この記事をまとめると

■タクシー運賃値上げの背景には人手不足と需要回復がある

■タクシードライバーは都市部では収入が改善し稼げる職種へと変化しつつある

■事故リスクや働き方が人材確保の課題として残る

タクシー運賃改定の裏側にある事情

 2026年4月20日(月)より、特別区・武三交通圏(東京23区および武蔵野市・三鷹市)において、タクシーの初乗り運賃が1.096km で500円から1.0kmで500円へ、加算運賃が255mごとに100円から、232mごとに100円に改定され、事実上のタクシー運賃の値上げを行った。

 新運賃スタートのタイミングでメディアはこのニュースを取り上げていたが、運賃値上げの背景を諸物価高騰のほか働き手不足として報道しているケースも目立っていた。

 2020年春より日本では新型コロナウイルスの感染拡大が顕著となり、いわゆるコロナ禍へ突入した。全国的に外出自粛要請が行われたことでタクシー需要は深刻な落ち込みを見せ、多くのタクシー運転士は乗務機会がほとんどなくなり、高齢のベテランドライバーではこれを機に引退する人が増え、そのほかのタクシー運転士も多くが異業種へと転職していった。

 2022年あたりから新型コロナウイルスの感染拡大が収束傾向に転じ、ふたたび街に人が出てくるようになったのだが、そこで運転士不足によるタクシーの深刻な稼働台数不足が発生した。タクシーを利用したい人に対して深刻な稼働台数不足状況となり、この時期は東京などの都市部を中心に運転士はまさに休む間もなくお客を乗せ続けることとなり、結果的に大幅な収入増となった。

 この状況を見て新たに異業種から「稼げる」としてタクシー運転士をめざす人が増え、タクシー運転士の世代交代が一気に進んだ(従来の「武闘派」ともいわれた怖い運転士が急激に減った)。調べてみると、全国的な行動自粛が求められる直前となる2020年3月末比で、全国レベルでのタクシー運転士の充足率は85%前後でここのところは推移しており、回復傾向にあるとのことだ。

 スマホのタクシー配車アプリ普及やキャッシュレス決済の普及によるタクシー強盗の減少などもあり、異業種参入のほか女性運転士もここのところ増えており、これがタクシー運転士数の回復傾向を支えているといっていいだろう。

 少し古いが、2024年における地域別のタクシー運転士の平均年収を調べると、東京都で502万2500円、愛知県で475万円、大阪府で約487万円となり、全国平均では約415万円となっている。ただ、東京都内では年収1000万円プレーヤーも続出しているとはよくいわれているのだが……。

「タクシー業界は社会の縮図」ともいわれている。さまざまな職業を経て運転士になる人が多いことがそのゆえんともされているが、働き方も千差万別なのである。それこそタクシー乗務だけで一家を食わせていくといった人もいれば、個人で店や会社を経営していて副業として、そして厚生年金など社会保険の資格取得をメインに従事している人もいる。地方部では兼業農家の人が農閑期や農作業の空いた時間運転士として従事するといったケースもある。

 何がいいたいのかといえば、統計数値で出てくるタクシー運転士の平均収入というのは必ずしも業界の現状を映し出しているとはいいきれないのである。少なくとも東京および隣接県では、タクシーは「稼げる仕事」となっている。また、地方でも世界的に注目されている企業の工場のある某都市では、海外から訪れるビジネスマンも多く、ちょっとしたバブル状況にあるとも聞いている。地域によってバラつきが目立ってきているのも確かであるが、都市部では際立って「稼げない仕事」ではなくなっているのは間違いだろう。東京隣接県に住んでいる筆者の地元タクシー会社も、タクシーを呼ぶたびに初顔の運転士をよく目にするようになっている。

 また、運転士目線で見ればライバル、つまり稼働するタクシーが増えることはそれだけ自分の稼ぎが減るというリスクにさらされる。2002年あたりにタクシー事業参入にかかわる規制の大幅緩和が行われ、新規参入する事業者が増え、街にタクシーがあふれることとなった。迎車料金の無料化といった競争激化も事業者間であり、みるみるうちにタクシー運転士は「稼げない仕事」となり、現場ではお客の奪い合いも激化し、事故も多発する結果となった。この当時の状況をいまも引きずり続けていることもあり、「タクシーは危険で稼げない」というイメージが根強く残っているのである。

