中村憲剛×佐藤寿人
第1回「日本サッカー向上委員会」@前編

 1980年生まれの中村憲剛と、1982年生まれの佐藤寿人。2020年シーズンかぎりでユニフォームを脱いだふたりのレジェンドは、現役時代から仲がいい。気の置けない関係だから、彼らが交わすトークは本音ばかりだ。ならば、ふたりに日本サッカーについて語り合ってもらえれば、もっといい未来が見えてくるのではないか。というわけで「日本サッカー向上委員会」開講です。

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中村憲剛氏と佐藤寿人氏のクロストーク開幕

---- おふたりは昨季かぎりで現役を退いたわけですけど、サッカー選手ではなくなってからの日々をどのようにお過ごしですか? テレビなどではよく拝見しますが。

中村 この前、NHKの収録現場でばったり会ったよね。

佐藤 でしたね。収録は別だったのに、偶然会って。周りからは、テレビで僕と憲剛くんしか見ないって言われますよ。

中村 あと(内田)篤人(2020年まで鹿島アントラーズに所属。元日本代表DF)ね。2月は忙しかったな。選手に取材に行けないから、引退した人に(取材が)来る。ヒサはバラエティにも出てるよね。大食いとか、千鳥さんの番組とか。そっちも行くんかと(笑)。

佐藤 僕も別にバラエティでやっていくつもりはないですよ。せっかくお話をいただいたので、いろいろ経験してみようかと。

---- ボールを蹴りたくなることはないですか?

中村 スクールをやっているので、週1回くらいは蹴ってます。それくらいでいいかなと。全然蹴りたいと思わないし。

佐藤 マジですか?

中村 別に思わないなあ。ヒサはSNSでも見たけど鍛えてるんでしょ? すげえな。鍛えなくてもボールは蹴れるよね。プロ相手じゃないんだからと思ってます(苦笑)。

佐藤 僕は2月にプロを指導したんですよ。実技を見せないといけないから、現役に近いコンディションや筋力を保っておかないと。

---- 現役時代とは違う生活に物足りなさはないですか? 心にぽっかり穴が空いたような。

佐藤 ぽっかり穴が空くほど、考える時間なくないですか?

中村 そんなに忙しいの?

佐藤 家にいる時に自分の時間があんまりなくて。仕事の準備とかがあるので、現役の時のほうが、オフの時間は長かったですよ。

中村 仕事の準備って?

佐藤 指導の資料を作ったり、解説のために映像を見たり、ジムに行ったりして。家ではゆっくりできる時間のほうが多いんですか?

中村 日によるんだけど、ある日は、子どもを送り出して、妻と一緒に犬の散歩をして、そのあと一緒にカフェに行って、昼ご飯食べて、子どもたちが帰ってきてから仕事に行く。そんな感じかな。

 この立場になってからのほうが、現役の時よりも自由な時間を取ろうと思ったら、取れるよね。現役の時はたとえオフでも、どうしても管理下に置かれるから。

佐藤 クラブハウスは行ってないんですか?

中村 今のところほとんど行かないね。コロナ禍だから、そこまで寄りつけないし。育成のほうのサポートがメインかな。それもそこまで回数多くは行けなくて。クラブでの肩書はあるけど、外の活動もどんどんやっていいと許可ももらっている。

---- 引退したからこそ、やってみたいことはないですか?

中村 とくには、ないですね。今はとにかく、いただいた仕事を日々全力でやること。指導者ライセンスを取りにいきつつ、解説や普及、育成だったり、幅広くいろんな仕事をやりながら、時が経つにつれてやりたいことが決まっていくのかなと。「ここに向かっていく」というよりも、「どこに向かっていくのか」という感じです。

佐藤 僕も指導の現場もやりつつ、テレビの仕事もいただきながら、いろいろやっていこうという感じです。ただ、そのなかであらためて感じるのは、言葉として伝えることの難しさですね。解説でもいろんなサッカーを見て、的確に言葉として伝えないといけない。

 あと、今まで自分のサッカー観だけだったのが、いろんな監督の考え方を知ることができるので、発見も増えましたね。それを今後、現場に出た時に生かしていきたいです。

 僕も憲剛くんと同じで、ライセンスを取って、それがトップでの指導なのか育成になるのかは、自分がやりたいと言ってできるものでもないので、そこはわからない。でも、どんな話が来ても対応できるように、その準備はしていきたいですね。

