《なぜ元妻と20年後に再婚を?》ドン小西、電話1本でフェラーリ購入→15億の借金、激動の人生の最後に選んだ伴侶
「復活というより、新しい時間を作っている」。20年ぶりに再婚が決まった元妻・早苗さんとの現在をそう語るドン小西さん。15億円の借金返済に奔走するなかですれ違いが生じ、離れていった妻となぜ再び寄りを戻すことになったのか。娘さんが「腐れ縁」と呼ぶ、夫婦の縁とは。
【写真】「長い髪と印象的な瞳」20年後も「結婚したい」と思わせる早苗さんの現在(8枚目/全9枚)
「早苗は僕の人生のルーツ」
── 23歳で結婚して娘を授かるも、50代で離婚。その後、約20年経って2025年夏に元妻の早苗さんと再婚が決まり、今年の7月に入籍予定と聞いています。
小西さん:今までたくさんきれいな人を見てきたけど、みんな年相応に衰えていくじゃない?でも、内面が整っていたら何歳になっても魅力的で。結局、最後は人間性なんだよね。この先、誰と一緒にいたいかと思ったら、やっぱり早苗だった。
── 早苗さんは内面が整っていたと。
小西さん:そうだね。僕なんかよりうんとサッパリしてる。お互いファッション業界で生きてきたけど、今もチャキチャキ仕事をしていてすごく自立してるの。今のトレンドも全部知ってると思うよ。彼女は僕の人生をずっと見てきたし、言いたいこともズバズバ言うけど、僕の人生のルーツな気がするんだよね。
だからと言って、再婚が決まってお互い急に優しくなったわけじゃないよ。去年、完成した軽井沢の別荘に一緒に行っても寝室は別だし、男女の関係もない。今日も些細なことでケンカしたけど、やっぱり一緒にいて安心するのは彼女かな。再婚が決まる前はガールフレンドもいたけど、みんなお別れして早苗一筋になった。娘は僕と早苗の再婚は「腐れ縁」だって言ってるけど、やっぱり縁があるんだと思う。
6畳一間フロなしアパートから始まった同棲生活
── では、改めて早苗さんとの出会いについて伺います。小西さんが22歳、早苗さんが18歳のときに文化服装学院で出会って、交際がはじまったそうですね。
小西さん:そう、僕は大学を中退して文化服装学院に入ったから、僕のほうが4つ年上だけど学校では同級生だった。出会って「あ、かわいいな」って。ひと目惚れだったけど、若いときなんて特に深いこと考えずに付き合うでしょ。すぐに同棲が始まって6畳一間、風呂なしアパートに住んで銭湯通い。『神田川』の歌みたいだったね。
付き合って早々に長女を授かって、妊娠8か月の頃に結婚式をして籍を入れた。学校を卒業してアパレルメーカーに勤めて30歳のときに独立したけど、しばらく貧乏生活が続いたよ。
── 小西さんの実家は父方が医師、お母さんは大きな呉服屋を営んでいたそうですね。経済的には裕福だったのでは。
小西さん:実家は裕福でも親には頼らなかったし、「お金がない」とか恥ずかしくて言えなかったよ。
それでも娘はかわいいし、早苗も仕事を手伝ってくれた。でも、とにかく忙しくて。子どもが小学校に入学するときに上履きとかバッグとか、持ち物一式に名前を書くでしょ。その名前書きが追いつかなくて、入学式当日、「入学式に向かうまでに間に合わせるぞ!」と明け方ふたりで頑張ったことは今でも覚えてるよ。
しばらく大変な時期が続いたけど、30代中盤くらいから(北野)武さんや芸能人の人たちが僕のブランドの服を着てくれたりして話題に上がるようになって、売上が急に伸びていったの。海外からオーダーが来て、会社がどんどん大きくなって社員が増えて。気づいたら40代前半になってた。
15億の借金にうつ病、そして妻と離婚
── フェラーリを電話一本で買う時代ですね。
小西さん:そうだね。でも、そこからまた一気に転落するの。僕が考えるようなカラフルなデザインよりシンプルな服やユニクロのような服が流行り出して、「これはまずいぞ」と言ってる間に借金がどんどん膨らんでいって。気づけば15億の借金を抱えていた。車もマンションも全部取られて、実家の母の呉服屋まで銀行が押しかけ、僕がはがい締めにされながら母に借金返済を迫るとか。今じゃあり得ない話だよ。うつ病を患って命を絶つことも考えたけど、どうにか踏みとどまって、とにかく借金を返すことだけ考えた。
