流行語から読み解く中国社会(第3回)寝そべりを意味する「躺平」の変質とともに加速する非婚化
日本では報じられることが少なく、理解が難しい中国社会の実態。中国の流行語を振り返りながら読み解いてみたい。今回は2021年に流行した「躺平(タンピン)」を取り上げる。
躺平とは「寝そべり」という意味。当時は「競争からの脱落」という意味として紹介されていた。当時の印象で、この言葉にネガティブな印象を抱く方も少なくないかもしれない。
しかし実のところ、この言葉は現在において肯定的な意味をも内包する言葉へと反転している。
もともと、この言葉はネット用語の躺平任嘲(寝そべって嘲笑に任せる)から派生。批判されても抵抗せず、現状を甘受する自虐的なニュアンスを含んでいた。
そして、2021年の頃から「寝そべり」は限られたパイの中で努力をしても見返りが得られない激烈な競争(内巻)への反動として、欲望を最小限に抑える思想に変質していった。
当時からすでに、996(朝9時から夜9時、週6日勤務)に代表される労働環境、不動産価格の高騰、高学歴化による就職難などが、従来の「努力すれば報われる」という神話を揺るがしていることが現実として認知されていたのである。
では実際に「寝そべり族」はどの程度いるのだろうか。2023年に中国人民大学などが実施した「中国青年発展調査」のデータによれば、完全に競争から離脱し、最小限の生活を送る「寝そべり族」は18歳から35歳の年齢層の12.8%を占めることが分かっている。
依然として目標に向かって努力を続ける層は58.7%、競争と寝そべりの狭間で葛藤する層が28.5%と、若者の実像は一様ではないが、数字上からも確実に競争社会からの離脱を選ぶ若者が存在していることが分かる。
離脱を選ぶ若者…結婚登記数は最低を記録
「寝そべり」が最も端的な形として現れているのが中国で進む非婚化である。
2024年の結婚登記数は610.6万組で、2013年のピーク(1346.9万組)から54.7%落ち込み、1978年以来の最低を記録した。これには「寝そべり」と中国の伝統的な結婚の価値観との矛盾が影響している。
「寝そべり」の本質は、過度な競争から降り、自身の消費レベルを最小限に抑えることで生存のハードルを下げることである。
一方で、中国における伝統的な結婚は、不動産の所有、自家用車、結納金、そして多額の挙式費用など、人生最大の消費を前提としている。
「寝そべり」を選択し物質的欲望をカットした若者にとって、多額のコストがかかる結婚は自分の哲学と最も対極に位置するイベントとなる。実際に、結婚を諦める若者のなかで月収約10万円(5000元)以下の割合は約7割を占める、というデータもある。
結果として、彼らは結婚を諦めるのではなく、最初から選択肢として消すことになる。
「寝そべり」の進化系、ゼロ負債ブーム
2026年のいま、流行している言葉がゼロ負債人(零負債人)である。これは高額な自動車や不動産購入、教育投資を維持するための長期ローンを放棄する人々を指す。
これは「寝そべり族」から見ると、同世代が、住宅や自動車のローンに苦しむ姿を目の当たりにすることで、彼らが持たないことの強さを確信するようになった結果である。
ローンが無いということは理不尽な仕事にいつでも別れを告げられる。辞める権利を握っていることに他ならない。彼らは、消費主義が煽る見栄や虚飾を捨て、自分の手元にあるキャッシュフローと、誰にも邪魔されない自由を優先する道を選んだのである。
かつて「寝そべり」は競争からの脱落という意味を持つ、どちらかと言えば否定的な言葉だった。
しかし意味のない競争(内巻)が熾烈になり、それが本当に意味のないものだと広く認知されていくなか、「寝そべり」はシステムに縛られない積極的な自己防衛策として、ポジティブな意味に変化しているのである。
文/下川英馬 内外タイムス
