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 東京・青山にオープンした日本初のブティック「コレット」はいつのまにか、デザイナーやクリエーター、音楽関係者、芸能人らさまざまなジャンルの人たちのたまり場のようになっていました。

 かけがえのない友は人生を豊かにする。後に親友となる安井かずみさんと知り合ったのもこの頃。彼女を連れて来てくれたのは加賀まりこさんでした。最初は仲良し3人組。店が閉まると、そのまま六本木や麻布、赤坂界隈(かいわい)へレッツゴー。お酒を飲んでお祭り騒ぎ、夜通し夢を語り合うこともしばしば。3人でハワイ旅行したこともありましたね。

 とくにZUZU(ズズ)こと安井かずみさんとは妙にウマがあってすぐに意気投合。今風に言えばソウルメートでしょうか。すでに売れっ子の作詞家で自由奔放な恋多き女性。英語やフランス語にも堪能でイタリアやニューヨークにも住んでいたこともあり、とてもインターナショナルな生活を送ってました。普段はスポーツカーを乗り回し、自宅は高級住宅の川口アパートメント。壁が紅柄色(べんがらいろ)のハイセンスな部屋。おまけに庭にプールまであったんですから。いつものメンバーで大騒ぎして服を着たままプールにドボン。広島から出て来たばかりの吉田拓郎さんが、そんな光景を目の当たりにして「東京って凄いなあ」って目を丸くしていたことを覚えてます。

 大親友のZUZUはとにかくカッコいい。2人で南フランスのサントロペに高田賢三さんを訪ねて行った時のことは忘れられません。ケンゾーは文化服装学院の同期生。大の仲良しで切磋琢磨(せっさたくま)した間柄。私より先に本場フランスへ進出し、この地にもいち早くブティックを出店していたのです。

 ニースから車で約3時間。「空港の駐車場に僕の車があるから」と事前に鍵を渡されました。ケンゾーの愛車は、紺色のフィアット800。ZUZUが運転しようやく目的地に着いた頃には、彼女も私もヘトヘトでした。適当な場所に車を止め、ケンゾーの店を訪ね、戻ってきたら、借りた車がどこにもない。レッカー移動されていたのです。警察に行ったら「所有者が来ないと返すことはできない」の一点張り。ところが当の持ち主は一向に車を取りに行こうともしません。実は駐車違反の罰金を車が買えるくらいため込んでいたんです。それからしばらくの間、私たちは彼の前で車やドライブの話はタブーにしてました。

 そういえば、近くに会員制のヌーディストビーチがあって招待されて行きました。20代の私は前か後ろか分からないくらい痩せていたので全然恥ずかしくなかったのですが、一つだけどうしてもなじめないことが。それは一糸まとわぬ姿でナイフとフォークで食事をすること。皆さん、どんな感じか想像できますか?

 ◇コシノ ジュンコ 文化服装学院在学中に装苑賞を受賞。1978年から22年間、パリ・コレクションに参加。世界各国でファッションショーを開催、国際的な文化交流に力を入れる。オペラ、DRUM TAOの舞台衣装、花火、ユニホーム、インテリアのデザインなどを手がける。フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエ受章、旭日中綬章受章。2025年11月には文化勲章受章。大阪府岸和田市出身。