パワハラで部長職を降ろされても「部下のためを思った指導です」「この私が左遷されるなんて…」大手メーカー勤務の男性(53)を加害者にした“歪んだ思い込み”〉から続く

「社内でまだ少数の女性の管理職は周囲からチヤホヤされていますし、僕なんかが訴えても、取り合ってもらえませんよ」

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 そう語ったのは、女性上司への“フキハラ”を繰り返し、職場で厳重注意を受けたという当時27歳の男性だ。事情を聞くと、インターン時代にその女性上司から受けた理不尽な指示が強い影響を与えていた。しかし、原因はそれだけではなく……。


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 職場でのパワハラや家庭内の不和の背景には、他者や自分をケアする力が乏しいことに起因する男性の「生きづらさ」があるのではないか。そんな問題意識のもと、男性たちの葛藤にジャーナリストで近畿大学教授の奥田祥子さんが迫った『抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体』(朝日新書)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/最初から読む)

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インターンシップで「理不尽な指導」

 2018年の夏。ある企業が本社で3日間連続で企画したインターンシップで、参加学生一人ひとりがその日一日の体験と感想を発表する報告会。

「もっと大きな声で、はっきりと話してください」

「実践したことをちゃんと説明しないと……うまく伝わっていませんよ」――。

 当時大学3年生の横尾康司さん(仮名)は、人事部の女性担当者の指示に萎縮した。

〈「ちゃんと」「しっかり」と何回も指摘されるけれど、何が「ちゃんと」なのか、わかりやすく説明してくれないと直しようがない〉

〈「はっきりと話せ」と言われても、もともと滑舌が悪いんだから、仕方ないのに……〉

 そう心のなかで嘆きつつ、何とかこらえて全日程を終了。大学4年時にその会社の入社試験を受けて合格し、20年4月に入社した。第一志望の会社だっただけに、意気揚々として社会人のスタートを切った。しかし、インターンシップで女性社員から能力不足の指摘とも取れる発言を繰り返された苦い経験が、もともと女性とのコミュニケーションが苦手だった横尾さんの職場の人間関係に暗い影を落とすことになる。

 このインターンシップでのエピソードを横尾さんが打ち明けたのは、入社5年目の24年の夏。23年4月に総務部から異動してきて、人事部の新任課長になった女性上司と折り合いが悪く、同年秋頃から女性課長に対して無視したり、ふてくされた態度を取ったりすることを3か月続けた。この行為に対し、部長から厳重注意を受けたことをインタビューで話してくれた時のことだった。その女性課長が、大学時代のインターンシップで、横尾さんからすると「理不尽な指導」を行ったという担当者だったのだ。

互いに考えを伝え合えず、“フキハラ”に

 横尾さんの女性上司への態度は、職場で上司や同僚などに不機嫌な口調や態度を取り、相手を不快にさせたり、精神的苦痛を与えたりする“不機嫌ハラスメント(フキハラ)”であるといえる。だが本人に加害者としての自覚はなく、むしろ、過去のインターンシップでのつらい経験に加え、女性課長が上司になってからの指示の方法や不適切な発言の「被害者」という意識が強く、無視や怪訝な態度といった行動に出てしまったと説明する。

 厳重注意を受け、24年4月の定期人事で総務部に異動した。同年夏、27歳の横尾さんは、うつむき加減で時折言葉に詰まりながらも、こう思いの丈をぶつけた。

「女性課長に取った態度は反省していますが……課長はインターンシップで僕を指導したことも覚えていなくて……。課長になったばかりで正直、指導力不足というか……仕事の指示もわかりにくく、3年前から人事部にいる僕の考えを聞こうともせず、一方的に命令してきたんです。そ、それに……『男なんだから、もっとしっかりして』とか、しょっちゅう言われて……やっぱり変わっていないなと……。なんか、悔しさや怒りを通り越して、何もやる気が起こらなくなってしまったんです……」

「女性課長に、指示された内容が理解しにくいので、わかりやすく説明してほしい旨、伝えなかったのですか?」

「…………」

「女性課長の言動について、誰かに相談しましたか?」

「社内でまだ少数の女性の管理職は周囲からチヤホヤされていますし……周りは見て見ぬ振り、だったんじゃないかな。とても相談できる状況ではありませんでした。それに……僕なんかが訴えても、取り合ってもらえませんよ」

「無視やふてくされた態度を取って、女性課長はもとより、部署内の雰囲気が悪くなって職務の遂行にも影響するとは考えませんでしたか?」

「……うーん、考える余裕はありませんでしたね。向こうがそうなら、こっちも……という感じでしょうか……自分の考えや要望を率直に伝えられれば、良かったんでしょうけれど……無理でした……。あの課長が異動してくるまでは、職場の人間関係も比較的良くて、人事の仕事にそこそこやりがいを感じて働くことができていたので……異動させられたのは無念でなりません」

 横尾さんは厳重注意を受けた際、女性課長の不適切な発言などについて訴えたが、彼が実質的な左遷人事となったのに対し、女性上司側は厳重注意も懲戒処分も対象にはならなかったらしい。横尾さんのハラスメント行為が比較的可視化されやすかったのに比べ、管理職経験に乏しい女性課長が彼に対して「男なんだから……」などと日常的に話していたことはジェンダー・バイアスのかかった差別的言動ながら、問題視されにくかった可能性が高い。

