初代日産アベニールが突き抜けられなかった理由|1990年代ワゴンブーム
今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第91回目に取り上げるのは1990年にデビューした初代日産アベニールだ。
レガシィ登場でワゴン人気勃発
1989年にスバルが初代レガシィツーリングを登場させ大人気となった。ステーションワゴンはセダンと同等の運動性能、運転感覚に加えて荷物の積載能力の高さが加味されていることが人気の要因だ。バブル崩壊後にはクルマを使ってアウトドアなどを楽しむという風潮が高まったことも人気を大きく後押しした。

レガシィツーリングワゴンはデビュー後にターボを追加して人気沸騰
レガシィツーリングワゴンの登場が発端で日本でステーションワゴン需要が高まったが、選択肢がなくレガシィ一択状態だった。そんなか、日産が1990年5月に打倒レガシィを掲げ初代アベニールをデビューさせた。そして1991年にホンダがアコードUSワゴン、1992年にトヨタが初代カルディナを登場させラインナップが充実し、ワゴンブームと呼ばれるようにまでなった。今回登場する初代アベニールは派手さこそなかったが、ワゴンの魅力を備えていてワゴンブームの一翼を担っていた。

ホンダは北米生産のワゴンを1991年に日本に輸入してアコードUSワゴンとして販売して一世を風靡
レガシィに触発されたモデルにあらず
初代アベニールは当時もレガシィツーリングワゴンの人気に触発されたモデル、と言われていたが、新型車の開発は当時でも最低でも4〜5年はかかると言われていたため、レガシィ人気にあやかろうとして日産が急造したモデルではない。今も昔も違うメーカーから同じようなコンセプトのモデルがほぼ同時期に登場するケースがあるが、自動車メーカーの数年後のトレンドを読む力、リサーチ能力の高さには恐れ入る。ただ、初代アベニールの場合は、レガシィツーリングワゴンの人気により、日産はタイミングを逃さないように開発を急ピッチで進めたのは事実のようだ。

初代アベニールは初代レガシィに触発されて急造したモルではない
当時の日産唯一のワゴン専用ボディ
初代アベニールのキャッチフレーズは『NISSAN’S WAGON』というもので、日産初のワゴン専用ボディで登場。アベニール(AVENIR)という車名は、フランスのAVENIR(アヴニールと発音)に由来していて、将来とか未来を意味する。
ステーションワゴンと商用バンのアベニールカーゴをラインナップしていた。日産は2Lクラスのワゴンとしてスカイラインワゴン(R31型)、ブルーバードワゴンをラインナップしていたが、この両モデルはアベニールに統合され販売終了。

初代アベニールが最も美しく見えるのがリアビュー。滑らかなラインが美しくエレガント
一方バンについてもブルーバードバン、スカイラインエステート(R30型)はアベニールカーゴに統合された。つまり上級クラスではセドリック/グロリアにワゴン/バンが設定されていたが、初代アベニールはNISSAN’S WAGONの名のとおり、2Lクラスでは日産唯一のワゴンとなったのだ。ちなみに初代アベニールは欧州ではプリメーラワゴンという車名で販売された。プリメーラワゴンは初代のみアベニール、2代目から独自のモデルとなった。
まとまっているが地味なデザイン
初代アベニールのコンセプトは、『ゆとりある室内と軽快な走りを洗練されたスタイルに包み込んだ正統ワゴン』というもので、フラッシュサーフェイス化された滑らかな曲線が美しいエクステリアデザインをまとって登場。特にリアハッチの曲線は当時のワゴンでは目を引いた。フロントマスクはプリメーラのテイストが少し入っているが、プリメーラほどスポーティではなくエレガントに振られていた。
ただ、エクステリアデザインはワゴンとして破綻はないものの、小さくまとまった感じで派手さに欠けていた。流行に敏感で、ブームをけん引するのはいつの時代も若い世代なのだが、初代アベニールのよさはなかなかわかりにくかったのかもしれない。実際当時20代だった筆者も初代アベニールに対しては地味なワゴンという印象しかなかった。

若いカップルにアピールしたが、若い世代からの支持はそれほど高くなかった
ターボが追加されたのはデビューから5年後
エンジンは2L、直4DOHCのSR20DE(140ps/18.2kgm)と1.8L、直4DOHCのSR18Di(110ps/15.3kgm)、カーゴには1.6L、直4DOHCのGA16DS(97ps/13.5kgm)と2L、直4ディーゼルのCD20(76ps/13.5kgm)をそれぞれ搭載していた。
当然ながら若い世代にはトップグレードのSR20DE搭載モデルが人気だったが、ターボモデルの登場が切望されていた。ただ待望のターボモデルが追加されたのは、デビューから5年後の1995年、ビッグマイチェン時だった。

