私立大学4割削減に向かう日本と好対照…韓国では大学を「地方再生の砦」と位置づけ1校110億円を投資
「大学削減」へ舵を切った日本。韓国でも少子化による教育機関の存続は大きな課題となっており、韓国政府は厳選した地方大学を「地域を救う最後の砦」と位置づけ、1校5年110億円を投じる「グローカル大学30」を始動させた。
その一環として、この4月にはユネスコ遺産の街「安東市」と「慶尚北道国立大」(慶国大)が共同し、地元の高校生40人を日本に派遣。文化交流を実施している。その背景にあるものとは。
日本の大学削減策や一向に進まない地方創生の一歩先を行く、具体的で先駆的な取り組みを取材した。(山本智行 内外タイムス)
ユネスコの街・安東から高校生40人を派遣
今年4月、韓国を代表する文教都市「安東市」にある7校から選ばれた40人の高校生が関西を訪れた。安東市は「世界遺産」「無形文化遺産」「世界の記憶」というユネスコ3部門に登録されている世界でも稀有(けう)な都市として知られ、現在は大学改革のモデルケースの街として注目を集めている。
5日間の研修日程を終えた高校生たちは「受験勉強の準備もあったけれど、間違いなく来て良かった」「未来はどうなるか分からないが、このようなチャンスをいただいたのはありがたい」「自分たちの街がどういう街か理解できた」と感謝を口にし、瞳を輝かせた。
今回の取り組みは韓国政府が推進する地方大学支援事業「グローカル大学30」の一環だ。これは選ばれた大学1校あたり5年間で1000億ウォン(約110億円)という巨額の予算を投入するもので「グローバル」と「ローカル」を組み合わせた造語。この事業の狙いは、単なる財政支援ではない。
まず、生き残る意欲と能力のある大学を厳選。その上で大学そのものが地域の基幹産業と密接に連携し、世界基準の競争力を持たなければ、地方から若者が流出し続けるという危機感に基づいている。つまり、大学を「教育機関」としてだけでなく「地方存続の砦(とりで)」「地方の救世主」と定義しているわけだ。
この指定を受けた慶国大は学部の再編に乗り出し「人文学」と「バイオ・ヘルスケア」を戦略の両輪に据えた。バイオ分野では地元の産業基盤を活かし、最先端の技術開発と雇用創出を担う。とはいえ、仕事があるだけでは若者は定住しない。そこで重要になるのが哲学、文学、歴史学といった「人文学」的な要素だ。
地域の歴史や文化、伝統を深く学ぶことで相互理解が深まり、学生にこの土地で生きる意味や郷土への誇りを持ってもらおうというのが狙いだ。
大学の枠を超え、高校生への異例の先行投資
もっとも、今回のような大学入学前の「高校生」への異例の先行投資には驚かされるばかりだが、予算は安東市が負担し、研修内容は慶国大が立案、実行した。これは「大学に入ってからのアプローチ」では遅すぎるという両者に共通した危機感の表れでもある。
このような研修はすでにドイツでも実施し、今後はイタリアに派遣する計画もある。「この大学、この地域にいれば世界とつながれる」と早い段階からグローバルな視点を意識してもらうことで、それによって優秀な人材のソウルへの一極集中を食い止め、囲い込むことが狙いだ。
さらに、韓国の地方大学では新入生には授業料や住居の面でも優遇制度を設けている。そこには「大学を失うことは、地域の知性と未来を同時に失うことだ」との強い思いがあるからにほかならない。
研修初日、一行は京都大学で「AI時代に人文学がやるべきこと」という講義を聴講した。慶国大の戦略は最先端の「バイオ」と安東の伝統である「人文学」の融合を掲げており、そのテーマにうってつけの内容。技術が高度化するAI時代だからこそ、地域の歴史や哲学を学ぶ人文学が、人間らしい感性や倫理観を養い、それが新たな産業の創造や地域への愛着につながるとの説明を受けた。
高校生たちは、最先端の知に触れることで、自分たちの街が持つ文化的価値を再発見する機会を得たのではないか。
京都大学での講義風景(筆者撮影) 大阪・建国高校との交流研修
その後は京都・宇治の「萬福寺」や「同志社大学」、奈良「東大寺」を訪問。研修最終日の5日目に大阪の建国高校で行われた交流発表会では同世代の生徒たちと「食」や「衣装」「建築」などについて両国の違いや共通点などを活発に意見交換した。
韓国政府がこのプロジェクトで目指しているのは大学を拠点に「就職・結婚・子育て・定住」をパッケージで支援するモデルだ。卒業後も地元企業へ優先的に就職し、大学施設で子どもを育て、自治体が住居を支えるという長期ビジョンである。
建国高校での交流会は生徒同士がLINEを交換するなどネットワークを広げる場にもなったが、単なる友好を超え「自分たちの世代で地方をどう面白くするか」という当事者意識を芽生えさせる場となり、自分たちが「地域の架け橋」になることを確認し合った。
いま日本では「地方大学の削減」が現実味を帯びている。確かに「教育の質」を確保するためにはある程度の淘汰は必要なことだろう。しかし、大学がその街からなくなったことで一気に衰退が進んだ地域を私は数え切れないほど見てきた。
地域への愛着を育み、雇用を創出し、人々の営みを支えていこうとする安東市と慶国大の生き残り作戦は少子化、地方衰退という同じ悩みを抱える日本にとっても重要なヒントを与えている。
萬福寺を訪問(筆者撮影)