 フキハラの背景にある加害者、被害者双方のケア力欠如の問題と、そこに至る社会的、心理的な要因について、インタビューを始めた数年前にさかのぼって考えてみたい。

「ツイフェミ」がきっかけで女性が苦手に

 横尾さんを初めて取材したのは、2020年の夏。入社1年目の若手社員がコロナ禍のテレワーク、リモートワークにおいて、どのように仕事に取り組み、また戸惑いなどを感じているのかを探るのが狙いだった。彼は当時から人事部に所属していた。

「逆に、助かって、います……」

 ささやくような声で、いっこうに視線を合わせようとしない。入社直後からコロナ禍に見舞われ、上司や先輩とのコミュニケーションに不安はないかという質問の答えが、それだった。緊張していたせいもあっただろうが、マスク越しでも対人関係が苦手そうな様子が伝わってくる。

「助かっているとは、どういうことでしょうか?」

「そ、そうですね……。入社してから、職場の人たちとの人間関係をどう築いていけばいいのかわからず、少し悩んでいたので……今のように在宅勤務中心で、週に1日か2日だけ出社するほうが、面倒じゃないというか……」

「職場の人間関係で悩む原因は何か、教えてもらうことはできますか?」

「あのー……女性とやりとりするのが苦手で……同じ人事部で入社年次が少し上の女性の先輩たちの『しっかりやってね』『これ任せて大丈夫だよね』などという念押しがどうも苦手で……悩んでいたら、ちょうどタイミングよくコロナ禍になって、常に顔を合わせなくてもよくなったので……」

「具体的にどういうところが苦手なんでしょうか?」

「実は……そ、そのー、大学時代にさかのぼってしまうんですが……」

 たどたどしい話し方ながら、懸命に説明してくれた、女性を苦手になるきっかけとなった出来事が、学生時代に女性たちから受けたツイッター(現X)での攻撃だった。

「大学に入学して間もない頃、何気に、『女性は得だな』とつぶやいたら……あのー、反論だけでなく、誹謗中傷の嵐で……。最初は自分の考えをコメントとかで返していたんですが、怖くなってアカウントを削除しました。それがトラウマみたいになって……日常生活でも女子学生とは距離を置くようになったんです。SNSでなぜ、相手の考えを聞こうともせずに、同じ意見の人ばかりが集まって攻撃するのか。本当につらかったです……。そ、それから……あっ、いや……」

 フェミニズム本来の思想や目的を超え、男性への非難が過激化した「ツイフェミ(ツイッター・フェミニズム/フェミニストの略語)の影響もあると考えられた。ソーシャルメディアの負の側面であるエコーチェンバー現象の被害者であったともいえるだろう。

 女性とのコミュニケーションが苦手になった要因について、ほかにも話したいことがあるように見受けられたが、この時は質問しても答えてはくれなかった。その出来事が冒頭で紹介した大学3年時のインターンシップでのつらい経験だったのだ。

「自分よりも先に相手のことを」

 横尾さんの勤める会社は中小メーカーで社内のICT(情報通信技術)環境の整備が十分ではなかったこともあり、最初の取材から3か月ほど経った2020年秋には、ほぼ対面での通常業務に戻った。

 定期的に話を聞いていたなかでも、職場の上司や先輩とうまくコミュニケーションを図れるよう、努力を積み重ねている様子が伝わってきた。

 指示やアドバイスの内容などで理解しづらい点については、「勇気を出して自分から尋ねるようにしていたら、少しずつですが、対面での仕事に慣れてきたように思います」などと語り、時を重ねるにつれ、女性社員も含めて職場の人間関係の苦手意識を克服しつつあるように見えた。

 ところが、23年春から急に連絡が取れなくなる。そして、24年夏のインタビューで、この間に女性課長からの指示を無視するなどのハラスメントを行ったとして厳重注意を受け、24年春の定期人事で総務部に異動になっていたことを知るのだ。

 現在、総務部で備品管理や会議室の予約調整などの業務を担当している。25年の晩秋、28歳の横尾さんは、職場の人間関係やハラスメントが起きる背景などについて改めて考えを話した。

「僕が女性課長に行った行為を反省していますが、彼女の言動は不適切だったと今でも思っています。あの出来事があってから、改めて職場の人間関係やコミュニケーションのあり方について深く考えるようになりました。難しいことで、僕もあの人(女性課長)もできなかったことですが、自分よりも先に相手のことを考えることが重要なんでしょうね」

 わずか1年余りの間に内面的な変化があったことがうかがえた。

「備品の補充で社内の各部を回っていると、職場によって活気のあるところとそうでないところがあるんです。どこでボタンの掛け違いが生じたのか、なんて大きなお世話かもしれないですが、う、ふふ……考えたりしちゃいます。いつかまた、人事部に戻れたら、風通しの良い、ハラスメントのない職場作りに取り組みたいのですが……」

 もう、以前のように言いよどんだり、伏し目がちになったりすることはない。こちらに視線を向け、思いを語った。

(奥田 祥子/Webオリジナル(外部転載))