女優・片岡礼子(48)は、和装で現われた。涼やかな象牙色の地に、紺の縦縞の浴衣。琉球紅型の帯は、実家から持たされたものだ。

「沖縄料理屋さんですからね。いつも撮影が終わると、『がじゅまる』でひとりの時間を作るんです。大恋愛をしたり、人を殺めたりする “誰々さん” の役から、自分に戻る場所。取っておきのお店ですけど、今回だけは特別です」

 片岡と店とのつき合いは、20年以上。名入りの陶製ボトルは常連だけの特注品で、片岡は決まって泡盛「菊之露」を注ぎ足している。初訪問は、映画の現場で親しくなった、沖縄出身の照明技師に連れられて。

「3人の子供ができて、家族でも来たり、映画の打ち上げで使ったり、サラリーマンの人と仲よくなって一緒に飲んだり……。片岡礼子の人生の、いろんな場面で登場してきた店なの」

 絶えず、映画ファンを唸らせる芝居を見せてきた。

「役には、いつも覚悟して挑んでいます。自分を追い込んでいくんですよ。でも、監督の顔を見ていてわかる。このままだと、はねられるって。そこで、ウンともがいて最後、自分の中にスイッチを探すんです。やれると思ったときほど、ダメですね」

 まるで禅問答だ。しかし、片岡の演技にふれれば、この言葉はストンと腑に落ちる。

 学生時代、1993年の橋口亮輔監督の『二十才の微熱』で映画デビューを飾ると、翌年には『愛の新世界』(高橋伴明監督)で、鈴木砂羽とともにヘアヌードも辞さぬ熱演を見せた。

 続く『KAMIKAZE TAXI』(原田眞人監督、1995年)、『チンピラ』(青山真治監督、1996年)、『鬼火』(望月六郎監督、1997年)などでも快演を披露。母親役が似合う年齢になったいまも、「慣れたりわかっちゃうのはダメ」と、日々新たな自分を役に見出そうとしている。

「2019年の『楽園』では、佐藤浩市さんとの濡れ場がありました。『玉砕か成就か』という、作品の成否を左右する場面で、土壇場まで怖かった。瀬々敬久監督の力で進むのみでした」

 佐藤扮する善次郎は、限界集落にUターンし、つまはじきにされる。片岡は、彼を慕いながらも見守るほかないシングルマザー・久子を演じた。ひなびた温泉で瞬時見せる、一糸纏わぬ姿。久子の唇を求めつつ、善次郎は泣き崩れる……。

「私、自分の出番が終わっても居残って、浩市さんの芝居を見学してたんです。ロケ地の山里の、さらに奥にある墓場での撮影でした。先祖の墓に落書きされた、ペンキを消すシーン。見ていたら胸が痛くて、悔しくなってくるほどでした(笑)」

 また同じ年には、ドラマでも新境地を拓いた。ヒット作『あなたの番です』(日本テレビ系)で、子供欲しさに狂気の振舞いにいたる主婦・児嶋佳世役が、視聴者の心胆を寒からしめたのだ。

「大切なのは、撮影現場の熱。自分に懸けてくれているんだもの、『いい形でフィルムに焼きついてくれれば』と祈って演じています。でも、デビューしたてのころは、怖いもの知らずでしたよ」

土木工学を学びながら、モデルの仕事をし、シナリオ雑誌を読み漁った明星大学時代

 片岡は愛媛県の港町、松前町で生まれ、中学までは人見知りが強かったという。そんな少女が女優に憧れたのは、「ジャッキー(・チェン)と出会ったから」と、拍子抜けするくらいシンプルだ。

「最初はテレビで観た『酔拳』(ユエン・ウーピン監督、1979年)。友達同士で初めて映画館に行ったのも『五福星』(サモ・ハン・キンポー監督、1984年)。夢は、『ジャッキーのお嫁さんになりたい』でした」

 その夢は、「いつか共演したい」へと変わっていった。

「私が嫉妬する女優は、ジャッキーと共演した後藤久美子さん・山本未來さんだけです(笑)。

 初めて主演した『ハッシュ!』(橋口亮輔監督、2001年)でカンヌに行ったとき、ジャッキーも来てたんですよ。パーティをすると聞きつけ、なんとか潜り込めないか探りを入れたら、地中海での船上パーティ。逃げられました(笑)」

 おっちょこちょいの県民性を指していう「伊予の駆け出し」さながら、そう笑わせるが、片岡にとってつらい時期でもあった。日増しに頭痛がひどくなっていくのだ。

「肩に力が入りすぎていたんです。27歳で初めての出産を経験し、日中は家事をこなし、家族が寝静まった夜中に台詞を覚え、睡眠時間を削りまくっていました。出産後に始まった頭痛も、市販薬で抑えたつもりでいました」

 2002年1月、片岡は脳出血で倒れ、一時生死の境をさまよう。『ハッシュ!』でブルーリボン賞主演女優賞、並びにキネマ旬報主演女優賞をダブル受賞し、いよいよという矢先だった。

「それまで、インタビューなどで『命差し出して仕事してる』ってよく言ってました。命の大事さを本当に知らないから、そんなこと言えてたんですね」

 奇跡的に手術が成功し、自宅でリハビリのあと、愛媛県内の離島に転居。約2年を静養に充てた。農作業に明け暮れ、癒やされていった。

「そこで、人生でいちばん充実した日々を過ごせたのかもしれません。家族もいて、自分ひとりの体じゃないのに、私はなんて独り善がりだったんだろう……」

 ふと涙ぐんだ。濡れた瞳は時間の波に揺れていた。女優には、自分を見つめる場所がある。

かたおかれいこ
1971年生まれ 愛媛県出身 大学進学を機に上京し、篠山紀信撮影の「週刊朝日」の表紙モデルを務めて注目される。1997年の『鬼火』で第17回ヨコハマ映画祭最優秀助演女優賞、2001年の『ハッシュ!』でブルーリボン賞主演女優賞、並びにキネマ旬報主演女優賞を受賞。映画『とんかつDJアゲ太郎』(二宮健監督)公開が控える

【SHOP DATA/がじゅまる】
・住所/東京都目黒区自由が丘1-12-2 新英ビル2・3F
・営業時間/18:00〜LAST
・休み/日曜

(週刊FLASH 2020年7月21日号)