機運高まる「対話」に必要なもの【梶原麻衣子 右の耳から左の耳】
【右の耳から左の耳】#4
「壁の向こうの住人たち」や「盗まれた誇り」(ともに岩波書店)がアメリカのトランプ現象を理解するための著作として知られるA・R・ホックシールドの朝日新聞でのインタビューが大きな話題になった。アメリカ社会の分断を克服すべく、まさに「壁の向こう側」に住む価値観の異なる人たちとの対話からトランプ支持の実態を解き明かしたものだ。
なかでも、自分とは逆サイドにいる人たちの考えを解読する「バイリンガル」になる必要性があるとの指摘には深い共感を覚えた。筆者の連載タイトルも、「右」の意見を「左」の皆さんにも理解可能な形でお伝えしたいとの思いを込めている。
「対話」の重要性は日本でも大いに指摘されているところだ。その流れからか、大変ありがたいことにここ1年あまり筆者は異なる意見や立場の方々との「対話」の機会に多く恵まれている。近い時期で言えば、2月12日に朝日新聞デジタル「Re:Ron」欄で公開された東京大学教授の宇野重規さんとの「対話」(宇野さんの新刊「対話をつくる」=朝日新書=にも収録)。また憲法記念日に合わせた毎日新聞の「論点」欄では、社会活動家の湯浅誠さんとの、憲法に関する「対話」を掲載していただいた(4月30日、5月1日付朝刊)。
お2人とも“右翼編集者”を自称する筆者の話に根気よく耳を傾けてくださった。そして、実際に対話をしてみて思うことは、こうした場で話をして、多くの人に読まれた“その後”こそが大事であるということだ。
対話に臨むと、対話を経たことで得た何らかの「お土産」を持ち帰ることになる。このお土産は自分の血肉にしなければならないし、さらには自分の周りの人たち、今風に言えば同じクラスターに所属する人たちにも、その土産話を伝えなければならない。そうでなければ、対話には「その場限り」の効果しかないことになり、対話の意味が薄れてしまうからだ。
これはSNS上のやりとりでも同様である。SNSは分断を促進する作用ばかりが注目されるが、見知らぬ人、意見の異なる人同士の対話も本来は可能だ。必要なのは「対話すべきでなかった」と思わせないような振る舞いであろう。
5月17日午後には下北沢で民主主義ユースフェスティバル主催のイベントで「言論空間における分断」をテーマとした対話セッションが開かれる。筆者も登壇予定だ。対話への機運は高まっている。だからこそ対話のお相手や読者をせめて失望させないよう、日常から身を律しようと心に誓うばかりである。
▽梶原麻衣子(かじわら・まいこ) 1980年、埼玉県生まれ。中大文学部史学科卒。IT企業勤務後、2005年から花田紀凱編集長の「月刊WiLL」「月刊Hanada」編集部に所属。19年に退職し、現在はフリーの編集者・ライターとして活動。著書に「『“右翼”雑誌』の舞台裏」「安倍晋三 ドナルド・トランプ交友録」。
