浜辺美波、深津絵里、樹木希林、岩下志麻…映画の中でお花見を 物語に「桜が溶け込んでいる」作品5選
暗く寒い冬を抜けて、光あふれる春へ。春の到来を美しく告げる花々の中でも、桜は特に愛されている。つぼみの時期から咲き始め、満開、花吹雪が舞う頃まで、日本人の感性に大きく訴えかける大切な存在だ。邦画の世界でも、その美しさと儚さを見事に封じ込めた名作は数多い。映画解説者の稲森浩介さんに、桜が物語に溶け込んでいる作品を5本選んでいただいた。
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12年後に知る彼女の思い
〇「君の膵臓をたべたい」(2017年)
住野よるのベストセラー小説を映画化。原作と違い、12年後の“僕”が回顧する構成になっている。
人との交流が苦手な高校生“僕”(北村匠海)は、クラス一の人気者・山内桜良(浜辺美波)の闘病日記を拾い、彼女の余命が短いことを知る。咲良は戸惑う「僕」とできるだけ多くの時間を過ごすことを望んだ。

物語は、母校の教師をしている“僕”の12年後(小栗旬)から始まる。季節は春、桜が満開の登校時にもうかない顔だ。そして、12年前のことを思い出す。
12年前も桜の季節から始まる。咲良の病気を知った“僕”はこう聞く。「君は本当に死ぬの」「死ぬよ、あと1年。君にしか話さないって決めたんだ」と。突き抜けた青空のように明るい笑顔で答える咲良。
やがて咲良は体調を崩して入院するが、退院したら満開の桜を見に行こうと約束する。北海道の蝦夷桜は6月にも見られるのだ。しかし、思いもかけないことが………。
強烈なタイトルは、咲良が「私の膵臓を食べてもいいよ。人に食べてもらうと魂がその人の中で生き続けるんだって」と話すところからきている。しかし、この言葉に込められた本当の意味は12年後に明かされる。
浜辺はこの作品で一躍知られるようになった。しかし役と同じ、病気を抱えながらも明るく振る舞うような強い性格だと思われがちだった。浜辺は後に「このイメージを打ち破ることが闘いでした」と語っている(「オリコンニュース」2022年3月)。
温かで穏やかなつながり
〇「博士の愛した数式」(2005年)
第1回本屋大賞を受賞した、小川洋子の小説を映画化。80分しか記憶が持続しない数学博士と、家政婦親子の温かなふれあいを描く。
若い数学教師(吉岡秀隆)が教室で、10歳の頃の思い出を語り始める。母の杏子(深津絵里)は、1人で彼を育てながら家政婦として働いていた。ある日、交通事故で記憶が80分しか保てない数学博士(寺尾聰)の家に雇われる。やがて、子供好きな博士の提案で息子も訪れるようになった。
記憶が保てない博士にとって、杏子は常に初対面だ。「君の靴のサイズは?」「24です」「ほぅ、実に潔い数字だ。4の階乗だ」。この会話が毎朝繰り返される。博士のジャケットには、大事なことを忘れないために書かれた紙が何枚もピンで留められている。
家にこもりがちな博士を杏子が誘い、散歩に出かけるシーンがある。桜の満開の下を歩く2人。双方の心がつながったようで、とても穏やかで気持ちの良い場面だ。
親子は数学を愛する博士に魅せられ、数式の中に秘められた美しい言葉の意味を知る。「友愛数」「素数」「オイラーの公式」、そして江夏豊の阪神時代の背番号28が「完全数」であること。ともに阪神ファンである博士と息子は親友のようになった。
テレビや映画の「大捜査線」シリーズで広く知られるようになった深津だが、ここでは清らかで誠実さを感じる演技を見せ高い評価を得た。深津は当時「いろんな場面で想像力が掻き立てられ、イメージがふくらむ作品です」と思いを語っている(「キネマ旬報」2006年2月上旬号)。
生の尊さとあん作り
〇「あん」(2015年)
元ハンセン病患者の生を慈しむ姿と、その人生に触れる人々のドラマ。
どら焼き屋の店長・千太郎(永瀬正敏)のもとに、満開の桜のトンネルをくぐり徳江(樹木希林)がやってきて、この店で働きたいという。76歳だと聞き最初は断ったが、徳江の作る粒あんがあまりにも美味しいので雇うことに。その味は店に行列ができるほど評判になったが、徳江がハンセン病患者だったことが広まると客が来なくなる。そして徳江も店を去る……。
