帝京・金田優哉監督(C)日刊ゲンダイ

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【2026年春のセンバツ 監督突撃インタビュー】

【監督インタビュー】元プロ野球選手の九州国際大付・楠城祐介監督に聞いた「給料」「世襲の損得」「指導法」

 金田優哉監督(帝京/40歳)

 24日は帝京(東京)が中京大中京(愛知)と対戦する。初戦で昨夏の優勝校でメジャーも注目する左腕・末吉良丞(3年)を擁する沖縄尚学(沖縄)を撃破。長年チームを率いてきた前田三夫前監督(76)が2021年に退任。後を託され、16年ぶりのセンバツ出場を果たした青年監督を直撃した。

  ◇  ◇  ◇

 ──末吉を擁する沖縄尚学に勝利。

「開幕戦という組み合わせに加えて、16年ぶりの出場で誰も甲子園を経験していない難しさはありました」

 ──沖縄尚学は昨夏の王者です。

「抽選会で当たったときから、『夏の優勝校と試合ができるぞ』と選手には言っていました。末吉くんはかなりの好投手。チャンスはつくれても、ギアが上がったときのボールがなかなかちょっと打てなかった。ボールの質は凄かったですね」

 ──前田前監督の後任というプレッシャーはありますか?

「それは常にありますよ。でも、それ(監督が重圧を感じていること)を選手たちに感じさせてはいけない。そんな中でも甲子園にまた来られたというのは自信になります」

 ──前田前監督からアドバイスなどは?

「特にありません。『思い切ってやれ』とは言われました」

「監督の難しさはコーチと全然違う」

 ──監督就任の経緯を教えてください。それまでは帝京でコーチを務めていましたが、なぜ金田監督が後任に選ばれたのですか?

「そのあたりの事情は私にもわかりません。前田さんもいろいろ考えがあったのでしょう。ただ、打診の際はすでに退任を決めていた前田さんに、『俺は辞めるから後を頼むぞ』と言われたんです。これがもし、『辞めようと思うんだけど、後のことを……』と言われたら、いやいやもう少しお願いしますよ、と言っていたと思います(笑)」

 ──金田監督は筑波大を卒業後、一般企業に就職してから再び高校野球界に復帰した。

「大学卒業後も選手としてプレーしたかったんですが、それができず……。例にならって就職活動し、2年間、野球とは無縁のサラリーマンをしていました。でも、やっぱり野球、高校野球で勝負したいという思いが強くなってきた。母校に戻ってこれたことは本当に幸せですね」

 ──監督業の難しさは。

「コーチとは全然違いますね。常に全責任を負って、勝ちに導かなければいけない難しさがある。幸い、ウチはコーチたちがかなり考えて私を支えてくれています」

 ──19年に学生寮が完成。有望選手は増えましたか?

「遠方の子を勧誘しやすくなったのは利点ですね。私の頃は全員が通い。私も家から学校まで2時間弱かけて通っていましたよ」

 ──監督が地方に勧誘に行くことはありますか?

「場合によっては行きますよ。ウチにはスカウトなどのスタッフがいないので……。ただ、寮ができて全国から選手が集まってきたからといって、すぐに甲子園に出場できたわけではありません。その意味では甲子園出場の壁を破ってくれた子たちに感謝ですね」

 ──これまでの苦戦の理由は?

「ひと言では言えませんが、周囲の学校、高校野球全体のレベルが上がっている。東京都もベスト8、いや、ベスト16あたりはどの学校も実力差はほとんどない、紙一重だと思っています」

(聞き手=阿川大/日刊ゲンダイ)