店主「息子夫婦を呼び戻して店を継がせた」…人口9,700人・平均給与約754万円、山梨県忍野村に起きた「村民の高所得化」の真相【お金持ちの地方の実態】
日本でお金持ちが多い場所と聞くと、東京や大阪、横浜や神戸など、大都市をイメージする人が多いのではないでしょうか。しかし、日本にはあまり知られていない“お金持ちの村・町”が数多く存在します。山梨県南都留郡忍野村(おしのむら)もそのひとつです。人口わずか1万人足らずの小さな村の平均所得が高い理由とその“危うさ”について、経営コンサルタントの鈴木健二郎氏が、住民の声を交えて解説します。
富士山麓の村を変えた"黄色い巨人"の存在
富士山の北麓、山梨県南都留郡忍野村(おしのむら)。
人口約9,700人のこの小さな村は、世界文化遺産「忍野八海」を擁する観光地として知られるが、実は“もう一つの顔”がある。それは、産業用ロボット世界大手・ファナック株式会社の本社と主力工場群だ。
富士山麓に黄色い建物群が整然と並ぶ光景……このファナックという"黄色い巨人"の存在こそが、忍野村を全国でも稀に見る「高所得の村」へと変貌させた原動力である。
2024年の市町村別平均所得ランキングで、忍野村は全国19位(平均所得568万円、給与換算約754万円※)にランクインした(ZEIMO「2024年(令和6年)市区町村別所得(年収)ランキング」より)。1990年代まで全国500〜600位台だったが、2000年代以降は100位以内へ浮上。2015年以降は安定的にトップ20入りを果たしている。
※給与換算とは……本記事の平均所得は、税務統計に基づく「課税所得額」である。一方、実際の給与額に近い水準に補正するため、社会保険料や給与所得控除を逆算した概算値を「給与換算額」とした。
この劇的な変化の背景にあるのが、ファナックだ。1980年に東京都日野市から本社を移転。2010年代以降、世界的な工場自動化(Factory Automation:FA)ニーズの高まりで業績が急拡大し、村の経済構造も大きく変わった。
村民の4人に1人はファナック関係者
村役場の職員はこう語る。
「正確なデータがあるかわかりませんが、村民の4人に1人はなにかしらファナックの関係者と言われています。村の財政も安定していて、地方交付税はゼロ。道路や教育施設、子育て支援も充実させることができています」
ファナックの平均年収は1,164万円(タレントスクエア「2024年度ファナック平均年収」より)。この高給与が、村全体の平均所得を押し上げているのは明らかだ。また村の財政力指数は1.30で、出生率も1.9超と全国平均を大きく上回る。
村の経済構造は大きく変わった。地元で30年以上営業する飲食店の店主はこう話す。
「平日のランチタイムに、ファナックの社員さんが団体で来られることも多い。注文の単価も地元の人より高めで、おかげで売上も随分上がって、息子夫婦を呼び戻して店を継がせることができました」
村内や周辺地域では、ビジネスホテルや居酒屋が増加。観光客向けではなく、「働く人向けの経済圏」が形成されている。所得格差は存在するが、村全体として"共生"の形を生み出していることは事実だ。
企業誘致の本質を問う――“忍野村モデル”が示唆する地方戦略
忍野村の成功は、単に「大企業を誘致した」ことではない。「そこで働く人々の生活全体」を支える視点で地域づくりを進めた点にある。
第一に、企業誘致は「雇用・税収・定住」の三位一体で設計すべきだということ。多くの自治体は法人税収や雇用創出に目を向けがちだが、忍野村が示したのはそれを超えた複合的効果だ。高所得者層が定住することで住民税が増加し、彼らの消費が地元の飲食店や小売店を潤す。若い世代が増えれば保育・教育施設が充実し、さらに人を呼び込む好循環が生まれる。この「働く人の生活全体」を見据えた戦略こそが、持続的な地域活性化を生む鍵となる。
第二に、「高給与還元企業」の誘致が地域経済に与える影響は絶大である。ファナックは「利益を社員に積極還元する」方針を貫いてきた。単に大企業を誘致するだけでなく、「どんな給与水準・雇用方針の企業か」まで見極める戦略眼が自治体には求められる。高給与が地域で消費されれば、その経済効果は法人税収をはるかに上回る波及効果を生むだろう。
第三に、インフラ整備と企業定着を一体で進める重要性だ。忍野村は独身寮・社宅整備を後押しし、交通インフラや光回線を積極整備した。企業が「ここで長く事業を続けたい」と思える環境を整えることで、一時的な誘致ではなく、持続的な共生関係を構築できる。
地域を変える力とその“危うさ”
忍野村モデルは、地方都市でも応用可能だ。成長企業の本社・研究所誘致、スタートアップ集積、IT企業サテライトオフィス誘致など、「高所得層⇒定住⇒地域消費⇒所得増」の循環を作れば、地域経済は変わる。
重要なのは、企業誘致を「点」ではなく「面」で捉え、生活環境・教育・インフラを含めた総合的な地域戦略として設計することだ。
地元で食料品店を営む女性はこう話す。
「昔は若い人がどんどん都会に出て行った。でも今は子どもの声が聞こえるし、若い夫婦が『この野菜、おいしいですね』と笑顔で言ってくれる。ファナックの人たちと地元民の給料は全然違うかもしれないけど、村が元気になったことは間違いない」
忍野村は、「企業が地域を変える力」を証明したモデルケースだ。一企業の本社移転が、40年以上の時を経て、村全体の経済構造を変え、次世代を育む土壌を作り出した。
一方、一企業依存のリスクも見逃せない。忍野村の経済はファナック一社に過度に依存しており、同社の業績悪化や移転があれば村全体が大打撃を受ける。
忍野村は今後、他企業の誘致や観光業の高付加価値化、起業支援など、経済基盤の多角化が持続可能性を高める鍵となる。
富士山麓の小さな村の物語は、地方創生の希望でもあり、警鐘でもあるといえるだろう。
鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー
