32歳でタイに渡った丸橋祐介。現状に危機感を募らせ「爪痕を残したい」と意気込み。セレッソ復帰の可能性は?
同じアカデミー出身の山口蛍(神戸)や杉本健勇(横浜)、柿谷曜一朗(徳島)ら同世代の面々が次々と他クラブへ移籍するなか、彼は最後の砦としてセレッソで戦い続けてきた。
「昨季、怪我をしてしまい、半年間プレーできず、本当に悔しい思いをしたんです。そんなシーズン終了直後にBGからオファーをいただいて、素直に嬉しかった。怪我で試合に全然絡めなかった僕を『欲しい』と言ってくれること自体が有難かったし、年齢的にも外の景色を見られるラストチャンスかなとも感じた。それで『チャレンジしてみよう』という気持ちになりましたね」と本人は言う。
決断にあたっては、柿谷や清武弘嗣(C大阪)ら移籍経験のある仲間たちに意見を聞いたという。
「曜一朗君には奥さん以外で最初に相談しましたし、キヨだったり何人かにも話しました。彼らは『いいんじゃない。外に出たほうがいいよ』と。『外の景色を見ることは今後のサッカー人生にとってプラスになる』と背中を押してくれました。
蛍や曜一朗君たちが外に出ていくのを見て、僕は彼らが選んだ道を尊重していました。ただ、自分はセレッソから離れたいと思ったことは一度もなかった。それだけセレッソが好きだし、タイトルを取りたいと本気で思っていましたからね」
そんな丸橋が初めて海外移籍を真剣に模索するというのは、人生を賭けた一大決心だったに違いない。
「BGで過去に在籍した茂庭(照幸=FC刈谷)、池田樹雷人(町田)両選手に連絡して環境面なども確認したら、『すごく良いチームだよ』と言われ、自分の中のハードルが下がりました。コロナも落ち着いてタイミング的にも良かった。1月頭にはいち早く現地に飛んでいました」と早業だったことを明かす。
「僕がここに来た時点でBGは5位。上にはブリーラム・ユナイテッドFCやバンコク・ユナイテッドFCという強豪がいましたが、できるだけ順位を上げたいというのがクラブ側の目標。僕は助っ人外国人としてチームをリードしなければならない立場でした。英語と日本語を両方話せる通訳や、日本人の分析スタッフもいて、言葉の面で障害はなく、スムーズに適応できたんですが、結果のほうがなかなか出ない。そこには正直、苦労しましたね」
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いきなり異国の壁にぶつかったという丸橋。移籍当初のBGはオーストラリア人のマット・スミス監督が指揮を執っており、守備的サッカーを志向するチームだった。基本布陣も3−5−2、3−6−1といった形で、丸橋自身もCBで起用されるケースが多かった。
「今まで全くやったことのないポジションだったので、タイでトライするとは思っていなかった。良い経験にはなりましたけど、チームが勝ち切れない試合が続いて責任を感じました。途中から左ウイングバックに戻りましたけど、それでも浮上のきっかけがつかめず、3月末には監督が解任されてしまったんです」
短期間での指揮官交代は海外ではよくあること。幸いにもBGはコーチのスパチャイが監督に昇格。大きく混乱することなく、4月3日のランパン戦に挑むことができた。布陣は4−3−3にシフトし、丸橋自身も本職の左SBに復帰。攻撃参加の回数も増え、チームも勝利。停滞打破のきっかけをつかんだ様子だ。
さらに4月8日のナコーンラーチャシーマーFC戦も5−2で白星。この試合は3バックで戦い、丸橋は左DFに入ったようだが、勝利と7位浮上に貢献でき、本人も前向きな感触を得られたようだ。
「リーグ戦はラスト4戦しかないですけど、確実にポイントを取って、1つでも上の順位でフィニッシュしたい。リーグカップもベスト4まで残っているので、優勝のチャンスがあります。そちらもぜひ取って、爪痕を残したいと思っています。
