学生の窓口編集部

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2月7日放送、「はい!テレビ朝日です」(テレビ朝日)では、草野仁をゲストに迎えトーク。草野仁は、東京大学からNHKに入局した。アナウンサーになった経緯は、田舎で育ったのでいろんなことを取材したいと、取材記者になりたかったが、採用がアナウンサーだったという。新人アナウンサー時代には、アクセントを含めていろんな言葉をまずは覚えた。

アナウンサーに求められた役割としては、NHKの番組の仕組みではタイムキーパーでしかないと話し、意外な一面をのぞかせた。これは報道系の番組ではいろいろなことができないのではないかと思い始めたことがきっかけだという。そんな時に、スポーツのアナウンサーだけは取材者であり表現者だと思い、スポーツをメインのテーマにしようと思い、考えたことを明かした。

その後、ロサンゼルス五輪の総合司会などを担い「スポーツの草野」として確固たる地位を築き、現在に至る。草野は当時、担当していたのはマイナーなスポーツだったのだが、やってる選手は必死でやっているので、その意気込みに合致するように一生懸命やっていたら、しっかり見てくれる人が出てくるようになり、メジャーなスポーツの仕事も来るようになったと話した。

41歳でフリーキャスターになった理由は、アナウンサーは自分から動かずに待っているだけで仕事がくるという消極的な動きに見え、待ってるだけではダメだと感じ、辞めようと思ったのだと明かした。草野にとって、TVキャスターは「情報サービスマン」。情報を工夫して送るだけでなく、期待に応えるのは当たり前で、それを超えたものを提供しなくてはならないと感じている。言葉は神経質につかっていく必要があり、幅広い知識を横軸に、専門の分野を縦軸にし、この縦横をいかに増やすかが大事だと考えて仕事をしている。

草野仁は現在71歳。満州の生まれで2歳で引き上げてきている。東京大学文学部社会学科を卒業し、卒論は戦後沖縄について書いている。NHK時代には自律神経失調症を患ったが、病は気からと考えて乗り越えてきた。キャスターとして著名だが、「草野☆キッド」などのバラエティの出演もあり、普段は見せない一面を見せている。主婦層に人気も高く、還暦を超えてからもさまざまなことにチャレンジしている意欲的な人物だ。