『パカパカファーム』成功の舞台裏
【連載●第46回】

1990年、獣医師として来日したアイルランド人のハリー・スウィーニィ氏は、日本競馬の優れたシステムに感銘を受けると、2001年には競走馬の生産牧場「パカパカファーム」を開場した。そして、2012年にはダービー馬ディープブリランテを輩出。以降も、数多くの活躍馬を世に送り出している。その間、日本競馬も飛躍的な成長を遂げているが、「さらなる発展のために、やるべきことはまだたくさんある」とスウィーニィ氏は語る――。

 ジャスタウェイ、ゴールドシップ(牡6歳)、ハープスター(牝4歳)と、3頭の日本調教馬が挑んだ昨年の凱旋門賞(2014年10月5日/フランス・芝2400m)。それぞれ現地メディアからも大きな注目を集め、有力候補の一角に数えられた。レースの結果は、ハープスターが日本馬の中で最先着の6着。以下、ジャスタウェイ8着、ゴールドシップ14着という厳しいものになったが、この3頭が「ヨーロッパ最高峰のGI」と言われる舞台に華を添えたことは間違いない。

 小さい頃からヨーロッパの競馬に親しんできたパカパカファーム代表のハリー・スウィーニィ氏は、そのときの盛り上がりを見て、こんなことを思ったという。

「日本からトップクラスの馬が毎年参戦してくることで、凱旋門賞に対するヨーロッパの競馬ファンの熱狂は、以前より増していると感じます。日本馬が何頭も出走することに嫌悪感を示すヨーロッパの人はほとんどおらず、むしろ凱旋門賞を盛り上げるという意味で、『助かっている』というのが本音だと思いますよ。実際に日本馬の参戦をすごく歓迎していて、日本馬に対する期待も高いです。ファンは、その実力も認めています」

 ヨーロッパのファンも待ち望んでいる、日本のトップホースの参戦。だからこそ昨年の凱旋門賞では、日本だけでなく海外メディアの間でも日本馬が度々取り上げられた。

 一方で、スウィーニィ氏はレース後のメディアの反応を日本と海外とで見比べて、「日本競馬の課題」を改めて痛感していた。

「凱旋門賞が終わったあと、日本馬の陣営に対する、国内外のメディアの反応には大きな差がありました。ヨーロッパではレース後すぐに、日本馬の陣営に対してかなり厳しい批判が報道されていましたよ。後方から進めた戦法や、現地の前哨戦を使わずに挑んだローテーションなどについてです。ところが、日本メディアで、ヨーロッパのメディアと同じくらい厳しい論調で伝えているところは、ほとんどなかったように思います」

 凱旋門賞のあと、海外メディアが批判している様子を伝えている日本メディアは確かに多かった。だが、日本馬の惨敗ぶりについて、自ら厳しく指摘して世の中に発信した日本メディアの数は決して多くなかった。スウィーニィ氏は、こうした日本の競馬メディアのスタンスを「ずっと疑問に感じている」という。

「日本の競馬メディアは、批判というか、レースに対して厳しい批評をしたり、問題点を指摘したりする記事がちょっと少な過ぎます。例えば、騎乗ミスがあったとしても、そのジョッキーに対して、はっきりと"ダメ出し"するメディアなんてありません。調教師に対しても同様です。明らかにダート適性のある馬を芝で使ったり、レースに臨む管理馬の体重がものすごく増えていたりしても、そこをメディアが指摘することは皆無と言っていいでしょう。本来、そういうことを、メディアが厳しく批判しなければいけません。そうした報道活動が活発にならなければ、競馬界は良くなっていかないと思います」

 さらにスウィーニィ氏は、「海外ではジョッキーや調教師だけでなく、馬主やターフクラブ(競馬主催者)に対して批判記事が出ることもある」と続ける。

「例えば、2013年にJRAが降着ルールを変更した際も(※)、各メディアがいろいろな意見をオフィシャルに出して、もっと議論すべきだったと思います。でも、このルール変更を問題視して、世の中に訴えかけていた媒体はわずかでした。競馬関係者やJRAに対しても、さまざまな意見や提言がメディアから発信される状況になってほしいものですね」
※2012年までは、走行妨害が、被害馬の競走能力の発揮に重大な影響を与えたと裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着。それが2013年からは、「その走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していた」と裁決委員が判断した場合のみ、加害馬は被害馬の後ろに降着。

 各メディアがあらゆることに独自の見解や意見を示し、ときに批判することは、「競走馬に携わる人の刺激になるし、何より、競馬自体が盛り上がります」とスウィーニィ氏は言う。だからこそ、彼は国内メディアに対して、「長い物に巻かれずに、いいモノはいい、悪いモノは悪いと声を大にして伝えてほしい」と強く要望する。

 さて、「日本競馬を盛り上げる」という観点において、スウィーニィ氏はこれまでの話とはまったく趣の異なる、ユニークな提案も挙げた。

「日本のファンは、競馬場に来るときに普段着で来る人が多いですよね。それが悪いとは言いませんが、ヨーロッパの競馬場では、大きなレースがあるときは、『ベストドレスドレディー』のコンペティションをやることがあります。女性ファンがきらびやかなドレスを着て、その中でもっとも美しく着飾った人を決めるイベントですね。これを、日本でもやったらどうでしょうか。きっと盛り上がりますよ」

 日本の競馬ファンからすれば、現実感が乏しいアイデアかもしれないが、ヨーロッパの競馬場でそういったイベントを見てきたスウィーニィ氏にとっては、決して冗談のつもりではないようだ。

「例えば、GIレースがある日の昼休みに、パドックを使って開催するのはどうでしょう。男性の競馬ファンは、『あの子の衣装はカワイイね』『この子のファッションは豪華だね』......なんて言いながら、楽しむと思いますよ。そこで、授賞式をやって表彰すれば、参加した女性ファンも喜ぶでしょう。競馬場の雰囲気も華やいで、イメージもよくなるのではないでしょうか」

 日本の競馬をより面白く、誰もが楽しめて、親しめるものにしたいと考えるスウィーニィ氏。そのために、競馬に携わる生産者としてだけでなく、ひとりの日本競馬ファンとして、日々さまざまなアイデアを膨らませている。

 スウィーニィ氏が抱く「日本競馬への提言」はこれだけにとどまらない。牧場の代表である彼は、サラブレッド生産という身近な環境において、「最も伝えたいことがある」という。次回は、生産牧場を営む者としての、より切迫した問題について提言していく。

(つづく)

【プロフィール】
ハリー・スウィーニィ
1961年、アイルランド生まれ。
獣医師としてヨーロッパの牧場や厩舎で働くと、1990年に来日。『大樹ファーム』の場長、『待兼牧場』の総支配人を歴任。その後、2001年に『パカパカファーム』を設立。2012年には生産馬のディープブリランテが日本ダービーを制した。

河合力●文 text by Kawai Chikara