中村 やれるってなった時に、ライセンスがないとできないからね。ただ、たしかにヒサが言ったように、いろんなサッカーを見るようになったよね。現役中から国内外問わず、サッカーを見るほうだったけど、引退してみると、やっぱりフロンターレがメインの見方だったなと。

 今は割と、全体的に見ている感じ。フロンターレと試合しているどこかのチームじゃなくて、どこかとどこかの試合も見る。現役の時は、そういうのはあまりなかったなあ。

佐藤 なかなか、現役の時は見ないですよね。僕はいろいろ所属していたチームがあるので、憲剛くんよりも他の試合は見てたかもしれないですけど。ただ、今は海外も含め、直接的に関係のなかったチームの解説の仕事もあるので、しゃべるためにいろんな映像を見てますよ。

---- なかなか充実した日々を送っていますね。

中村 かなり楽しんでやってます。しっかりと現役に区切りをつけたので、後ろ髪を引かれることもなく。今は、新たなステージでの生活を謳歌している、と言ったほうが正しいですかね(笑)。

佐藤 憲剛くんの場合は前もって、この年に引退するって決めてたじゃないですか。僕もそこまではっきりとは決めていなかったけど、ある程度考えて決断したので、寂しさは若干ありつつも、やり残したこととか、後悔もなく、今の生活を送れています。

---- そういえば、引退の時はお互いに相談されたのですか?

中村 電話したよね。

佐藤 憲剛くんから電話がかかってきた時に、実は僕もやめるんですよって(笑)。お互いに「なに言ってるの?」って感じでしたよね。

中村 俺のほうが年上だから、先にやめてもいいでしょ?(笑)。

佐藤 年齢は関係ないですよ。優勝争いしていたし、普通にピッチに立っていたわけじゃないですか。まだまだ見たい人がいるのに、早くないですかって。

中村 やめるって聞いた時に、「お前は早い」って思ったけど、引退後のプランを聞いているうちに、「そうか」って納得できたよね。ヒサのほうが、先のビジョンがしっかりしてますから。

佐藤 いやいや(笑)。でも、だいぶ前から話してましたよね。ライセンスは取ったほうがいいですよって。でも、まだいい、まだいいって、言うから。

中村憲剛・独占インタビュー「引退発表した今だから話せること」>>

中村 やめてから取ろうと思ってたんだけど、そしたら取得までの期間が意外と長いことに気づいて(笑)。B級を取ったら、半年後くらいにはA級が取れるもんだと。ちょっと勉強不足でしたね。

 でも、現役中にライセンスを取りに行く気はなかったな。次のことを考えると、現役がおろそかになる気がしたので、そこは頑(かたく)なでしたね。

佐藤 いらない、という選手もいますからね。

中村 いや、あれは大事だよ。段階的にやることが。2月にC級を取ったんだけど、今まで練習の時に当たり前にコーチ陣が置いていたコーンとか、導線とかって、ちゃんと考えられてるんだなと。そこまで考えてなかったから。

佐藤 2月にとあるJクラブのキャンプに呼んでもらった時、朝から夜までコーチとして働いたんですけど、やっぱり大変でしたよ。食事も選手から取って、スタッフは一番最後。でも、食事会場には一番最初に行くんです。それで、選手が食べ終わるまでずっと待っている。選手ファーストなんですけど、そこで選手の状態も確認しているんですね。規則正しくやれているかどうかって。

中村 やだ、バレるんだね〜(笑)。

佐藤 当然ですけど、本当にサッカー漬けなんです。僕はストライカーコーチとして呼んでもらったんですけど、まず、練習試合の映像を見る。その後にFWの選手に付きっきりでもう一度見る。そしたらまた別のFWの選手が来るので、また映像を見る。何回見るんだと(笑)。

中村 それなら、まとめればいいじゃん。全員、集まれーって。

佐藤 いや、そこは選手から来ないといけないんですよ、自主的に。僕が現役の時は、何も考えずに練習していただけですけど、練習をやるためにいろんな人が時間をかけて、準備して、作ってくれていたんだというのを感じました。そこも引退したから、気づいたことですね。

中村 みんなが円滑に、効率よく、いい練習ができるために、どれだけの人が動いているか。それがコーチの仕事なんだから当たり前と言う人もいるかもしれないけど、それがどれだけ大変か、ということだよね。

(つづく)


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに入団。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグ最優秀選手賞を受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重66kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重65kg。