年金暮らしの82歳の女性は57歳の長男と同居している。長男は統合失調症などを患い、これまで一度も働いたことがなく、障害年金を受給している。女性が50年以上前に離婚した男性が5年前に他界したことで、長男には1億2000万円もの遺産相続金が転がり込んだ。ところが、長男はたった数年でそれを使い果たしてしまう。女性が自分と生涯無職の長男の今後を案じて相談したファイナンシャルプランナーの回答とは――。
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■働くことができないままの長男が突然、1億超の相続財産を受け取る

関東地方に住む山崎恵美さん(82・仮名)には50代の息子が2人いる。

長男の武志さん(57歳・仮名)は、人生で1日も働いた経験がない。高校生の時に不登校になり、その後、統合失調症と診断されたのに加え、足の障害もあり、障害年金を受給している。

次男の睦夫さん(55歳・仮名)は、大学を卒業したのち、建築関係の会社に勤め、30歳の時に結婚。2人の男の子に恵まれている。

そんな長男と次男は、自分たちが幼い頃に両親が離婚して以来、ほとんど会ったこともない父親から、5年前に1億円を超える相続財産を受け取った。

[家族構成]
山崎家(仮名)
父親:子供が幼いときに離婚。5年前に他界
母親:82歳
長男:57歳(高校生の時に不登校になり、現在まで就業経験なし。統合失調症と足の障害で、障害年金を受給している)
次男:55歳(会社員・30歳の時に結婚して、息子が2人いる)

[資産状況]
<収入>月計17万円
母親の年金:月に10万円程度。預金残高は120万円
長男の年金:年金生活者生活支援金を含めて月に約7万円。貯蓄はほぼなし
<支出>食費や光熱水費などで月計30万〜35万円
自宅:3年前に大規模リフォーム済み(固定資産税:年約15万円)

■相続財産は長男の散財でみるみる減った

50代の長男と次男が相続財産を受け取ることになったのは、現在82歳の山崎さんが50年以上前に離婚した元夫(子供の父親)が亡くなったため。両親の離婚後は、子供たちは3回くらいしか父親と面会しておらず、父親の存在すら忘れているような状態であった。

離婚後の母子は、母親の実家に身を寄せて暮らしてきた。祖父母が裕福だったことから、養育費もまったく受け取らないまま、子供たちは成人した。

養育費を受け取っていなかったこともあり、亡くなったという知らせを受けても、特に悲しいという感情はわかなかったと、山崎さんは言う。ところがしばらくして、再婚後に生まれたお子さんから、相続財産の話が舞い込んできた。しかも1億円を超える金額を、長男と次男に相続させるという話だったので、山崎さんは腰を抜かすほど驚いた。

相続税の計算なども先方がきちんとしてくれて、各人名義での納税も済ませたのち、長男と次男の銀行口座にはそれぞれ1億2000万円を超える相続財産が振り込まれた。息子たちも、しばらくは事態をのみ込めずに、ただただ驚いていたそうだ。

1億2000万円もの大金を手にした次男は、残っていた住宅ローンを完済した。そのほか、子供たちの大学資金などの教育費に充てたが、それ以外は自分たちの老後資金にするため、資産運用の勉強をするなどして、大切に管理している。今も9000万円以上の相続財産が残っているらしい。

一方の長男は、1億2000万円を超える大金を手にして、とにかく舞い上がってしまったそうである。それまでもお金の管理は苦手で、月7万円の障害年金を好き勝手に使っているだけではなく、年金暮らしの母親にお金の無心をする機会も少なくなかった。

そんな長男はまず、亡くなった祖父母から母親が相続した家を、6000万円もの大金をかけて、新築同然にリフォームした。

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「リフォームなのに、なぜ、6000万円もの費用がかかったんですか?」と尋ねると、「家がそこそこ広いというのもあるのですが、息子が細部までこだわって、好きな素材を使ったりしたので、結果的に費用がかさんでしまいました」と母親はいう。

■週2、3回近くのコンビニに行くにもタクシーで往復、計3000円

リフォームによって、長男は趣味のスペースを作ることができた。高価なカメラを何台も購入して、撮影旅行にも出かけるようになった。撮影旅行で撮りためた写真を大きく引き伸ばして、趣味のスペースに飾っている。その部屋で過ごす時間は、長男にとって至福の時間のように母親の目には映っている。

