高石あかり

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欠かせなかったテーマ

 朝ドラことNHK連続テレビ小説「ばけばけ」は終盤に入った。複数のテーマの中で大きなものは「ウソ」と「差別」。モデルを小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)に決めた時点で、この2つをテーマにすることも確定していたのだろう。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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【写真】ミニスカートから“生足”が…「朝ドラとは別人」のような高石あかり

 セツの著書『思い出の記』(1927年)などによると、ハーンは正直な人間を好み、讃えた。ウソを吐く人間を嫌った。また米国時代は差別に苦しめられたことが知られている。当時違法とされていた黒人女性と結婚したことから、職場の新聞社を追われた。

高石あかり

 ドラマはドキュメンタリーではない。史実に脚色を加える。ただし「ウソ」と「差別」はセツとハーンをモデルとする物語をつくるにあたり、決して外せないテーマだと作者・ふじきみつ彦氏(51)と制作陣は考えたのだろう。

 第21回(昨年10月27日)から登場したレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)の通訳兼世話役で、やがて親友となる錦織友一(吉沢亮)は学歴詐称、資格詐称というウソを吐いていた。本人が第95回(2月13日)で告白した。

 錦織のモデルである西田千太郎は島根県松江市が生んだ大教育者。秀才であったうえに勤勉で、過去の粉飾などしていない。ハーンが「少しも卑怯者の心ありません」(『思い出の記』)と讃える正直者だった。

 ふじき氏が錦織に過去を粉飾しているという設定を与えたのはなぜか? ウソというものが一括りに出来ず、さまざまな理由があることを考えさせるためではないか。この物語の縦軸にあるのはウソである。

 初回(昨年9月29日)からウソが描かれた。ヒロイン・松野トキ(高石あかり)の出自である。本当は元士族の雨清水家から同じく元士族の松野家への養女だったが、父・松野司之介(岡部たかし)と母・フミ(池脇千鶴)はそれを本人には伏せた。松野家側が血を分けた親子と同じように育てるつもりだったからで、やむを得ないウソだった。 

 だが、大きなウソはいつかバレる。出自のウソも第15回(昨年10月17日)、雨清水家の3男でトキの実弟である三之丞(板垣李光人)が明かしてしまう。本人と父・傅(堤真一)の前だった。

 トキは「もう知っちょるけん」と泣いた。誰も傷つけたくないから、騙されている振りを続けていた。すると傅はトキに対し、騙され続けるよう命じる。

「お前はワシとタエの子じゃない。松野司之介とフミの子じゃ。これからもずっと」

 傅はトキが可愛くてたまらなかったが、司之介とフミのためである。情を押し殺し、筋を通すためのウソだった。元士族らしい。直後に傅は亡くなる。

 第31回(昨年11月10日)、トキは花田旅館で働くと松野の両親にウソを吐き、ヘブンの女中になった。外国人宅の女中はラシャメン(外国人の妾)と誤解されるため、心配させまいとした。相手を思うがゆえのウソである。

 女中になった目的は報酬しかなかった。月給20円。生母・雨清水タエ(北川景子)が物乞いをするほど困窮しているのが酷く悲しかった。傅からは「お前はワシとタエの子じゃない」と言い聞かされていたが、その言葉で割り切れるほど人間は乾いていない。

 三之丞に半分の10円を渡した。どれだけ実母と実弟を思っていたかが分かる。それでも自分からの金であることはタエには伝えぬよう強く念を押した。なぜ、そんなウソを吐かせたのか。三之丞の面子もあるが、タエを傷つけたくなかったからである。養女に出した娘に世話になるのは誰だって気が引ける。ましてタエは気位が高い。

ウソが縦軸だった

 ウソはまだまだあった。松野家はトキの初婚の相手である山根銀二郎(寛一郎)に莫大な借金があることを隠した。このウソなどが理由になって、銀二郎は第16回(昨年10月20日)、家を出る。タチの悪いウソだった。

 ヘブンもトキから借金のことと雨清水家との関係を知らされていなかった。2人は結婚間近だったが、このウソにより、破断になってしまいそうになる。第69回(1月8日)だった。怒るヘブンをなだめたのは錦織である。こう言った。

「本音と建前で、日本の文化です。おトキさん、あなたとうまくやりたい。だから隠し事をしています」

 確かにトキはヘブンに嫌われたくなかった。だが、ヘブンには理解できない。第70回(1月9日)、松野家と雨清水家が一堂に会した家族顔合わせの席で、ヘブンはウソを指摘し、トキと三之丞に事実を正直に告白させた。

 ウソが縦軸になった物語のヤマ場は錦織の告白だった。錦織は自ら進んで松江に帰郷したわけではない。中学教師認定の試験に落ちたあとは東京にいた。「大盤石」と呼ばれ、地元の期待を一身に背負っていたから、戻りにくかったのではないか。 

 帰郷させたのは島根県知事の江藤安宗(佐野史郎)である。ヘブンの世話をさせるためだった。英語が堪能だったからだ。錦織を帝大卒にしようと言い出したのも江藤ではないか。箔を付けるためである。ただし、同調した錦織も非は免れない。

 第21回(昨年10月27日)、トキは4年ぶりに錦織と再会した。最後に2人が会ったのは第16回(同20日)。錦織が中学教師認定の試験を受ける直前だった。このため、トキは何気なく「試験のほうは?」と尋ねた。

 すると錦織は表情を硬くし、こう答えた。「よくおぼえているな。一応は……」。酷く歯切れが悪かった。合格したとは言っていない。錦織は本来、ウソが苦手なのだろう。

 錦織がヘブンや生徒たちにウソを告白した第95回は重苦しかった。ウソが嫌いなヘブンもさすがに錦織は責めなかったが、この時点ではウソを明かした真意が分かっていない。だから「江藤さんに校長になれるよう頼みに行きましょう」と錦織を誘い、断られた。錦織は「そんなことじゃないんで」と言った。ウソを吐き続けてきた自分に嫌気が差したのだ。

 第96回(2月16日)、舞台が熊本に移ると、一転して雰囲気が軽薄になった。落ち込んでいるのは「熊本には書く題材がない」と嘆くヘブンくらい。劇作家出身のふじき氏らしい極端なまでの場面転換だった。

 そして第98回(同18日)、一見意味のない網騒動が起こる。パンを焼くための網が見当たらなくない。ヘブン家の住人7人のうち誰かが盗んだり、隠したりしたのか。住人はお互いを疑い、険悪な雰囲気になる。

 住人はヘブン、トキ、司之介、フミ、さらに女中のクマ(夏目透羽)、松江から付いてきた書生の正木清一(日高由起刀)、同じく錦織丈(杉田雷麟)である。

 司之介とフミは相手が怪しいと睨み、口論になる。焼き網を管理していたクマは家内の雰囲気が悪くなった責任を痛感し、出ていくと言い出した。

 そして節目の第100回(2月20日)、丈と正木は「自分の懐中時計もない」「財布がなくなった」とウソを吐き、全員が潔白であることを証明する。家内に和やかな雰囲気が戻ると、全てを悟ったヘブンは大声を上げる。

「私、ウソ嫌い。でも2人、良いウソ。素晴らしい! 熊本、何もない、それもウソ。日本人の心、あります!」

 ヘブンはウソが一括りに悪いことと言えないことに気付いた。これを第100回に持ってきたのは計算ずくだろう。

慎重に描かれた差別

 差別は婉曲かつ慎重に描かれた。松野家は第5回(昨年10月3日)、大橋川の北側から南側に移り住んだ。長屋である。没落士族など貧しい者が住んでいた。松野家の場合、司之介がウサギ事業の借金を背負ったから。トキは10歳だった。

 トキの幼なじみ・野津サワ(円井わん)も南側の住人だった。父親不在で貧しかったからだが、誇り高く、いつか自分の力で川の向こう側に行こうとしていた。トキもそうだったが、その思いはサワのほうが強かった。

 隣接する遊郭を毛嫌いしたのもサワ。トキは程なく遊女・なみ(さとうほなみ)と親しくなるが、サワは遠ざけた。錦織も遊郭を嫌った。第22回(昨年10月28日)、来日したばかりのヘブンが遊郭街に迷い込むと、自分からは街に近づかず、トキに連れ戻してくれるよう頼んだ。

 もっとも、やがてトキ、サワ、なみは友人のような関係になる。ふじき氏がこの物語で絶対に描きたかったことではないか。史実に沿うなら、この設定は不要なのだ。なみは農家の出身。元士族の生まれではない。この点でもトキ、サワとは違う。なみは8人きょうだいの長女。遊女として働き、弟と妹を育てていた。

 第78回(1月21日)、なみは裕福そうな男・福間(ヒロウエノ)に求婚される。だが、返事を留保した。「天にものぼる気持ちではございますが、怖いのでございます」。あまりに不幸が長いと、自分に幸せが訪れることが信じられなくなるのだろう。

 それでも第81回(1月26日)になみたちは結婚。トキは大いに祝福した。南側に残されるサワは複雑だったが、もちろん祝った。なにより大きかったのはなみがトキとサワの幸せを心底願ったこと。もう3人に境目はない。すっかり友人だ。

 第53回(昨年12月10日)、ヘブンが、自分に思いを寄せる島根県知事の娘・江藤リヨ(北香那)に対し、米国時代の結婚歴を明かす。相手の女性は黒人の血を引いていた。その土地では異人種との結婚は違法だったため、ヘブンは新聞社を追われる。祝福されない結婚に2人は深く傷つき、別れた。ハーンと同じである。

 第87回(2月3日)、トキは松江の人に石をぶつけられた。ラシャメンと誤解された途端、人々の目が一変した。一番恐ろしかったのは普通の人たちの態度が瞬時に豹変したことだった。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部