「坑夫」単行本化の申し出を断った書簡

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 日本近代文学を代表する文豪、夏目漱石(1867〜1916年)の全集未収録の書簡2通が確認された。

 新聞に連載していた小説「坑夫」について、自社からの単行本の刊行を求める出版社の申し出を断ったものとみられる。内容からは漱石の人気ぶりや多忙な様子がうかがえる。

 2通の書簡は、枠外上部に「漱石山房」と刻印された漱石愛用の原稿用紙に書かれている。封筒も残っており、宛名は2通とも、東京の出版社・新橋堂の野村鈴助となっている。

 1908年(明治41年)3月9日消印の書簡では、朝日新聞で当時連載していた「坑夫」が、小説「野分(のわき)」と共に、漱石作品を多く刊行していた出版社・春陽堂から出版する予定だと記されている。その上で、「万一春陽堂より出さぬ事も相成る事も有之候へば改めて御相談を願度候」と丁重に断っている。この年、春陽堂から両作品を収録した小説集「草合(くさあわせ)」が出版されており、野村の希望はかなわなかった。

 10年3月2日消印のもう1通は、出版に関して面会を希望されたことへの返信とみられる。漱石宅に門下生が集った「木曜会」で知られる木曜日以外は面会を謝絶しているとし、書面で用事を伝えてほしいと記している。

 秀明大名誉学長の川島幸希さんが3月、インターネットオークションで入手し、筆跡などから漱石の直筆と断定された。川島さんは「出版社がこぞって本を出そうとした漱石の人気ぶりや、人気作家に食い込むことが今と変わらず難しいとわかる貴重な資料だ」と話している。