいくらでもある。しかも規制が存在しないため、どの物質をどれだけ摂取したかは知りようがないのだ。

カフェインやその他の処方薬に敏感な人は、特に気をつける必要がある。サプリに含まれる天然成分のなかには、処方薬の薬効に干渉するものが少なくないのだ。

たとえば、セント・ジョーンズ・ワート(セイヨウオトギリ)が経口避妊薬の効き目を弱めることはご存じだろうか? ピルを飲んでいる人は、Qualiaを飲む前にこのことを知っておかなくてはいけない。

科学ではなく、希望的観測に基づいたサプリ

ほとんどのヌートロピックに含まれている成分に、アミノ酸と植物抽出成分がある。そのなかには脳機能向上に役立つものもあるかもしれないと、コーエンとアーバンは言う。

一例として、Qualiaに含まれる成分のひとつ、フォスファチジルセリンについては、予備的研究で興味深い結果が出ているとアーバンは言う。ただしそれが人の認知機能を本当に向上させるかについてはわからない。

QualiaのウェブサイトのFAQページには、「Qualiaはインチキではないのですか?」という項目があり、同社は次のように回答している。

Qualiaはインチキではありません。わたしたちは製剤特許を取得せず、製品の成分、含有量をすべて公開しています。成分の安全性と効果を実証する、第2相および第3相の臨床試験、質の高い自主研究データ、40年以上にわたり蓄積されたヌートロピック製剤に関する国際研究など、豊富な研究成果へのリンクも提供しています。

しかし、こうした研究のほとんどは、個々の物質の基礎研究であり、実験動物や、ペトリ皿で培養された動物細胞を対象にして行われたものだ。そうした研究から、「この成分はヒトの脳機能を助ける」というのは、あまりに大きな飛躍だ(『WIRED』US版はニューロハッカー・コレクティヴにコメントを求めたが、この記事の発行までに回答は得られなかった)。

神経科学者たちはヒトの脳内の記憶メカニズムをようやく理解し始めたばかりであり、特定の物質が記憶にどう影響を与えるかは、まだまだ未知数だ。「これは科学の領域ではありません。単なる希望的観測です」と、ニューヨーク大学の栄養学教授、マリオン・ネスルは言う。

もっと賢く、もっと有能に、もっと生産的にと願うのは自然なことだ。残念ながら、たいていのものがクリックひとつで手に入る2017年の現在であっても、脳の健康維持は難題である。

医師たちが推奨するのは、夜はよく眠り、カフェインやアルコールの過度な摂取を控え、定期的に運動し、脳に刺激を与えること。どれも、服薬に比べれば簡単ではないが、少なくとも効果はある。