「個人が警察に訴えても、すぐに動いてもらうのは難しい」ハトへの迷惑エサやりで“全国初”書類送検 なぜ立件ハードル高い?
大阪市住吉区で、市の中止命令に違反してハトやカラスへのエサやりを続けた人物が、動物愛護法違反の容疑で書類送検された。大阪市が4月30日に明らかにしたもので、エサやり行為による同容疑での書類送検は全国で初めての事例とみられる。その後、5月19日には静岡市でも、同様の事例でエサやり行為を続けた人物が書類送検されている。
これらの報道を受け、SNSなどでは「本当に鳩被害はつらいから、こういうの止めてほしい」「善意のつもりでも結果的に周囲へ悪影響を与えてしまう」といった声が上がった。糞尿被害や衛生問題など、同様のトラブルは全国各地で発生していると考えられるが、なぜこれまで取り締まりが難しかったのだろうか。
ハトやカラスなどへのエサやり行為をめぐるトラブルは後を絶たないが、実はエサやり行為そのものを直接禁止する国の法律は存在しない。関連する法律として「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護法)」があるが、その目的はあくまで「人と動物の共生する社会」の実現にある。
動物をめぐる法律問題に詳しい青木敦子弁護士は、「動物愛護法は『動物の愛護(虐待の防止)』だけでなく、『動物の管理(生活環境の保全)』も重要な目的としています。迷惑なエサやり行為に関する規定は、この『管理』の側面から、周りに迷惑をかけているという点に主眼が置かれています。そのため、いきなり処罰するのではなく、周辺環境との調和を図るための説得的な作業が重視される構造になっています」と解説する。
具体的には、動物愛護法25条に定めがある。エサやりなどによって悪臭や騒音、害虫の発生といった形で周辺の生活環境が著しく損なわれている場合、都道府県知事は、段階的な措置を講じることができる。
①指導・助言(法25条1項)
2019年の法改正で新設された措置。事態が深刻化する前の早期段階から行政が介入し、改善を促すために必要な指導や助言を行う。
②勧告(同条2項)
指導や助言に従わず、事態が改善されない場合に、必要な措置を取るよう勧告する。
③命令(同条3項)
勧告にも従わない場合、期限を定めて具体的な措置を命じることができる。
そして、この命令に違反した場合に初めて、「50万円以下の罰金」という罰則(法46条の2)が科されることになる。冒頭の大阪市や静岡市のケースは、市が中止命令を出したにもかかわらず違反が続いたため、この罰則規定を根拠に告発・書類送検に至ったものである。
条例で規制する自治体も国の法律レベルでは直接的な禁止規定がない一方、各自治体が条例でエサやり行為に規制を設けているケースもある。
たとえば、大阪府箕面市では「箕面市カラスによる被害の防止及び生活環境を守る条例」を定め、カラスへの給餌行為を禁止している。勧告や命令を経ても違反が続く場合、「10万円以下の罰金」という刑事罰が科される可能性がある。これは、全国的に見ても特に厳しい規制の一つだ。
ほかにも、東京都荒川区では「荒川区良好な生活環境の確保に関する条例」に基づき、給餌による不良状態の改善命令に違反した場合に「5万円以下の罰金」を定めている。
なぜ、これまで立件されなかった?これまで同様のトラブルは各地で起きていたにもかかわらず、なぜ今回は全国で初めて書類送検という事態に至ったのだろうか。その背景について、青木弁護士は立件のハードルの高さを指摘する。
「今回のケースは、行政が何度も指導や命令を重ね、その違反行為を証拠として押さえた上で告発したからこそ立件につながりました。個人が警察に『あの人がエサやりをしていて迷惑だ』と訴えても、すぐに動いてもらうのは難しいのが実情です」(青木弁護士)
個人間で解決しようとすると、当事者間の民事的な問題として扱われることになる。その場合、被害を受けた側が「エサやり行為と糞尿被害の因果関係」を立証しなければならない。しかし、どのハトが、いつ、誰のエサを食べた結果、自分の敷地で糞をしたのかを証明するのは、事実上、極めて困難だ。
青木弁護士は「たとえば大阪市の事件では、駅の周辺という公共の場所で、防犯カメラなどによって行為が記録しやすかったという側面もあるかもしれません。行政が粘り強く対応し、告発に踏み切ったことが大きなポイントです」と語る。
行為者を福祉支援につなげる必要があるケースも迷惑なエサやり行為をめぐるこうした問題に対しては、2019年の動物愛護法改正で一定の前進があった。同法25条に、周辺環境を損なう原因となる行為として「給餌・給水」が明記されたのだ。
この改正の背景について、環境省の通達(2020年5月28日付)では、「公園等において、特段の計画性を持たず、結果として生じる周辺環境への影響に対する配慮や地域の理解を欠いた状態で動物への餌やり行為を行う者に対し(中略)指導又は助言を行うことができる」と説明されている。
青木弁護士も、「この改正により、行政が問題の早期段階から指導・助言という形で介入しやすくなりました。これは規制強化というよりも、虐待や環境問題の未然防止と、行為者に対する福祉的な支援も含めた早期対応を可能にする目的があったと考えられます」と指摘する。
エサやりを繰り返す人の中には、社会的な孤立など、何らかの支援を必要としているケースも少なくない。そのため、法制度による取り締まり一辺倒ではなく、福祉的なアプローチも問題解決には不可欠だという見方もある。
エサやり被害に悩んだらどうすればいいか現在、迷惑なエサやり行為に悩んでいる人は、どうすればよいのだろうか。青木弁護士は、まず「証拠の確保」が重要だとアドバイスする。
「行政が指導や勧告を行うには、法25条の要件である『周辺の生活環境が損なわれている事態』を客観的に示す必要があります。そのため、誰が・いつ・どこでエサやりをしているかという『行為の記録』に加え、糞尿や羽毛、害虫などの『被害の記録』、鳴き声や悪臭といった『騒音・悪臭の記録』を写真や動画、メモなどで具体的に残しておくことが第一歩です」(青木弁護士)
これらの証拠をそろえた上で、地域の保健所や自治体の担当部署に相談することが有効だ。一人の訴えよりも、同じように迷惑している近隣住民と連携して相談するほうが、行政が動きやすくなる可能性もある。集合住宅の場合は、まず管理組合や大家に相談するのも一つの手だ。
また、東京都大田区や板橋区のように独自の「給餌被害防止条例」を持つ自治体では、被害の有無にかかわらず、公共の場所での給餌そのものが禁止されている。
刑事罰(罰金)を伴う箕面市などの条例に比べると、これらの条例の罰則は行政罰である「過料」に留まるものの、「行為そのものが違反となるため、行政側がより迅速に指導などの対応に動きやすいというメリットがある」(青木弁護士)という。
冒頭で紹介した全国初の書類送検は、悪質なエサやり行為に対して、行政が法的な強制力をもって対処できることを示した点で画期的と言える。しかし、多くのトラブルは、法的な解決に至る前に、地域社会の中での粘り強い対話や多様なアプローチが求められる複雑な問題であることも事実である。
