名将・野村克也さんの薫陶を受けた橋上秀樹・監督代行

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 阿部慎之助監督(47)の電撃辞任により空中分解も懸念された巨人が、セ・パ交流戦ではむしろ好調に転じている。急遽、チームの指揮を執る橋上秀樹・監督代行(60)が師と仰ぐのは、かつて巨人を"宿敵"と公言した名将だった――。

【写真】ベンチでバッティングのポーズ 楽天監督時代の野村克也さんと橋上秀樹氏

「印象が深い言葉は"己を知れ"ですね」

「恩人であるのはもちろん、私にとっての"道標"ですね」

 南海、ヤクルト、阪神、楽天を率いた名将・野村克也氏についてそう語っていたのは、突然、巨人を率いることになった橋上氏その人である。野村氏が亡くなった2020年の暮れ、"ノムさんの教え"についての「週刊ポスト」取材にそう心境を明かしていた。

 1983年にヤクルトに入団した橋上氏は、ID野球を掲げた野村氏とともにキャリアを歩んだ。ヤクルトでは7年間を野村監督のもとでプレーし、日本ハムを経た後、野村氏から請われて1999年に阪神に移籍。2000年に引退後、今度は2005年の楽天監督就任に合わせてコーチで招聘され、野村氏のもとでヘッドコーチも務めた。

 野村氏は巨大戦力のジャイアンツを"宿敵"としたが、その教え子の橋上氏と巨人の縁ができたのは2011年オフのことだ。

「清武英利GMが"データ野球を巨人に根づかせたい"と考えて野村ヤクルトの黄金期を知る橋上氏を一軍戦略コーチに迎え、新設した『戦略室』のメンバーに据えた。橋上氏は2014年オフに巨人を離れたが、その在任中に4番で主将だった阿部氏が、監督2年目に安田学園高の先輩でもある橋上氏を再び巨人に呼んだのです」(スポーツジャーナリスト)

 阿部氏の辞任でオフェンスチーフコーチから監督代行に昇格して交流戦から指揮を執り、10勝6敗2分け。セで唯一、大きく勝ち越してチームの順位を押し上げた。

 2020年の取材時、独立リーグ・新潟アルビレックスBC監督だった橋上氏は、"道標"と評す野村氏の教えをこう語っていた。

「選手時代に印象が深い言葉は"己を知れ"ですね。"自分の役割をしっかり認識したうえで、目標を設定して練習に取り組みなさい"というもの。

 引退後、指導者の道を歩むようになってからも、それぞれ特徴も身体能力も違う選手たちに"自分が何を目指していくべきか"を考えるよう指導しています。野村監督は将棋にたとえて"将棋の駒はそれぞれに役割がある。飛車角をいっぱい持っていてもダメ。それぞれの駒の役目があって、初めて敵の王将を追い詰められる。野球も同じ"と言っていましたね」

 今の巨人で確かな役割を与えられて働きを見せるのがベテラン勢だ。「野村再生工場」さながらの復活を見せている。

 交流戦2試合目では坂本勇人(37)を7試合ぶりのスタメンで3番に起用し、丸佳浩(37)も7番・ライトで先発に名を連ねた。低迷していた2人が好機にヒットを打ち、ソフトバンクに勝利した。

「長嶋(茂雄)さんの一周忌である6月3日のオリックス戦は、1対4の8回一死満塁で丸が登場して代打逆転満塁ホームラン。阿部監督が引退の道筋を付けようとしたベテランが、チームの危機に役割を与えられて見事に立ち直った」(前出・スポーツジャーナリスト)

ベンチにいる者にも役割が

 選手に自覚を促すのが野村流の人心掌握術だとも橋上氏は語っていた。

「バッティング練習時に野村監督から"何を意識して、何を目指して練習しているんだ"と聞かれ、即答できなかった。"お前は4番を打つ気でいるのか""お前が4番を打てるのか"とまで言われた。野村監督は"お前では4番が打てないだろう"とは言わずに、問いかける。最後は自分の意思で決めさせた。プロ野球はエースで4番の集まりだが、全員がエースで4番とはいかない。だから変化を求められ、"己を知る"が第一歩になる。そこは自分自身が感じないといけないんです」

 一人ひとりに役割があることを実感させる。橋上氏はベテラン重視の姿勢を見せたかと思えば、6月4日から3試合連続で2番・浦田俊輔(23)、3番・佐々木俊輔(26)の若手で上位打線を組んだ。「みんなで団結」を掲げ、ベンチ全体で戦う姿勢を見せている。

 これも野村氏から学んだ部分があるかもしれない。橋上氏は自身の選手時代をこう述懐していた。

「ある中日戦でベンチから三塁コーチのサインに共通点があることを見つけ、ヘッドコーチを通じて野村監督に報告した。それでエンドランのサインを見破り、ピンチを凌げたんです。監督からは"ベンチにいる者にも役割があり、そういうことをやるとチームの戦力になる"と評価され、その日の監督賞をいただいた。野村監督が言いたいのは"全員が試合に参加するのが重要だ"ということ。作戦分析などにも興味を持つようになりました」

 興味深いのはそうした野村氏の考え方が戦力豊富な巨人に対抗する"弱者の兵法"だったことだろう。時を経て、巨人が"弱者"としての戦いで息を吹き返している。

 全員野球はコーチもだ。交流戦の選手起用は守備コーチと打撃コーチの意見をディフェンスチーフの川相昌弘氏がまとめ、橋上氏が決定を下しているという。橋上氏自身、コーチとしても野村氏から多くを学んだと話した。

「選手の頃より、楽天でコーチとして野村監督のもとで働いている時のほうが言葉の深みはありましたね。楽天のヘッド時代は弱かったので常に怒られた記憶しかありませんが、4年目に2位になった時は、"底上げができたのかなぁ"とおっしゃっていた。"特徴ある選手が増えて、ワシの言いたかったことが浸透している"と言われた。監督の目指す方向に進んでいるというのは、コーチへの最高の褒め言葉ではなかったかと思います」

 今、巨人の指揮官となっても野村氏のことを思い返しているに違いない。

「私が現役を終えて、いまだに野球に携われるのは野村監督のお陰です。野村監督の最大の功績は人材だと思います。監督、コーチ、選手を含め12球団にまんべんなく教えを受けた人材がいる。その功績が一番でしょう」

 そう語ったのは5年半前のことだが、今もセの上位では橋上氏のほかに阪神・藤川球児監督(45)、ヤクルト・池山隆寛監督(60)という"野村チルドレン"が采配を振るう。今季、ペナントを手にする教え子は誰になるのか。

※週刊ポスト2026年6月26日・7月3日号