インタビューに応じるユッコ・ミラー

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第1回【路上の“サックス女子高生”から名門ジャズクラブ満席へ ユッコ・ミラー、出待ち&直談判の突破力】のつづき

 関西のジャズクラブでめきめき頭角を現し、東京へ進出したサックス奏者のユッコ・ミラー。だが、東京ではどれだけ関西での実績を並べようが、「一見さんお断り」とばかりに出演を断られるケースが続いた。そこでユッコが考えたのが目立つことだった。今につながるピンク色のヘアスタイルばかりでなく、テレビのバラエティー番組、それも音楽バラエティーなどではなく、体を張った番組に出たというから驚きだ。

(全2回の第2回)

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【画像】出待ちしてプレイした高校時代、ニューヨークでのレコーディング…貴重カットで振り返る「ユッコ・ミラー」の音楽半生

「SASUKE」に一般応募

 東京のジャズクラブで門前払いが続く中、それでもミュージシャンの知り合いを作ってはセッションに行き、その実力を認めてもらい……という流れで、少しずつ前進はしていた。だがそれだけでは飽き足らず、ある構想が頭に浮かんだ。

インタビューに応じるユッコ・ミラー

「サックスを吹いている人やジャズが好きな人には知ってもらえても、それだけじゃ物足りない。マニアックなのは嫌なんです。全ての人類に自分の演奏を聴いてほしいんです。そこで思いついたのがテレビに出ること。ジャズの番組なんてそうそうないし、それならバラエティー番組に出ようって。そんなときにテレビで『SASUKE』(TBS系)の出場者募集! ってやってたんです」

 ご存じのとおり、体を張ったモロ体育会系のバラエティーである。そんなことは委細構わず、応募したところ、たまたまSNSのフォロワーに番組のディレクターがいたという。

「オーディションの1次審査は、そのディレクターに『知ってるよ、君』と言われて受かりました。2次では体力審査があり、全然できなかったけど(苦笑)、その後の自己アピールで『サックス奏者で肺活量には自信があります!』と言ったら2次も受かって、本番に出場できたんです」

 2014年のことだった。本番では競技前にサックスを吹きまくり猛アピール。「もっとテレビに出なきゃ」との思いを強くした。

「私はライブの打ち上げなどでめちゃくちゃ食べるんですが、その食べっぷりを見た『大食い選手権』(テレビ東京系)のプロデューサーに『出てみたら?』と言われました。もちろん『出たいです』と返事して出演。全然食べられなかったですけどね(苦笑)。そのときにはもうピンクの髪色になってたんですが、十分アピールできたかな、と」

 これを見た「アウト×デラックス」(フジテレビ系)や情報ワイド番組からのオファーが続く。これがレコード会社関係者の目にも留まり、メジャーデビューが決まった。

ファーストアルバムはニューヨークレコーディング

 2016年にキングレコードからメジャーデビュー。9月7日に発売されたデビューアルバム「YUCCO MILLER」は米ニューヨークでレコーディングが行われた。

「ロニー・プラキシコさんがサウンドプロデュースしてくれました。ただロニーさんとギタリストのかたが大御所だった以外は、集められたのはニューヨークの若手ミュージシャン。特にドラマーの人はあまり難しいことができないとかで、初日のレコーディングは全く進まず、2日間で録り終えなくちゃいけないのにどうしようって。何とか周りの助けもあって、録り終えることができたんです」

 波乱も感じさせるレコーディングだったが、発売日にはCDショップのジャズコーナーにズラリとCDが並んだ。自分で目立つところに置くまでもなく、最前列に配置されていた。バラエティー番組などでユッコの存在を知ったファンらからは「異端児なのに演奏は実力派だ」「髪もピンクにしなくていいのに」といった声が相次いだ。

新ネタを試すラジオ

 その後もオリジナルアルバムの発売を続ける一方で、師匠ともいえるエリック・マリエンサルとのライブ、グレン・ミラー・オーケストラの来日ツアーにゲストとして出演するなど、着実に”恩返し“もしてきた。アーティストとの共演も多く、村上“ポンタ”秀一、ヴィジュアル系バンドの「ゴールデンボンバー」、中西保志、演歌歌手の中西りえら幅広いアーティストと共演してきた。中でも印象に残っているのがピアノトリオの「H ZETTRIO」。2024と25年にはコラボアルバムも発売し、ライブやフェスでも揃ってステージに立った。

「高校生の頃から、メンバーが以前いたジャズバンド『PE’Z』のファンだったんです。だから一緒にアルバムを作りたいと思って、オフィシャルホームページの連絡先からコンタクトを取りました。『サックスを吹いているユッコ・ミラーという者です。私のアルバムでぜひ一緒に演奏してもらいたいんですけど』と送ったところ、3人が私のことを知っていると連絡があって……」

 その数年前、米ミュージシャンのテラス・マーティンのビルボードライブに飛び入りゲストで参加したことがあった。そのライブを「H ZETTRIO 」の3人は見ていたのだという。当時を振り返って「すごく印象に残っている」「ぜひ一緒にやりたい」と二つ返事でオファーを受け入れてくれた。あらゆるポイントで自力で道を切り開いてきたユッコだが、ここでもその能力を発揮した形だ。

夢はグラミー賞

 今年2月18日に最新アルバム「Bloomin'」が発売された。メジャーデビュー10周年を飾る作品だが、本人は10年経った等身大の自分を残す作品に仕上げたと話す。

「10周年だからスペシャルに、ということはやりたくなかったので、ゲストに大御所を入れたりするのではなく、ライブでやっているおなじみのメンバーでつくりました。ソプラノサックスとアルトサックスが5曲ずつです」

 アルバムに入る「My Prelude」は高校生のときに人生で初めて作った曲だ。

「作曲理論も学び始めた頃の曲です。当時からメロディーは自分に降ってくる感じでそこにコードを付けて作りました。今までの私にはこの曲をやろうと思ってもできなかったんですが、10年経った今、やっとできるようになりましたね」

「3-3-7」は「三三七拍子」から発案した。応援の「三三七拍子」は実際には休符が入るので4拍子のリズムだが、「3-3-7」は3拍子+3拍子+7拍子という変拍子を入れて作った。

「日本の伝統的な和太鼓とジャズをフュージョンさせて作りました」

 7月24日にはデビュー10周年のアニバーサリーライブ「Bloomin‘」を東京・渋谷の「SHIBUYA PLEASURE PLEASURE」で開催する(8,000円、ドリンク代別)。

 プロになる夢を叶え、なお前に突き進むユッコ・ミラー。夢は「グラミー賞を獲りたい」となお広がる。

「1年後にこう、3年後にこう、というような計画はあまりやりたくないんです。今やりたいことをやり、その都度降ってくるアイデアを実行していきたい」

 これまで自身が駆け抜けてきた方法をさらに貫いて夢へと駆け抜けていく。

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 第1回【路上の“サックス女子高生”から名門ジャズクラブ満席へ ユッコ・ミラー、出待ち&直談判の突破力】では、友達に誘われて体験入部に訪れた吹奏楽でアルトサックスと運命の出会いを果たした瞬間などについて語っている。

デイリー新潮編集部