鈴木彩艶

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 日本代表の守護神として、森保一監督(57)の期待を背負うゴールキーパー(GK)が、弱冠23歳の鈴木彩艶(ざいおん)だ。前回アジアカップではミスを重ねて多くの非難を浴びたが、それでも今回のW杯ではスタメンに起用された。未完の大器は、なぜ周囲の信頼を集めるに至ったのか。

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「彩艶は、プレーぶり、経歴共に日本のGKとしては規格外ということに尽きます」

 とは、スポーツライターの大塚一樹氏である。

「日本のGKといえば、かつては川口能活のように反応に優れ、PKに強い選手か、楢崎正剛のようにポジショニングがうまくて安定感のある選手のどちらかのタイプに分かれていました。彩艶に関しては、そのどちらも高い水準で兼ね備えている。あのスケール感を持ったGKは、これまでいなかったと思います」

鈴木彩艶

「セリエAで正GKは本当に驚異的」

 彩艶はイタリア1部リーグのセリエAに属するパルマ・カルチョで正GKとして活躍している。

「日本人がセリエAで正GKの座をつかみ取るなんて、少し前なら考えもしなかったことです。そもそもGKは、フィールドに1人しか立てない特殊なポジション。他のポジションとは訳が違う。さらに、限られた外国人枠を争う相手は、得点源となるストライカーや代えの利かない特別な選手たち。欧州リーグのクラブで日本人が信頼を勝ち取り、ゴールマウスを託されるのは本当に驚異的なことなのです」

 ガーナ人の父と日本人の母という両親の下で生まれた彩艶の故郷は、サッカーの街として知られる現・さいたま市浦和区である。

 小学校5年生の頃、Jリーグ・浦和レッズの下部組織に入団を果たした彩艶は、中学生でジュニアユース、高校生でユースへと順調に昇格を果たしていった。

 彩艶と親交のある浦和レッズ関係者によると、

「高校卒業後、2021年に彩艶は浦和レッズでプロデビューを果たしますが、先輩のGKがいて出場機会に恵まれませんでした。そこで彼は23年にベルギー、24年にはイタリアへと渡り歩いて、見事レギュラーの座を射止めたのです」

「何もかもが桁外れ」

 実績のない無名の日本人選手が、欧州移籍を果たすこと自体が珍しいという。

「もともと彩艶は、幼い頃から何もかもが桁外れの男でしたからね。小学生の時点で身長は170センチあって、子どもなのにプロ意識が高かった。レッズジュニアに入団する前から、Jリーグの練習場に通って網越しにプロの練習方法をじっと見ている。それを小学校の校庭に場所を移しては実践し続けていたんです」(前出の関係者)

 とにかく絵に描いたような真面目な少年だったとか。

「道端でゴミが落ちていたら必ず拾う。チームで移動中、電車内でチームメイトがゲームをしながら足を広げて騒いでいたら、ちゅうちょなく注意するような男でした。地元の中学校では学級委員を務めていて、学校のこともこなしながら、放課後はレッズの練習場に通っていましたね」(同)

 レッズの下部組織では、通常ユニホームやスパイクは支給されるが、交通費は出なかった。

「彩艶の家はあまり裕福でないこともあってか、自力で行ける範囲へは一人で自転車をこいで行っていました。洗濯なども自分でやっていて、なるべく母親に負担をかけたくなかったのかもしれません。チーム内でもスタッフが担うような雑用を率先して受け持つようなタイプ。練習の準備でゴールを移動させる時、普通は片側3人ずつで持つのですが、彩艶はいつも“オレ一人でいけるよ”と運んでいたそうです」(同)

 広い包容力を持っていたという彩艶は、次なるチュニジア戦でどんなスーパーセーブを見せてくれるのか。

「週刊新潮」2026年6月25日号 掲載