「YouTube観る人は本を読まない」コンテンツのパーソナライズ化進む時代、書店が届ける”知らない世界“との出会いとは
■開設当初は再生数が伸び悩むも、”偏愛の熱量“を全面に押し出し突破口に
商品について宣伝や解説をすることが一般的な企業の公式アカウント。しかし、株式会社有隣堂のYouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』が見せるものは、一風変わっている。毎回、その回のテーマに詳しい同社スタッフらが出演し、MCを務める”素直すぎる”ミミズクのキャラクター「R.B.ブッコロー」との小気味よいやり取りの中で、その偏愛っぷりを披露する。 そんな番組に登場するスタッフに必要なものは、タレント的な素質よりも「商品に対する愛情の深さ、偏愛、熱量」だとYouTube企画を担当する社長室デジタルクリエイティブチームの渡邉郁さんは言う。
「番組MCを務めるブッコローは『素直さ』で、番組を盛り上げるキャラクター。一方で、出演する社員については、『どこにでもいる普通のおじさん・おばさん』だと思っています。というのも、スタッフに求めることは、ブッコローのように面白いキャラクターであることよりも、商品知識や熱量があること。素直なブッコローが、いらないものは『いらない』高いものは『高い』等、何を言っても論破できるほどの熱量と偏愛を持っているスタッフの様子が、番組の魅力だからです」
YouTubeチャンネルがスタートしたのは2020年。それ以前から書店業界全体が縮小傾向に悩む中、有隣堂も例外ではなかった。神奈川の老舗書店として一定の認知はあったが、一方で『昔からある本屋さん』というイメージに留まり、新しい世代やこれまで有隣堂と接点のなかった人々に、新たな魅力が十分に届きにくいという課題感があった。そうした状況の中で、書店としての価値や有隣堂らしさを、従来とは異なる形で届けていく必要があると考えていたという。
そんな背景から、2019年末、松信健太郎副社長(現社長)の「YouTubeをやるぞ」の一声がきっかけでYouTubeチャンネルのプロジェクトが始まった。2020年2月に『有隣堂しか知らない世界』を開設。当初はいわゆる書店の公式アカウントらしい、毎回一冊の本をアニメーションとナレーションで紹介する、書籍紹介チャンネルのような形態でスタートしたという。しかし3ヵ月で6本の動画を上げたが思うように再生数が伸びず、「こりゃいかん」という状況になったそう。同年6月にリニューアルして現在のスタイルになるまでの道は、有隣堂の書店としての個性を再認識する機会でもあった。
「リニューアルの際に、有隣堂の強みは何だろうと考えました。そこで、商品愛が強く、商品知識が深いスタッフが多くいること。116年の歴史を持つ老舗書店であること。リアル店舗を持っていることの三つだと認識したんです。」(渡邉さん/以下同)
書店としての原点に立ち返った結果見えてきた、スタッフが持つ商品愛・商品知識の強さ。この強みを最大限活かすためのプロの映像編集とユーモアあるMCキャラクターが加わり、チャンネルは成長をし始めた。リニューアル後の第一回『【超性能ティッシュ】キレイの概念が変わる!キムワイプの世界』と第二回『【飾りじゃないのよ】物理の力で文字を書く!ガラスペンの世界』の回でチャンネルが方向づけられたというが、特にキムワイプの回ではスタッフの製品愛が爆発して、”普通“の企業公式YouTubeと一線を画す個性が現れた。
「リニューアル直後に、今番組に一番多く出演している文房具バイヤーの岡崎弘子(崎=たつさき)が出演して、『キムワイプ』を紹介しました。普通は、企業チャンネルで自分の店で扱っていないもの紹介しないと思うんですが、紹介するものへの愛が爆発しすぎて、自社で売ってない商品を紹介したんです。それくらいの素直さとか熱量みたいなことを最初から大事にしていて、今もずっと変わっていません」
■本読まない人にどう伝える? 登録者数10万人突破企画で捉えた“書店と世間のギャップ”
特徴的なスタイルで番組を作っていった同チャンネル。徐々に登録者数も伸びていったが、登録者数10万人を突破し、多くの人に見てもらうきっかけになった企画は「職業作家の一日ルーティン」だ。作家・中山七里氏の執筆現場に24時間定点カメラを設置し、中山氏がどんなスタイルで執筆しているのかを見守るという内容だが、企画が成立するまで一筋縄ではいかなかったという。