中学生のワカナ(内田伽羅)は家庭に問題がありいつも店にいる。千太郎もかつて事件を起こした過去があった。2人はいなくなった徳江に会うため、ハンセン病療養所の全生園を訪ねた。そこで徳江の歩んだ道を知る。
樹木をイメージして執筆したという原作者のドリアン助川は、河瀬直美監督に代わりロケ地を探した。見つけた場所は、西武新宿線久米川駅南口にある「さくら通り」だった。この映画をきっかけに美しい桜を見に訪れる人が増えたという。
樹木の自然な動きや、独り言のようにしゃべるセリフの上手さが光る。孫の内田との共演も注目された。内田は「仕事をしている祖母の姿を見るのは初めてでしたが、普段と変わらずいつも率直な祖母らしいと思いました」と語っている(「シネマトゥデイ」2015年4月6日)。
これまでハンセン病をテーマにした作品は、「小島の春」(1940年)、「砂の器」(1974年)、「愛する」(1997年)などがあるが、本作は生の尊さを描いた秀作である。
艶やかな四姉妹と桜
〇「細雪」(1983年)
谷崎潤一郎の名作の3度目の映画化を、市川崑監督が手がけた。
大阪・船場の旧家、蒔岡家四姉妹の昭和13年の春から冬までが、三女の縁談話と四女の奔放な恋愛を中心に物語られる。長女鶴子に岸惠子、次女・幸子に佐久間良子、そして三女・雪子を吉永小百合、四女・古手川祐子と映画界を代表する顔ぶれだ。
京都嵐山の料亭で、四姉妹と次女の夫・貞之助(石坂浩二)ら5人の食事会から始まる。その後姉妹たちは花見の散策をする。平安神宮、大沢池、仁和寺と歩く四姉妹のなんと艶やかなことか。他の見物客が指をさして見とれるシーンもあるほどだ。
長女役は当初、山本富士子を予定していたが、スケジュールなどの理由で断られてしまう。市川監督はパリの岸に電話し、「ミスキャストだけど出てくれ」と交渉したという。岸は最初、大阪弁が苦手と断ったが、結局引き受ける。その時のことを「ミスキャストだ、山本富士子さんの代役だと言われてノコノコ出て行ったわたしもわたしだけど、大変な役割を演じる羽目になった」と記している(岸惠子『岸惠子自伝』岩波書店)。
しかし、画面を観ればまったくミスキャストなどではないことが分かる。冒頭の食事シーンでは、遅れて来た鶴子が部屋に入ってくるとパッと華やかになり、その後の花見シーンでも鶴子が一番美しく見える。
物語は2時間20分にわたり船場の上流家庭の日常を見せてくれるが、桜と美女たちを眺めるだけでも得をした気分になる作品だ。
母の恋人を愛する
〇「桜の樹の下で」(1989年)
桜の美しさが描かれた文芸作品をもう一つ紹介しよう。タイトル通り桜が重要なモチーフとなり、親娘で同じ男性を愛してしまう愛憎劇だ。
京都の料亭の女将・菊乃(岩下志麻)は、夫とは別居し娘の涼子(七瀬なつみ)と暮らしている。東京の出版社社長・遊佐(津川雅彦)とは恋愛関係にあった。大学を卒業した涼子は遊佐にせがんで、秋田・角館の桜を見に行きそこで結ばれてしまう。やがて菊乃は2人の関係に気づいて……。
遊佐が涼子と花見をする時、「自分が死んだら埋めた所に桜を植えてくれ」と言った男の話をする。そして「枝垂れ桜は色が濃くて生々しいから淫蕩でみだらな感じ」など、どう見ても口説いているとしか思えない話をするのだ。やがて涼子は母の恋人を自分のものにしたくなる。
津川雅彦はこの時期、本作と同じ渡辺淳一原作の「ひとひらの雪」(1985年)で再注目され、「マルサの女」(1987年)などでも活躍していた。“色男”を演じたら右に出るものはいない俳優だった。
一方、岩下志麻も1986年に始まった「極道の妻たち」シリーズで主役を張り、大きく注目されていた頃だ。岩下は当時を振り返ってこう語っている。「私の女優人生でも異色の作品。それは『女そのもの』を描いているからです。一人の女として愛に生き、命を燃やし尽くした菊乃を演じることはひとつの挑戦でした」(「週刊現代」2022年4月30日・5月7日号)。
岩下と津川。この2人の円熟した演技を観るだけでも楽しめる作品だ。
稲森浩介(いなもり・こうすけ)
映画解説者。出版社勤務時代は映画雑誌などを編集
デイリー新潮編集部
