竹上:随分と減ってきましたが、いまだに「女子アナ」とカテゴライズされて言われることについて、もしかしたら私たちの態度や甘んじている部分も良くないのではないか、という自戒もあります。もちろん、現状に満足している人もいますし、誰かを責めるつもりは一切ありませんが、世間一般の人もそう思っている部分があるからこそ、番組では「局アナである私が言ったら笑いになるのでは?」と踏み込んでみました。

◆「誰も傷つけない」がポリシーです

――お題、女子アナへの悪口川柳で、「さあ君も、名乗れば誰でもフリーアナ」と回答。ジュニア氏も絶賛していました。

竹上:恐縮です。同じアナウンサーで同じ土俵に立っているからこそ、「ここまでなら許されるかな」と考えながらやっています。ただ、大前提に「誰も傷つけない」というアナウンサーとしてのポリシーがあることと、アナウンサー以外の職業のことを題材にはしません。

――ネタ帳も持っているとか。

竹上:(※5)座王修行ライブのオファーを頂いた直後から始めました。日常の小さな気づきを携帯のメモに記録しています。「人は一生毛に悩む」とか、「インド料理店のインド人、食べているとこ見つめてくる」とか、その時に面白いと思ったことを打ち込んでいるだけです。学生時代、学校に全然なじめない子だったので友達が全然いなくて、いつも一人ぼっちでした。それで人間観察が好きになったかもしれません。

◆「自分らしさ」なんて、アナウンサーに要らない

――どんな学生でしたか?

竹上:かろうじて勉強ができたから生きていけたタイプの人間で、高校時代は登校できない時期もありました。本と漫画ばかり読んで、ゲームをするにしても「マリオパーティ」はコンピュータを相手に一人でやるんですよ。誰かとやりたいという気持ちもなかったです(笑)。放送部に入っていて、最初はテレビドキュメントやラジオドラマを作る制作班だったのですが、部員が少なくて3年生の先輩がNHKのコンクールに出る時に風邪をひいてしまい、アナウンス部門に出られなくなってしまったんです。そこで「1週間くらいしかないけど、ちょっと萌奈ちゃんやってくれる?」と頼まれて、自分で取材した90秒くらいの原稿を読むことになったんですね。学校で「おはよう」も言えないような私にスポットライトが当たり、みんなが私の話を一生懸命聞いてくれているのがすごく嬉しくて。「私のような人間でも、将来アナウンサーになれたらいいな」と、その時に初めて思ったんです。

――どちらかというと芸人さんに多いタイプですね。

竹上:アナウンサーは学級委員タイプのほうが多い気がします。私は自分の本性が社会になじめるものではないと知っているので、普段の仕事場ではそれを出さないようにしています(笑)。むしろ「自分らしさ」みたいなものは、アナウンサーには要らないとさえ思っているんですね。局アナはやはり公正中立でいるべきですし、発言のバランスを取って進行をサポートする役割も担っています。あとは災害が起こった時にどう動くべきか。それが仕事のすべてなので、局のアナウンサーの仕事で「自分らしさ」を出すのはおこがましいかなと……私は感じています。

◆「ボケ殺し」と名付けられたことは忘れられません

――群馬出身で幼少期から大学まで関東で過ごされた。アナウンサーとなり大阪に移り住んで大変だった思い出は?

竹上:カンテレに入社して常にお笑いが身の回りにある環境に変わって、最初は早口の大阪弁の会話が聞き取れずに苦労しました。漫才や新喜劇を見たことがほとんどなかったので芸人さんがボケても、「それ間違ってますよ」と真面目な返しをしてしまって(笑)。ツッコミすら入れられず、「ボケ殺し」と名付けられたことは忘れられません。