「私は『中山先生が出てくださるなんてすごい』と思ってプロデューサーに話したら、『先生の名前だけでなく、何か切り口を考えないと』と言われました。プロデューサーは『動画を観てる人たちは本を読まないということを前提に考えた方がいい』というのを常々言っていて、その時に『確かにそうなんだ』と思いました。私は新卒で入社してからずっと本屋さんで働いていたので、周りは本を読む人の方が多い環境で、本を読まない人が大半だということにあまり実感がなかったんです」
その後、本を読まない人も観たくなるような内容とは何かを検討した渡邉さん。職業作家のイメージは誰しもぼんやりとあるが、「実際に本を書く作家業だけで生計を立てていらっしゃる作家さんが、どのような生活を送っているのかは、みんなきっと見たことがない」と思い、多作な中山氏の生活を取り上げるのはどうかとプロデューサーに提案。賛同を得てようやく企画ができあがった。作家や小説のファン心理に応えるというよりも、YouTubeを観る多くの人に目を向けて作った同企画だけでなく、第2回から数回にわたって紹介したガラスペンも、マニアックな文房具の世界でありながら視聴者に「新しい世界」を届けることに成功した。
「企画の方向性をリニューアルした後、第二回の配信から数回にわたって文房具のガラスペンをチャンネルで取り上げています。ガラスペンはそれまで年間数本程度の売れ行きだったのですが、チャンネルで取り上げてからガラスペンのフェアをしたところ、数百本売れたんです」
一見、本とは関係ないように見えるガラスペンをなぜ取り上げるか。同社執行役員で広報部部長の渡辺恭さんにも話を聞くと、『有隣堂しか知らない世界』がタイトル通りの役割を果たしている証左でもあると話す。
「例えばガラスペンは、普段の生活の中では、なかなか触れる機会がないものかもしれません。けれども、動画で紹介されたことをきっかけに知り、実際に使ってみることもあるのだと感じました。パッと動画を見ただけでは忘れてしまうかもしれませんが、売り場に行くと紹介されていたことを思い出す。そうしたきっかけ作りとして機能し、オフラインとオンラインの両方を通じて『知らない世界』を届けることにつながっていると感じます」
■「知らなかったものと出会い、世界広げる」リアル書店とYouTubeの”共通する意義“
動画を何気なく視聴した視聴者にとって、ガラスペンや小説といった新しい世界の案内役となっている有隣堂の公式YouTubeチャンネル。視聴者のこうした体験は、同社の原点である書店の店頭で、自分の足で歩いて目に留まったものを手に取り、世界を広げる体験と繋がっているのではないか。YouTube運営を担当している渡邉さんも、書店には「自分の世界を広げる」という役割が大きいと感じている。
「人の手が介在すれば、お店によって選書や陳列の仕方、POPなどが違ってくるので、同じ商品でも別の見え方になる…そこがリアルの書店で一番価値あることだと思います。効率だけで言えばECなどに敵いませんが、必要なものを買うだけじゃなく、知らなかったものに出会うことができて、そこから自分の世界がもっと広がる。書店としてはそんな場所を目指していきたいと思います」
SNSやYouTubeでは、自分の関心に近い情報ばかりが届きやすくなっている。一方で、有隣堂のYouTubeチャンネルは、書店員や出演者の偏愛を通じて、視聴者がこれまで知らなかった本や文具、雑貨、文化に出会うきっかけを生み出してきた。 失われつつある「コンテンツとの偶然の出会い」を YouTubeというデジタルの場で再構築し、さらにその盛り上がりをリアルな店舗に還元している有隣堂。「有隣堂に行ってみよう」と視聴者が足を運ぶ機会が生まれ、北海道や沖縄、海外在住の視聴者が帰国中に訪れるなど、YouTubeを始めるまで接点が持ちづらかった商圏外からの来客にもつながっている。書店のあり方が変わるなかで、「知らない世界」と出会う本質をどう維持していくのか。渡邉さんはチャンネルがもたらした影響と今後についてこう語る。
「『動画で紹介してた商品、本当に有隣堂に売ってるのかな』『出演者に会いに行こう』などと思っていただくことが増えました。動画を観たお客様の来店動機を作る役割ができているのかなと思います。今まで通り面白い動画を作り続け、皆さんとのコミュニケーションをもっと深めることで、『有隣堂のファン』を作り、足を運んでいなかった書店にも来てもらう。そうやって長期的に有隣堂のブランドの価値を向上させる役割をYouTubeが担っていければと思います」
(取材・文/水野幸則)