学生の窓口編集部

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5日に放送された「私の何がイケないの?」(TBS)に、大原麗子の実弟・政光さんが出演。

大原亡き後、生前の大原が抱えていた悩みを明かした。
大原麗子は、昭和を代表する名女優。サントリーの「長く愛して」では男性を虜にした。
全盛期には年間数十本出演していたドラマや映画も、1995年代以降には年に1本程度で仕事が激減。

大原のわがままが原因とされ、スタッフから見放され、収入も減り、貯金を切り崩す生活を余儀なくさえた。

2度の離婚後、40歳で建てた豪邸の固定資産税は年間200万円。貯金もなくなり、貴金属を売り払うほどにまでになったそうだ。

そして、筋肉が衰えるギランバレー症候群が発症し、家の中での生活も困難になっていった。

大原が表舞台から遠ざかり、週刊誌に整形疑惑が掲載されたことがあったが、政光さんは「仕事がなくなって数年。整形したのは確かです。でもとても後悔していました」と事実を認める発言。

そのきっかけは、突然主演映画のオファーがあり、病気のことを隠して仕事を受けた。しかし、長年女優の仕事から退いていたために、顔に自信が持てず、美しく見えるように整形をしたのだが失敗。結局映画を降板せざるを得なかった。

そのため精神的ショックから、躁鬱状態になり、近隣トラブルも起こし、友人も失い、女優として復帰することできなかった。

そして2009年8月に、自宅のベッドルームで死後3日経った姿を政光さんが発見した。

また、政光さんは大原さんの高倉健への想いを明かした。例えば、ずっと高倉健のことを憧れ慕っていた大原は、豪邸は高倉の家のそばに建てており、死ぬ間際まで共演した映画のDVDを見続けていたことや、高倉が掲載されていた記事をスクラップしていたこと、お金に苦労をしても高倉から貰ったモンブランの万年筆は手放さなかったことなどだ。

毎年、大原の命日には、高倉健からお線香が届いており、政光さんは最後に「姉は孤独死と思われていたけれど、優しい健さんの心に包まれて亡くなった。このお線香をあげるたびに、姉が喜んでいる姿が目に映ります」と語った。

また、豪邸は今年の9月に売却されている。