海上自衛隊「ペルシャ湾、機雷除去作業188日の真実」…ホルムズ海峡で緊迫、日本が誇る「掃海屋」たちの”知られざる戦い”を明かす!

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イランにより事実上封鎖されたホルムズ海峡。商船への戦艦護衛も遅々として進まず、世界の原油供給にダメージを与え続けている。そんなホルムズ海峡には、1991年の湾岸戦争停戦後、敷設された機雷除去のため海上自衛隊の掃海艇が派遣された。隊員たちは最も難しい海域で一人も犠牲者を出すことなく任務を完遂し、機雷処理技術のレベルの高さを世界に知らしめた。国際貢献のパイオニアと言われるゆえんだ。

このほど、未踏の“魔の海”で行われた機雷除去活動など188日の全容を描いた「ペルシャ湾の軍艦旗」(碇義朗著、光人社NF文庫)の電子版が緊急復刊され、話題になっている。日本のエネルギー安全保障に直結するペルシャ湾で繰り広げられた日本が誇る「掃海屋」たちの戦いを綴った同書から一部抜粋・再構成してお届けする。

「正体の知れない機雷、なぜ我々を潜らせるのか?」 掃討戦前夜の白熱した議論

明日からいよいよ機雷掃討戦に入るという六月一八日夜、各艇では機雷処分法について艇長からの説明があったが、当然ながら栄えある明日の処分第一号を任かされることになった掃海艇「ひこしま」でも、白熱する真剣な議論が交わされた。

狭い掃海艇とあって話し合いは食堂で行なわれたが、艇長の新野浩行一尉が「明日からは掃海具による掃海を止めて、機雷掃討に移行する。ソーナーで探知した目標に対してはEOD(水中処分隊)が潜って機雷の機種を確認し、状況によっては爆破作業もEODによって行なう」と言ったところから、狭い食堂内が騒然となった。

掃海部隊では硫黄島で毎年、実機雷による爆破訓練をやっているが、爆破とともにものすごい水柱が上がり、もし自分のフネがやられたら木っ端みじんになるだろうと、機雷の恐怖をまざまざと感じさせられる。この場合、様子の分かっている機雷を自分たちで敷設して処分するのだからまだいいが、ペルシャ湾で対する相手はよく分からないところが不気味だったのである。

「艇長、我々はまだ敷設された機雷がどんなものであるか、実物を見たことがない。そんな正体の知れない機雷に対して、なぜ我々を潜らせるのか?」

「これまでは安全第一だから、絶対に許可なく潜ってはいけないと言っていたではないか」

口々に言い寄るEODたちに対して、「これまで磁気・音響掃海具で何十回となく掃海をやっても反応しなかったのだから安全」と言って、新野艇長は絶対に自説を変えようとしない。正体不明の機雷に対して初挑戦をしようというEOD隊員たちにしてみれば、「命令だからやる」というのではなく、機雷処理のプロとして納得の上で作業に臨みたいし、日本掃海部隊の名誉にかけても処理第一号は絶対に成功させたかったからだ。

機雷処理第一号 「スローモーションビデオを見るように50メートルの水柱が上がった」

各艦艇の上から見守る乗員たちも、爆破数分前ごろから処分の成功を期待し、皆一様に無口になる。

「発火一分前!」「発火三〇秒前!」。 スピーカーから冷静な掃海幕僚藤田二佐の声が流れ、やがて最後の秒読みに入った。「一〇、九、八……二、一、発火!」

その瞬間、水中から二度にわたって腹にひびくような爆発音が伝わり、海面が泡立った。

「スローモーションビデオでも見るように、ゆっくりと水柱が上がって来た。高さ、幅とも約五〇メートルに達する、高くて形もいいみごとな水柱だった」(新野)

この瞬間を待ち望んでいた各艦艇から歓声が上がり、「ひこしま」から「発火成功。機雷は殉爆したものと思われる」との報告があり、一〇二五に行なわれた爆破後の調査のための潜水によって、目標が完全に爆破処分されたことが確認された。

夜間、不審船の接近音に戦慄

ペルシャ湾掃海派遣部隊は、大任を果たして全員、無事帰国した。五一一名の隊員が一人も欠けることなく帰国できたことは、間違いなく大偉業だ。しかも彼らは遅れて出て行ったがゆえに、残されたもっとも難しい海域を当てがわれたにも関わらず、処分機雷数三四個、掃海面積一二〇八平方マイル(三一二九平方キロ)という輝かしい成果を挙げた。

もとよりこの数字は指揮官以下五百余名の隊員たちの高い技術と士気によって得られたものだが、反面、様々な弱点も露呈された。その第一は部隊編成の艦種構成だ。掃海母艦、補給艦各一隻、掃海艇四隻の合わせて六隻のうち、艦隊を守るべき砲は掃海母艦「はやせ」の三インチ連装速射砲一門だけで、あとは二〇ミリ多銃身機関砲が「はやせ」と各掃海艇に一丁ずつあるだけ。これではフィリピン近海やマラッカ海峡に出没する海賊艇はおろか、きわめて危険な存在だったペルシャ湾のイラン革命防衛隊に属する高速艇の襲撃に対しても十分とはいえない。

現に夜、掃海海域の外側に仮泊していたわが掃海部隊に高速艇が接近してきたことがあったが、イランが日本に対して好意を抱いていたことが、日本掃海部隊への襲撃を思い止まらせたと考えられる。しかし、正体不明のフネの接近は決して気持ちのいいものではなく、さる若い海士長は、帰国時の新聞記者の「不安、危険を感じたことは」

という質問に対し、「夜、不審船の音にぞっとした」と答えている。

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