「サナエトークン」大炎上の理由…気鋭の起業家たちが陥った「致命的すぎる勘違い」

写真拡大 (全4枚)

2026年3月現在、世間を大きく騒がせた「サナエトークン」を巡る騒動は、ピークを過ぎてようやく一定の落ち着きを見せ始めている。

しかし、水面下では「一体誰が悪かったのか」「何が問題だったのか」という犯人探しの論争が未だにくすぶっている状態だ。

政治家をモチーフにした暗号資産(仮想通貨)の発行という、前代未聞のプロジェクトはなぜ大炎上したのか。

多くの人が「コミュニケーションのすれ違い」や「コンプライアンスの欠如」を指摘する中、独自の視点でこの騒動の本質を読み解く専門家がいる。それが、臨床心理学者の遠藤貴則氏だ。

遠藤氏は、今回の騒動を単純なITベンチャーの不祥事としてではなく、もっと根深い問題があったと捉える。そんな彼の口から最初に出たのは、非常に興味深い比喩だった。

同人誌を公式化した瞬間に燃えるのは、必然だったんですよ

“同人誌ノリ”が、炎上の原因になった

そもそもサナエトークンをはじめとする「ミームコイン」とは、暗号資産の世界においてどのような立ち位置のものなのか。ミーム(ネット上のネタや冗談)をベースに作られたコインの代表格としては、柴犬をモチーフにした「ドージコイン」などが有名だ。

これらは本来、投資対象としての厳密な価値よりも、ネットカルチャーとしての「ウケ」や「ノリ」が先行する代物である。遠藤氏はこれを、日本のオタク文化における「同人誌」になぞらえて解説する。

「ミームコインというのは、本質的には同人誌のようなものなんです。コミックマーケット(コミケ)のような限定された空間で、内輪で笑っている限りは許されるネタなんですよ。そこでは多少グレーなパロディであっても、暗黙の了解として成立する。ただ、それはあくまで公式との適切な距離感を保っているからです。

サナエトークンの最大の間違いは、本来こっそり楽しむべき同人誌的なコンテンツを、相手側が認識している許可を取らずに、いきなり公式の場に持ち込もうとしたことです。公式との距離感を取らずに大々的に広げようとすれば、当然のことながら炎上するのは、文字どおり火を見るより明らかです」(遠藤氏、以下同)

内輪のノリで生まれたものを、そのままパブリックな空間に放り込めばどうなるか。これはネット炎上の典型的なパターンだが、今回のケースはそれに「政治」と「金融」という極めてセンシティブな要素が絡んでしまった。

このスタートアップの振る舞いに対しては、ネット上をはじめ世間一般からも「悪ノリが過ぎる」「政治をオモチャにするな」といった厳しい目が向けられた。

政治家をモチーフにするというグレーな領域に踏み込んでいるにもかかわらず、その「売り方」にはあまりにも無邪気で異様なほどの堂々とした振る舞いがあったからだ。世間との決定的な温度差について、遠藤氏は「プロモーション手法のミスマッチ」を指摘する。

「世間からこれほど反発を受けたのは、ジョーク半分の存在であるはずのミームコインを、まるで本格的な金融プロジェクトやニュースリリースかのように、大々的に宣伝してしまったからです。

本来こっそり身内で盛り上がるべきネタを、立派な事業パッケージに包んで全国のショーケースに並べてしまった。この見せ方のギャップが、世間の強烈な違和感と嫌悪感につながったわけです」

「自分たちはおもしろいことをやっている」という思い込みが、客観的な視点を失わせていたことは想像に難くない。だが、遠藤氏によれば、問題の根源は「悪ノリ」や「世間知らず」だけでは片付かないという。

強者のはずが大炎上…間違えた“戦う場所”

スタートアップ企業と、政府・官僚という存在。この両者が交わる場において、もっとも致命的だったのは「プレイしているゲームの前提条件が根本から異なっていたこと」だと遠藤氏は語る。

起業家たちが生きる土壌と、国家を動かすシステムとでは、重んじられる価値観が対極にあるのだ。

「彼らのようなスタートアップが急成長できたのは、口約束ベースでとにかくスピードを重視し、トライアル・アンド・エラーを繰り返してきたからです。根底にあるのは『失敗は安い』という考え方。最悪の場合は返金して自分たちが責任を取れば許される。力とスピードで支配領域を広げる『力を持っているものが偉い』といったアプローチです」

しかし、今回相手にしたのは政府関係や官僚制度の世界である。社会的責任が大きくなればなるほど、ペーパーワークや契約書が何よりも優先され、すべてのプロセスにおいて確認と証拠の保存が求められる。

「内輪で盛り上がるための戦い方と、公の場に出る際の手法は本来分けて考えるべきなのに、彼らはいつものノリが通用すると思い込んで飛び込んでしまったのです」

遠藤氏はこのズレを、独自の視点からこう表現する。

「例えば、オセロの大会で優勝した人間が、そのままの感覚で囲碁の大会に出場して『これで成立してますよね?』と迫っているようなものです。同じ『ボードゲーム』だからといって、勝ち方が共通しているわけではありません。異なる価値観を持つ者同士が、お互いの規範をすり合わせることなく一緒になれば、そこに待っているのは悲劇だけですよ」

Z世代との軋轢にも通じる、「日本型摩擦」の正体

なにかトラブルが起きたとき、人は無意識に「誰が悪いのか」を特定したがる生き物だ。遠藤氏によれば、特定の相手に悪人のレッテルを貼り、安心感を得ようとする心理が働くとか。

今回の騒動もまさにその典型で、ネット上ではスタートアップ側を猛烈に叩く声や、政治側の対応を批判する声が入り乱れた。しかし、誰か一人を吊るし上げたところで、問題の核心には迫れない。

「結局のところ、『誰が悪いか』という犯人探しには意味がありません。日本社会に以前から存在していた価値観のズレが、今回の騒動をきっかけに可視化されただけなんです。生まれ育った文化や常識がまったく違う者同士が、お互いの前提をすり合わせずに手を組めば、大事故が起きるのは当たり前ですよね。

例えるなら、物心ついた時からスマホがあるZ世代と、紙の書類が絶対だった世代の間で起きている社内摩擦と同じです。自分とは見ている景色もゲームのルールも違うのだと認識しなければ、これからのビジネスは立ち行きません」

サナエトークン騒動は、決して一部の若者が引き起こした特殊な事件ではない。多様な世代や組織の常識がぶつかり合う現代のビジネスにおいて、いつでもどこでも起こり得る「価値観の衝突」のリアルな縮図なのだ。

では、日々の組織マネジメントにおいて、こうした致命的なすれ違いを未然に防ぐにはどう動くべきか。異なる価値観を持つ相手と向き合うための具体的なアプローチとは。

後編『その「すみません」が‟命取り”...「サナエトークン」大炎上に学ぶ、トラブルを未然に防ぐ《究極のコミュニケーション防衛術》』では、遠藤氏が提唱する「対立を避け、異文化をすり合わせるための実践的コミュニケーション術」について掘り下げていく。

【つづきを読む】その「すみません」が‟命取り”...「サナエトークン」大炎上に学ぶ、トラブルを未然に防ぐ《究極のコミュニケーション防衛術》