でも、「もうダメだ…」と思っているときにテレビ局から声が掛かってきてさ。街を歩いてる人のファッションを見てコメントしてって言われたんだよ。のちに「ファッションチェック」のコーナーになったんだけど、鬱憤も溜まっていたのか辛口でコメントしたら、それがなぜかウケちゃって。そこから「ドン小西」の名前でたくさんテレビに出るようになった。
「捨てる神あれば拾う神あり」ってやつ。ただ、ファッション業界からは「あいつはクズになった」「芸能人気取りか」って批判がすごくて、ファッションイベントには呼ばれなくなった。でも、そんなことよりとにかく求められたことをやって、借金を返すためにガムシャラに働くだけだったんだよね。
── しかし、借金を返済している最中、50代の頃に早苗さんと離婚されます。
小西さん:事業がうまくいかなくなってケンカが増えたし、話をしても噛み合わない。僕も借金を抱えて精神的な余裕がなかったし、お金もなかったけれど、気を紛らわすために朝までフラフラ飲んでいて。たまたま女の子と一緒に飲んでいたら早苗の耳に入り、「こんな大変なときに!」と言われたりね。今でも覚えているのは、テレビでしゃべる僕を見て、「あなたこんなにしゃべる人だったのね。びっくりした。よくぞ何十年も猫被ってたわね。無口でクールな人だと思った」なんて言われてさ。もう無理だと思ったよ。
今は別々に住んでいるけれど、大きい「彼女の存在」
── 家族とはそんなにお話しする感じではなかったのですか?
小西さん:精神的に楽しい会話をする余裕がなかった。結局、最後は彼女が子どもを連れて出て行ったんだ。
── 別々の道を歩む選択をされた。その後は無事に借金を返済されたそうですが、離婚から20年経ってどのように再婚まで行き着くのでしょう?
小西さん:離婚してしばらくは連絡が途絶えていたけど、離婚のほとぼりがさめた頃、向こうから「元気?」と連絡がきて「元気だよ」と数か月に1回くらい連絡を取るようになったの。あとは、娘が結婚して孫の存在も大きいんじゃない?孫の誕生日にお祝いしてあげるとか、そういうことは意外とやっていたの。
── 完全に縁が切れていたわけじゃなかったと。
小西さん:そう。なかには離婚したらいっさい口を聞かないとか、相手が生きてるのか死んでるかわからないって話も聞くけれど、それって僕はすごく不幸だと思う。結婚生活が10年か20年かわからないけど、一緒にご飯を食べて幸せだった時間もあるだろうし、その積み重ねで今の自分が存在するわけだから。
再婚話が進んだのは、昔からの友人・テリー伊藤のテレビ番組で、彼が復縁のお膳立てをした感じかな。
あと、再婚が決まる前に軽井沢に別荘を建て始めていたの。都会が嫌になっちゃったときがあって、いろいろ番組も終わったし、急にテンション下がって気分を変えたかった。去年の9月、完成まで2年掛かって家が建ったけど、早苗の部屋もちゃんと用意していたんだ。
去年の夏に再婚が決まって今年の7月頃に籍を入れる予定。今、がんの治療をしているんだけど、その頃には落ち着いているだろうから、軽井沢で結婚式を挙げようと思ってる。今は式で着るドレスも考えているし、70代の老夫婦だけど、この先すごく楽しみなんだ。最初はお互い「籍を入れても入れなくてもいい」って思っていたけど、やっぱり籍を入れようと思う。経済的なことだけじゃなくて、精神的にも安心するし。今は別々に住んでるけど、彼女の存在は大きいよね。
── あえて別々に住まれているんですか?
小西さん:そういうわけでもないけど、僕の家は自宅兼事務所にしているし、自分の居場所もあって、一緒に住むなら改築しないといけないんだよね。彼女が近いうちにこっちに引っ越してくるとは言ってるけど、今は今で程よい距離感が保てるのかな。それに一緒に住むならインテリアも全部変えて迎え入れないとダメだよね。ふたりでまた新しい世界を作っていきたいから。
軽井沢の別荘も定期的に通ってるのは、そこなら早苗とふたりになれるから。東京でももちろん会えるけど、軽井沢なら誰にも邪魔されない。離婚から20年経って再婚が決まって、復活というより新しい時間を作っていこうと思ってる。
取材・文:松永怜 写真:ドン小西