ワゴンは2Lと1.8Lの直4DOHCエンジンを搭載
デビュー後すぐに4WDを追加
カーライフの変化で大きかったのはアウトドア志向の高まりというのがキモ。パジェロをはじめとするクロカン人気もそうだったが、ワゴン人気においても重要だった。そのためアベニールはデビュー時には前輪駆動(FF)しか設定されていなかったが、アウトドアブームに対応すべくすぐに4WDが追加された。トップグレードのsi:にはブルーバードなどで定評のあった日産自慢のセンターデフとビスカスカップリングを組み合わせたフルタイム4WDのATTESA(アテーサ)がおごられたほか、アウトドアでの使用に特化したオーテックジャパンが手掛けたリゾートエクスプレスもラインナップされていた。

室内ではシートデザインにこだわるなどユーザーの満足度は高かった
レガシィに対し劣勢
アベニールは日産渾身のブランニューワゴンで、そこそこの販売台数をマークし失敗作というわけではないが、対ライバルのレガシィを考えるとかなりの劣勢となった。その最大の要因がエンジンだろう。バブルが崩壊してカーライフは地味になったというものの、パワー至上主義というのは変わらず。特にあの時代の若い世代は同じ乗るならハイパワーというのが当然だった。実際にレガシィの人気が沸騰したのは2Lターボが追加されてからだったのに、日産が初代アベニールにターボを追加したのは前述のとおりデビューから5年後。正直遅すぎた感じは否めない。

NAでも動力性能には不満はなかったが、ターボモデルがないのは最初期モデルにとって大きなデメリットだった
ユーザーの微妙な心理
さらにもうひとつ。これは初代アベニールだけでなく、トヨタの初代カルディナにも言えることだが、商用モデルを同時に設定していたのもイメージ的にはマイナスだったことは否定できないと思う。スバルはレオーネ時代にはワゴンとバンをラインナップしていたが、レガシィになってからワゴン専用となった。
初代アベニールの商用バンのアベニールカーゴは、ワゴンの快適性をバンモデルに盛り込んだことで人気となったが、ワゴンを選ぶ人からすると、商用車との違いがわからず周りから商用車に乗っていると思われると嫌、という理由で購入を回避した人も少なくないはずだ。そんなこと考える人いる? と思うかもしれないが。些細なことで他人からすれば取るに足らないことでもイメージって大事なのだ。クルマは趣味的な要素がふんだんにあるので、考え方は人それぞれ。

顔などが違うと言っても商用バンを同時に設定したことでユーザーが敬遠!?
ビッグマイチェンで車名も変更
初代アベニールは前述のとおり、1995年にビッグマイチェンを敢行。精悍なフロントグリル、大型バンパーを採用すると同時に、ボンネットフードにはシャープなバルジが設けられるなどスポーティ感が強調された。フロント以上に手が入れられたのがリアで、オーバーハングの延長、ルーフスポイラーのオプション設定、大型リアコンビの採用のほかリアサイドウィンドウの形状まで変更するなどフルモデルチェンジ並みとまでいかないが、イメージが激変。まぁ、この手の大幅改良は日産のお得意の手法で、マイチェンを機にワゴンモデルの車名はアベニールサリューに変更された。サリューはアベニールの車名同様に由来はフランス語で、”やあ”とか”こんにちは”という軽い挨拶の意味だ。

フロントマスクの変更によりスポーティに仕上げられている
松嶋菜々子さんの「お・ま・た」
初代アベニールは前述のビッグマイチェンにより販売アップ。クルマ以上に話題になったのがTV CMで、俳優の松嶋菜々子さんを起用したCMは30年前ながら覚えている人は多いハズ。車内に侵入して太もも露わにシートを乗り越え運転席の男の耳元で「お・ま・た」とささやくあのシーンはビデオに録画して何度も再生したのは筆者だけじゃないハズ。まだ松嶋さんがNHKの朝ドラをはじめドラマでブレークする前だったからできた奇跡のTV CMだろう。今なら「不適切なCM」とクレームが入り放送禁止になるレベルかもしれない。

