学生アスリートと就活 「100メートル10秒台で走れます」は本当に仕事に生きないのか
新連載「秋本真吾の本音note」、今回のテーマは「学生アスリートと『働く』」
「スプリントコーチ」というジャンルを築き、サッカー日本代表選手、プロ野球選手など多くのトップアスリートに“理論に基づいた確かな走り”を提供する秋本真吾さん。その指導メソッドがスポーツ界で注目を浴び始めている一方で、最近はフォロワー2万人を数えるツイッターのほか、「note」を使って自身の価値観を発信。「夢は叶いません」「陸上の走り方は怪我をする」「強豪校に行けば強くなれるのか?」など強いメッセージを届けている。
そんな秋本さんが「THE ANSWER」でメッセージを発信する新連載を始動。秋本さんの価値観に迫るインタビューを随時掲載する。最初のテーマは「学生アスリートと『働く』」。現役時代は400メートルハードルの選手としてオリンピック強化指定選手にも選出され、特殊種目200メートルハードルのアジア最高記録などの実績を残し、引退後は企業勤務を経験、現在は「走りの指導」をビジネス展開する秋本さんと4回に渡って考える。第1回は「『100メートル10秒台で走れます』は就活に生きないのか」について――。
(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
――10月は就職活動を終えた4年生が内定式を行い、社会人になる決意を深める一方、3年生はまもなく本格化する就活に向け、気持ちが焦り出す頃です。最初に直面するのがエントリーシートや面接で必須の「学生時代に力を入れたこと」の整理。誰もが他の学生との差別化に頭を悩ませる課題ですが、秋本さんは学生アスリートの「学生時代に力を入れたこと」のあり方についてどういう考えですか?
「前提にあるのは学生の本分は勉強ということです。部活はあくまで勉強に付随したものでしかないんですよね。僕は大学に4年間、大学院に2年間通いましたが、勉強で頑張ったものは何だろうと振り返ると、ほぼ何もありませんでした。特に大学の4年間は課せられたものをこなすだけ。学びのために大学があったわけじゃなく、部活をやるため、卒業するためにやっていた感じでした」
――トップアスリートだった秋本さんからまず「勉強」が挙がるのはちょっと意外です。
「でも、大学院は自分から学びに行き、論文を書き、そのために勉強して。その2年間の方が勉強を頑張った感覚はあります。論文で『大腰筋の筋肥大が走りに及ぼす影響』について検証したのですが、それは仮に僕が一般企業に就職しても、今のようなスプリントコーチ業をしていたとしても両方に通じたものが必ずあると思っています。仮説を立てて物事を考えることは、基本的なことですがとても勉強になりました」
――学生アスリートの就活は、競技能力がそのまま評価につながらないのが難しいところです。例えば「140キロの直球を投げられます」「100メートルを10秒台で走れます」「インカレで○位に入りました」とアピールしても、それ自体が仕事に直接生きるわけではありません。目に見える記録、成績を出せば評価され、優位に立てた世界とは異なる壁に当たります。
「確かに、その通りですね。ただ『100メートルを10秒で走れること』にしても、全く仕事に生きないかというとそうではないと思っています。できない自分ができるようになるために考えて、行動して、成長させた時間は決して無駄ではなく、そのプロセスを仕事に置き換えられるかどうかの差だと思います。ほとんどの体育会学生はその応用が難しいんだと思うんです。全く違うものと捉えてしまうと思います。
『みんな、どうやって足を速くしてきましたか?』と聞いた時に『先生に言われるまま、ただやってきました』では仕事に接続できないですよね。指導者に言われ、自分は何を思ったのか。自分の中で良い走りにしようとか、他の競技もこういう風に投げよう、蹴ろうとか、みんな考えたはずなんです。それができて嬉しかったから、4年間続けられたはずです。それを仕事に置き換えられない人は社会人として価値を見つけることに苦労するかもしれません」
「今」が充実している学生アスリートは不確実な「未来」に時間を割きたくない
――言うのは簡単でも、やるのは難しいことですね。
「ちょっと話は逸れますが、それが良い悪いではなく、アスリートの場合は引退後に保険の営業職をする人が多いです。なぜかというと、自分がやってきたスポーツとリンクしやすいからだと思います。自分が築いてきた人脈を使えて、足をガンガン使って営業をかけて、取った分が自分のフィーになる。それはスポーツで勝ち取ってきたものと似ていて、自分が頑張った分そのまま成果に直結するんですよね。
『ああ、俺って一生懸命練習して野球やサッカーで結果が出たな』と置き換えられるから割と始めやすいのかなと。特にスポーツ界で培った人脈は授業を一緒に受けていただけの友達よりグリップ力が強い。『コイツなら、お願いしてもいいかな』と思ってしまいがちです。ただそれがうまくいかなくなると、次第に顧客のための営業じゃなく、自分のための営業になってしまうんですよね。僕の知り合いはそれで信頼を失ってしまって疲弊して何人も辞めています」
――営業職のあり方にも共通する話ですね。
「良いものを売る時って、自分のためにじゃなく、純粋に相手のために勧めたいじゃないですか。僕らの生活でも好きなアーティストがいたり、美味しいお店があったりするから、『これ、良い曲だから』『この店、美味しいよ』と相手に勧めます。本当に良いかどうか分からないものなら、メリットが『自分』に寄ってしまって『相手』に伝わらないんですよね。それが悪いというわけではなく、本質がずれてしまうんだと思います。
なので、この話を学生に置き換えるにしても、4年間、競技でも勉強でもいい。一般学生なら、サークルでもアルバイトでもいい。何を学んだ4年間だったのかを振り返って考えて、紙に書いてみるのが、本当の最初の一歩になると思います。本当に毎日が楽しくて、そのノリだけで、競技をずーっとやっているけど、振り返ってみると『何やってきたんだっけ?』と分からない人は意外と多いんですよね」