待遇や職場環境の改善が今後の課題

 事業者レベルでは、保有するタクシーを毎日100%稼働させることが理想であるのは当たり前。つまり、車両を休ませることがないように運転士を確保したいのだが、運転士目線でいえばほどほどの数で台当たり営収(営業収入)がよいのが理想的と考えているとも聞いたことがある。いまどき珍しく給料のなかで歩合給部分が幅を利かす仕事でもあり、運転士の稼ぎを事業者と取り決めた歩合で分配するという部分では、一般企業の社員とは立ち位置も大きく異なるともいえよう。「タクシー業界は働き手が不足」と嘆くひとに運転士はおらず、事業者の嘆きといっていいのかもしれない。

 タクシー運賃の値上げとなると、決まったように利用客減が話題となるが、バブル経済のころよりタクシー利用客数はひたすら減り続けてきた。ここまで減ってくると、「固定客」も目立ってくる。運賃値上げによる負担増はあるものの、たとえば日々の通院にタクシーを使っているお年寄りは通院を控えるというわけにはいかない。仕事柄、タクシーを利用しなくてはならないという人も意外なほどいる。タクシーのヘビーユーザーのなかには決まったルートしか利用しない人も目立つ。このような人は、大まかな利用運賃というものをわかっており、値上げ後の運賃が許容範囲ならば利用を続けることが多いようである。

 さらに、スマホアプリ配車が潜在需要の掘り起こしにも成功している。筆者も、流し営業(道路を走って利用客を探す)のタクシーに乗ってもいいのだが、利便性のよさにつられ、ついつい配車アプリで呼んでしまう。こうなると、たとえ都内であっても迎車回送料金が発生してしまう。スマホアプリ配車の普及により、この迎車回送料金による収入は爆増したともいわれている。

 また、いまだにタクシーだけではなく、路線バス運転士の働き手不足を単に「収入が少ないから」とする報道も目立つ。前述したように地域差があるとはいえ、都市部を中心に「稼げる仕事」となってきているのだが、それでも十分な人数が確保できない理由はほかにある。それは「事故リスク」である。

 事故を起こせば当然身体的ダメージもあるが、タクシーはプロドライバーが運転していることもあり、運転士へのペナルティもより重くなる。重大事故ならば警察に身柄拘束され、実名報道されることにもなりかねない。また、運転士に聞いた話では、事業者によっては事故を起こすと年式の古い車両へ担当車両を変更されてしまうなど、社内的なある意味ペナルティもあるようだ。以前は「事故=解雇」というのも業界全体では珍しくなかった。

 働きたいという人がいても、家族に反対されるケースも目立っている。世の中での「タクシー運転士=底辺職」という風潮が根強く残っていることも、タクシー運転士の門を叩くことを躊躇させているのも間違いない。

 周囲から見れば、クルマを運転しているだけの簡単な仕事と見られがちだが、いまはスマホアプリ配車が普及しているので、駅待ちするだけでなく時間帯によってスマホアプリによる配車要請が出やすい地域で休憩を取るなど、絶え間ない営業努力を行っている運転士も多いのである。

 また、遠距離利用も多いインバウンド(訪日外国人観光客)需要も外せないところである。日系スマホアプリ配車サービス以外に、日本ではフードデリバリーで有名な外資系プラットフォーマーの配車アプリサービスに加盟している事業者もある。インバウンドは自国で使い慣れたライドシェアアプリが使えれば、それを使って日本でもタクシーに乗ることになる。朝夕は日本人通勤客メインなので日系アプリでお客をつかみ、日中は外資系アプリでインバウンド需要を狙うといった事業者もあるようだと聞いている。

 運転士ついては英語が話せれば外資系五つ星ホテルでの客待ちができたり、英語でコミュニケーションできるとしてインバウンドによる貸切予約ということも少なくないようだ。

 もはや全国一律にタクシー業界を語ることはできなくなっている。今回の値上げが即運転士の収入アップにつながるというのも、筆者は懐疑的に見える。定年後に年金をもらいながら嘱託運転士として乗務している人は、地域によっては稼ぎが多すぎて月末には年金減額を回避するため乗務しないといったケースもあると聞いたことがある。

 前述したように、副業として乗務している人も含め「そこそこ稼げていればいい」という運転士もいるし、すでに十分稼いでいる運転士(1000万円プレーヤーなど)もいるのである。

 値上げにより事業者の利益が増えるならば、増えた分は安全運転支援装置をさらに充実させたり、より疲れにくいシートを採用した車両に換えたほうがいいように考えている。運転士にとってタクシーは職場となる。いまどきは、一般企業でも職場環境の改善に熱心なのだから、タクシーでもさらなる職場改善があっていいのではないかと考えている。