東京から中国・瀋陽へ、歴史を映し出す正義の裁き

【新華社瀋陽6月11日】1946年5月3日の極東国際軍事裁判(東京裁判)開廷から10年後、56年6月9日に中国遼寧省瀋陽市で開かれた最高人民法院特別軍事法廷は、中国侵略日本軍の戦犯に対する公開審理を行った。

中国は56年4月、全国人民代表大会常務委員会の決定に基づき特別軍事法廷を設置。瀋陽市と山西省太原市で開廷し、日本人戦犯計45人のうち36人が瀋陽で裁かれた。

中国共産党遼寧省委員会党校(行政学院)の王建学(おう・けんがく)教授は瀋陽裁判について「第2次世界大戦後、戦犯の罪を法的に清算する最後の機会であり、東京裁判の延長線上にあった」と語る。

東京裁判は膨大な証拠と法的手続きにより、日本の侵略の罪に対し正義の清算を行った。しかし、南京大虐殺や「慰安婦」の強制徴用、731部隊の暴虐などの罪は徹底した清算と公開審判を受けていない。一部の戦犯は早期に釈放され、戦後日本の歴史認識のゆがみをもたらす災いの根を植え付け続けている。

一方、瀋陽裁判は奇跡を生んだ。審理を受けた日本人戦犯が例外なく頭を垂れて罪を認め、心からの悔悟を示したのである。
撫順戦犯管理所(遼寧省)の教育と矯正により、戦犯36人は頑迷なよろいを脱ぎ捨てた。正義の力は、法廷での厳粛な裁きの中だけでなく、心の奥底での覚醒と震撼(しんかん)にこそある。釈放された藤田茂氏らは帰国後に「中国帰還者連絡会」を設立し、日本で平和・反戦活動に従事するとともに中日友好交流にも積極的に取り組んだ。
70年が過ぎ、日本の右翼勢力が侵略の罪を薄め、美化しようとする今、中国侵略の重要な罪証である瀋陽の日本人戦犯特別軍事法廷旧跡は人類の正義がいかなる力にも屈しないことを伝えている。
瀋陽の「九・一八」歴史博物館の高建(こう・けん)研究員は、正義とは罪悪を戒めるだけでなく、人の心を救い、文明を守ることだと指摘し、瀋陽は世界的な裁判の終着地として、歴史を省み、平和を呼びかけるための「東洋の答え」を示したと述べた。