――私は東京六大学でマスコミ志望の一般学生でしたが、例えば、六大学野球で神宮でプレーしたような体育会学生と一緒に就活したら敵わないと思っていました。でも、一緒に就活をしてみると「神宮でホームラン打ちました」という実績は、話題にはなっても評価になるわけではなく、難しさを感じている学生もいました。21、22歳という年齢で、どうやって「結果」ではなく「過程」に価値を見つけ出せばいいでしょうか。
「それができたら本当にすごいと思います。僕の体験から言うと、めちゃくちゃ難しいです。例えば、六大学野球で活躍したら『活躍している自分』を自覚しているので、今が充実していると、社会に出てから上手くいくかどうか分からない未来に時間を使いたくないんですよね。今が良いから、それがメインとなって競技生活が終わってから考えようくらいに思っている。それは僕自身もそうでした。
僕は30歳で引退すると決めていて、次のキャリアで何ができるか準備してきたつもりだったんですが、結局、蓋を開けて社会に出ると何もないじゃんと気づいたんです。あれだけ毎日オリンピックに出たい、速くなりたい、強くなりたいと思っていた自分が全く違う自分になってしまうので、何を目指して生きて行けばいいんだろうと、それに一番悩んでしまいました」
今は腹落ちしなくてもいいから知っておく方がいいこと
――だからこそ自分を知ること、就活っぽく言うなら「自己分析」が学生アスリートも大切ですよね。
「その振り返りがないといけないですね。僕は30歳で社会に出て気づいたので。そこから死ぬほどつらい思いを何度もして、めちゃくちゃ時間をかけて分かってくるんです。結局、俺はどうやって自分の競技で結果を出してきたんだろうって。スプリントコーチの仕事を始めた時、1、2年やって気づいたことがあって。競技生活でメインになった400メートルを始めたのが高校2、3年の時。すぐに結果が出たかと行ったら、それは無理でした。
日本選手権も大学4年になって初めて出られた。6年をかけて、やっとトップの舞台に立てた。今、スプリントコーチをやってちょうど6年目なので、自分がやってきた競技者としてのキャリアと比較したら“まあ、ちょっと知られてきたかな”くらい。誰もが知っているレベルじゃ全然ないんですよね。そう思うと、自分がどうやって足が速くなってきたのか、真剣に考えてきたことがすごく意味を持つように感じます」
――陸上選手に限らず、ほかの競技にも置き換えられそうです。
「例えば、野球を始めて何年目で甲子園に出られたのか。出られなかった人はそれでも大学でなぜ続けようと思ったのか。その過程で何を学んだのか。打てないボールが打てるようになったのはなぜなのか。僕もそういう風に考えられるようになったら、まだまだ頑張ろうと思えたんです。社会に出た時も一緒。社会人1年目はまったく理想と違うし、つまんない。それはそうだろうと思います。
みんな初めてやることは『できない』から始まっていて、自転車が乗れない時って面白くないんですけど、乗れたらすごく嬉しくて毎日必要以上に自転車に乗っていました。自転車に乗れたら楽しい、できないことができたら嬉しいという経験をどれだけ他のものに横展開できるかが大事なんだと思います」
――一般学生は1、2年生から就職活動を睨んで準備し、インターンシップに参加するなど動いています。でも、学生アスリートは卒業後も競技を続けたい選手も多く、部活に打ち込んでいる。そうなると、いざ就活をする場合に「自分の価値」を社会に結びつける作業に戸惑うかもしれません。
「それは感じると思います。でも、学生アスリートの皆さんも、結局はそういう局面にならないと、その難しさは本当には分からないものです。頭では分かっているつもりでも、実際に直面してやっぱりそうだったかと思う。ポイントはそうなった時にどれだけ急いで(課題を)回収しに行けるか。そういう気持ちになるきっかけをどれだけ自分で持っているということなのかなと。
『今、気づけよ』と言うのはあまりにもハードルが高いと思うんですよね。今、この記事をぼんやりと読んでいて『ああ、そうなんだ。でも俺は今、関係ないからいいや』と思って、でも現実に直面した時に『やべえ。もう一回、あの記事を見よう』って何かを努力し始めるとかでもいいと思います。そのきっかけになることは今、ネット上に山ほど落ちています。本でもいいし、YouTubeにアップされている成功者の話でもいい、腹落ちしなくてもいいから知っておく方がいい、そんな感じがしますね」
■秋本真吾
1982年生まれ、福島県大熊町出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルを専門とし、五輪強化指定選手に選出。当時の200メートルハードルアジア最高記録を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人の子どもたちを指導。また、延べ500人以上のトップアスリート、チームも指導し、これまでに指導した選手に内川聖一(福岡ソフトバンクホークス)、荻野貴司(千葉ロッテマリーンズ)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和レッドダイヤモンズ)、神野大地(プロ陸上選手)ら。チームではオリックスバファローズ、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。今年4月からオンラインサロン「CHEETAH(チーター)」を開始し、自身のコーチング理論やトレーニング内容を発信。多くの現役選手、指導者らが参加している。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)