実を言うと、僕はこっちに来てからゴールもアシストもまだゼロなんです。スコアポイントゼロというのは正直、ショック(苦笑)。記録のないままで今季を終われない。そこはやらないといけないですね」と丸橋は改めて強い意気込みをのぞかせた。
とはいえ、タイリーグのレベルは決して低いわけではない。鹿島の岩政大樹監督がBECテロ・サーサナでプレーした約10年前は、「タイの選手は攻撃センスや技術はあるが、守備の個人・チーム戦術を教わっていない分、組織的な守りができない」と言われていたが、外国人指導者や選手が数多く入ってきて急成長。丸橋自身も「想像以上」と感じたという。
「上位クラブは外国人選手も質が高いし、タイ人選手も上手い。パスサッカーもできますし、本当に手強いですね。守備に関しても学ぼうという姿勢が貪欲です。BGの選手たちは言うことをしっかり聞いているし、練習から集中して取り組んでいる。僕は片言の英語で指示する程度なんですけど、必死に吸収しようという意識を見せてくれていますね」
比較的恵まれた環境でプレーできているだけに、丸橋は「もっとやらなければいけない」と危機感を募らせている。ストロングである左足のクロスやキック、FKなどを思うように出せず、得点に絡めていないことには特に責任を痛感している様子だ。
「スミス監督の時は本当に少人数でカウンターを仕掛ける形だったんで、僕が前に上がっていくチャンスもほとんどなかったけど、今はボール保持しながら組み立てるスタイルになりつつあるので、攻撃参加に行ける回数は確実に多くなるという感覚はあります。
今、BGには広島や清水にいた経験のあるFWティーラシンがいるんですけど、彼をもっと良い形でサポートできればチャンスも増えてくる。できるだけ近くでプレーして、関係性も改善して、ホットラインを形成したいですね。それが自分のスコアポイントとチームの結果に大きく影響してくると思います」
今季終盤に希望を抱く丸橋。初めての単身赴任生活、高温多湿の気候、物事が思うように運ばないなど、セレッソ時代にはなかったことの連続だが、異文化に身を投じたことで、1人の人間としての器も確実に広がっているはず。この貴重な経験をいかにして今後に活かすのか。そこも非常に興味深いところだ。
「今季終了後のことはまだ考えていません。タイでもう少しチャレンジしたい気持ちもある反面、家族のいる大阪に戻ってセレッソで一から競争したい気持ちもあって、五分五分といったところですね。
タイではまだ10試合くらいしか出ていないし、個人としては結果も残せていない。『やり切った』とは言えないのも事実です。1人のプレーヤーとしては挑戦を続けたほうがいいんだろうと感じる部分も多々ありますね。
ただ、セレッソも(香川)真司君が帰ってきたし、マリノスにも勝ってここから上昇気流に乗っていくところ。キヨ君も間もなく怪我から復帰するでしょうし、真司君とキヨが揃ったらどんなサッカーになるんだろうという期待感も大きいです。
真司君とは僕が新人だった2009年から1年半一緒にやりましたけど、試合にはほとんど一緒に出ていない。お互い選手としての残された時間が減っているなか、また一緒にやれるチャンスも限られているので、ぜひ共闘したいという思いは強いですね。
今、セレッソに戻ったら(山中)亮輔たちとのポジション争いを強いられますけど、それはプロとして当然のこと。戻ると決めるのであれば、ゼロから向かっていくつもりです。
どういう結論になるか分かりませんけど、とにかく今は5月末までのタイリーグで結果を出すことに集中したい、貴重な時間を楽しみます」
目を輝かせる丸橋。シーズン終盤にインパクトを残せれば、彼自身も大きな自信と手応えをつかんで異国1年目を終えることができる。目先の一戦一戦に全力を注ぎ、納得できる成果を手にしてほしいものである。
取材・文●元川悦子(フリーライター)