リアデザインが大きく変更されイメージ一新
この松嶋さんを起用したCMは、温泉入浴編、助手席でのサーキット走行編も存在し、温泉編はサリューの車名にかけて「サルサルサルー!!」と叫ぶ編と、サルに対し「お・ま・た」と誘惑する編など、YouTubeで検索すればヒットするのでぜひ視聴してもらいたい。
マイチェン後の松嶋さん起用のTV CMのほうが有名だが、個人的には「スポーツカーの次に来るもの。」のキャッチフレーズとともに甲田益也子さんが『星にねがいを』を歌う最初期のTV CMのほうが好き。どうでもいい話で申し訳ないが、甲田さんファンだったというそれだけの理由だ。
スムージングの主役!!
初代アベニールは前述のCMの影響、ターボモデルの追加によりマイチェン後こそ若者にも注目されたが、基本はアダルトや実用重視のファミリーから支持されたクルマだ。しかし、ターボモデル以上に若者から支持されたのがアベニールカーゴの中古車。アメリカではワゴンやバンのプレスラインを埋めてツルンとした滑らかなボディに仕上げるスムージングというドレスアップが流行。その流行が日本にもわたり、その格好のターゲットとなったのがノーマルの状態でツルンとした滑らかなボディのアベニールカーゴだったのだ。

この滑らかなボディライン、リアエンドはスムージングでさらに映えた
激しくローダウンして、細い横桟のアメリカンビレットグリルを装着すると、ビジネスユースの商用バンがまんま西海岸といった雰囲気に大変身。若者のナンパアイテムになり、関東地方では、週末の首都高速大黒ふ頭PA(横浜)では、多数のスムージングしたアベニールカーゴが大集結していた。自動車雑誌『ベストカー』に掲載するために筆者も取材に行ったのも今では懐かしい。スムージングも21世紀になってからはほとんど見かけることはなく廃れた感じだが、流行ものは一定周期で復活するため、スムージングの復活もそう遠くないかも。

この細かい横桟が入ったのがアメリカンビレットグリル(車両はトヨタbB)
1998年に2代目にバトンタッチ
日産初のワゴン専用ボディをまとって大々的にデビューした初代アベニールだが、デビューから4年後の1994年12月に日産はアベニールをベースにBEV化。単なる実験的モデルではなく、九州電力に15台を納入している。現在BEV戦略を推進する日産の礎的なモデルと言ってもいい。

日産はアベニールEVを九州電力に15台を納入
そして1998年8月に2代目に切り替わった。2代目はワゴン人気が落ちてきてレガシィの独占状態のなか初代以上に苦戦を強いられてしまい、2005年をもってアベニールの車名は消滅してしまった。一方アベニールカーゴは1999年まで初代モデルを販売し、その後はエキスパートとなった。そのエキスパートもADに統合され、日産車体湘南工場の閉鎖に伴い2026年中には生産終了となる予定だ。

初代モデルよりも精悍なフロントマスクが与えられた2代目は1998年8月デビュー
【アベニールsi:主要諸元】
全長:4460mm
全幅:1695mm
全高:1490mm
ホイールベース:2550mm
車両重量:1170kg
エンジン:1998cc、直列4気筒DOHC
最高出力:140ps/6400rpm
最大トルク:18.2kgm/4800rpm
価格:202万円
※1990年5月デビュー時のスペック

1993年にマイチェンを受けてフロントマスクが変更された
【豆知識】
リゾートエクスプレスはオーテックジャパン(現日産モータースポーツ&カスタマイズ)が手掛けた特装車両で1991年2月に初登場。初代アベニールのトップグレードのsi:アテーサ(4WD)をベースにガードバー付きバンパーオーバーライダー、丸型フォグランプ、オールシーズンタイヤ、専用の2トーン塗装、ストーンガードコーティング、撥水処理専用シートなどを特別装備。当時人気だったアウトドアレジャーに打ってつけのモデルとして人気を博した。1995年のビッグマイチェン後もデザインを変更して販売された。

丸いフォグランプがアウトドアイメージを強調し、フロントマスクのイメージを変えている
市原信幸
1966年、広島県生まれのかに座。この世代の例にもれず小学生の時に池沢早人師(旧ペンネームは池沢さとし)先生の漫画『サーキットの狼』(『週刊少年ジャンプ』に1975〜1979年連載)に端を発するスーパーカーブームを経験。ブームが去った後もクルマ濃度は薄まるどころか増すばかり。大学入学時に上京し、新卒で三推社(現講談社ビーシー)に入社。以後、30年近く『ベストカー』の編集に携わる。
写真/NISSAN、TOYOTA、HONDA、ベストカー