カメラ本体だけでなく、望遠レンズなどの機材にも湯水のごとく、お金を使ったそう。カメラ機材を買いに行くのに、タクシーを手配。往復4万円以上のタクシー代をかけて、月に何度か、機材の買い物にも行っていたそうだ。

そのほかに長男は、週に2〜3回タクシーを呼んで、それほど遠くはないコンビニまで買い物にも行っている。自分のおやつは、自分の目で選んで購入したいというのが、コンビニに行く理由。買い物中は駐車場にタクシーを待たせているので、毎回タクシー代が2000〜3000円かかるそうだ。

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「コンビニまで、自転車で行くことはできませんか? それと、コンビニに行くのにタクシーを使われるのに、撮影旅行には行けるんですか?」と聞いたところ、次のように母親は話した。

「息子は足が悪いので、自転車には危なくて乗せられません。相続財産を受け取る前から、日常的にタクシーを使っているので、習慣を変えるのは難しいかもしれません。それに撮影旅行のときも、タクシーを使って出かけています」

足に障害のある長男は、数年に1回、手術をおこなうことがあるそうだ。手術のために入院する際、今までも差額ベッド代のかかる部屋に入院していたが、相続財産を受け取ってからは、1日4万〜5万円もする個室を選ぶようになったそうである。「この先、手術する必要があっても、相部屋だったら入院する気がしない」とまで、言っているらしい。

■相続財産は5年で底をついた

家の高額リフォームに加え、ひと月10万円を超えるタクシー代、趣味にかけるお金、高額になる入院費などにより、長男はなんと5年で、相続財産のすべてを使い果たしてしまった。

長男の相続財産がなくなったことに母親が気づいたのは、長男から「タクシー代を貸してほしい」と頼まれたことがきっかけ。「タクシー代がなくて、コンビニに行けないから、タクシー代とコンビニ代の5000円を貸してほしい」と頼まれたのである。

それまでも、長男の金遣いの荒さは気になっていた母親だが、手元にどのくらい残っているのかを尋ねると、機嫌を損ねて部屋に閉じこもってしまうため、当初は本当のことは聞けなかったそうだ。だが、「タクシー代がない」と言われて、さすがに驚いた母親が口座の残高を確認したところ、「800円しか残っていない」と言われたそうである。

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「残高は800円」と聞いた母親は、相続財産を受け取れると聞いた時と同じくらい、驚いたという。愕然とした母親が悩んだ末、私のところに相談に来たわけである。

聞けば、山崎家の全財産は、母親が持つ預金の120万円だけ。この預金も、少しずつ減っているため、底をつくのは時間の問題だ。主なやりとりは下記のようなものだった。

「相続財産を受け取る前から、お母様の預金は今くらいの金額でしたか?」

「いえ、私は自分の親から3000万円を超える預金を相続したのですが、息子との生活で毎月10〜20万円くらいの赤字が出ているため、今の金額まで減ってしまいました」

「息子さんの相続財産はすでに使い果たしたわけですから、時間を過去に巻き戻すわけにもいきません。将来的に、息子さんがひとりになったときには、生活保護のお世話になることも含めて、生活設計を立て直す必要があります。いずれにしても早急に、息子さんのお金遣いを改める必要があります。お金遣いが改まらなければ、親子で路頭に迷うことになりますから」

加えて、「収入の倍近い支出がありますが、なにか節約ができるものはありませんか?」

と尋ねてみると、こう言って口ごもるばかり。

「頑張れば2万〜3万円くらいは減らせるかと思いますが、それ以上はなかなか……」

ならばと深刻さを伝えるために、こう伝えた。

「月々17万円の年金で、2人分の生活費を賄っているご家庭は、世の中にたくさんあります。食費は2人分で上限が4万円、光熱費は2万円、電話代は携帯電話を合わせて1万円など、17万円の中に納まる予算を立ててみてください。予算を立てたら、息子さんにもその予算を守ってもらえるように、厳しく言い聞かせてください」

■「家の売却は、息子が絶対に『うん』と言わないです」

すると高齢の母親は困惑するだけで、思考は停止しているように見えた。そのため、さらに進言した。

「今のままですと、お母様の預金が底をつくのも時間の問題だと思います。預金を含めた全財産が5万〜7万円程度まで減れば、生活保護の申請はできますが、おふたり分の年金額を考えますと、仮に生活保護の受給が認められても、手取りがそれほど増えるわけではないはずです。年金分は、生活保護費から差し引かれますので。それよりも、現在住まれている自宅を売却して、当面の生活費を確保することは考えられませんか?」

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「家の売却は、息子が絶対に『うん』と言わないと思います」

「息子さんがどんなに嫌がっても、今の時点で現金化できるものはご自宅しかありません。それに、山崎さんのおウチが生活保護を受給できるか否かは、微妙なところです。リフォームする前の家であれば、おそらく居住地の生活保護の基準以下だったかと思いますが、リフォームをされたことで、判断が難しくなっています。息子さんが一人で暮らす時期の問題でもありますので、生活保護課に足を運んで、山崎さんの家は保有したまま、生活保護が受けられるのか、調べてみることをおすすめします」

家を持っていると生活保護が受給できないと思い込んでいる人も少なくないが、そうとは言い切れない。居住地で定めている基準価格以下の住宅であれば、家賃分に当たる住宅扶助は受け取れない代わりに、自宅に住み続けることはできる。しかも生活保護が開始されると、固定資産税の支払いが免除される点も安心材料だ。

■息子が一人で暮らす時期は賃貸暮らしで生活保護しかない

これまで長男を半ばほったらかしにしていた母親にできるかわからないが、次のようなことをする必要性についても申し上げた。

「先にも説明しました通り、お母さまの年金があるあいだは、仮に生活保護が認められても、手取りはほとんど増えないと思います。生活保護が認められると医療費の負担がなくなるなどのメリットもありますが、生活費を減らさない限り、暮らしは成り立ちません。コンビニまでタクシーで買い物に行くことなど、今後はできないことをきちんと伝えてください。またおじいさま、おばあさまが裕福だったことから、息子さんはお母様の預金額などを理解されていない可能性もあるのではないでしょうか。お母様の預金が120万円しかなく、近いうちに手元のお金がなくなりそうだという現実を、息子さんに早急に伝えてください。息子さんがショックを受けるかもしれませんが、伝えるタイミングとしては遅すぎるくらいです」

ここまでの話を聞いた母親は、最終的には家を売るしかないという話にショックを隠せないようだった。やはり、一筋縄ではいかないだろうが、長男を説得するしか、生き残る道は残っていないのだ。

「息子さんが社会に出て働くことと、お金遣いを直す努力をすることは、どちらが現実的だと思われますか。私は後者だと考えます。合わせて、せっかくリフォームした、お気に入りの家だとしても、売るという選択をするしかない現実も、息子さんに理解してもらう必要があります。売却の決心がつくまでには、かなりの時間を要するはずですから、こちらの話し合いも急ぐ必要があります。息子さんがどうしても家を手放したくないと言い張るのであれば、お母様と暮らしているあいだは、月に17万円以下で暮らすことに協力してもらうしかありません」

家の売却を先送りにできたとしても、母親亡き後、長男がひとりで今の家を維持していくことは難しい、という現実もある。また母親が認知症を患うと、正しい判断ができなくなると判断され、家の売却契約も困難になってしまう。

写真=iStock.com/CasarsaGuru
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結局のところ、自宅を売却して、母親が存命中は売却金で親子がなんとか暮らしていく→母親が亡くなって収入が障害年金だけになり貯蓄がゼロになったら、長男は生活保護の申請をする……という流れが、現実的な方法と言えそうだ。自宅を売却した後であれば、家賃分に相当する住宅扶助も受けられる可能性はある。

「生活保護の申請をする際、初回は3時間くらい、いろいろな質問をされます。統合失調症を患っていらっしゃるご長男が、長時間、質問に答えるのが難しいと思われれば、弟さんに申請に同行してもらえないか、頼んでおくのが安心です。弟さんが同行すると、お兄さんの生活費の援助を求められると思いますので、援助するのか、援助は一切しないのか、あらかじめ弟さんに検討してもらっておいたほうが良いと思います。援助を求められることを知らずに同行したら、弟さんも驚かれるはずですから」

1億2000万円を受け取って、目の前の借金がなくなり、老後生活も盤石になった次男。いっぽう無計画な散財によって、わずか5年で使い果たしてしまった長男。2人のこれからの人生は、今まで以上の差が付いてしまったことになる。だが、長男の金遣いの荒さを受け入れてきた母親にも、かなりの責任があると感じてしまう相談になった。

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)
ファイナンシャルプランナー
「高齢期のお金を考える会」主宰。『ラクに楽しくお金を貯めている私の「貯金簿」』など著書、監修書は60冊を超える。
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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)