左からNECの森田隆之社長、JR東日本の喜勢陽一社長、ラグビー・リーグワンの玉塚元一理事長【写真:つのだよしお/アフロ】

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太田治GMに聞くグリーンロケッツ譲渡の裏側

 チーム譲渡の危機から、来季JR東日本傘下のチームとして再始動するラグビーリーグワン2部のグリーンロケッツ。前編では社員選手として34歳になった今季もプレーを続けるFL大和田立の思いを聞いたが、チーム幹部はどんな思いで移譲を受け止め、チーム存続へ協議を進めてきたのか。選手、監督としてチームに携わり、日本代表、リーグワンでも運営サイドで尽力してきた太田治GM(ゼネラルマネジャー)に話を聞く。

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 名称は変われどチームの存続は決まった。GMとして大きなハードルを乗り越えた太田治はこう振り返った。

「なによりシーズン開幕前に決まったことが良かったという思いでした。未確定のままのスタートだと、選手にとってはモヤモヤしたものがあったはずですから。次があるというのは彼らのモチベーションを含めて、チームを預かる側としても非常に有難かった。12月中に決まればいいと思ってはいましたが、こればかりは2つの企業間での遣り取りでしたから。喜㔟陽一社長を始めJR東日本側のご配慮、NECの森田隆之社長もよく社内をまとめていただいて、考えた以上に早く決まったのは安心しました」

 名門・秋田工高―明治大学と大型PRとして活躍。日本代表でも1991、95年ワールドカップに出場と、選手としての足跡を残してきた。NECでは監督としてチーム初のタイトルも獲得するなど、その足跡は“ミスターグリーンロケッツ”とも称していい。その後、日本ラグビー協会へ出向して日本代表GMやリーグワンでも常務理事を務めるなど、グラウンド内外の様々なポストでラグビーに関わって来た。古巣のグリーンロケッツGM就任2シーズンで今回の譲渡話に直面したが、実際はマネジメント幹部ポストながら寝耳に水の出来事だったという。

「僕の場合は社員としての復職ではなくGMとしての(専従)契約ですから、本社の役員レベルで話し合われていた移譲話はなかなか降りてこなかった。でもNECで育ってきた人間ですから、最初は『本当なのか』という思いでした。僕がリーグ(トップリーグ、リーグワン)側に居た頃からチームの成績がなかなか上がっていなかったことや薬物問題など厳しい状況は確かにありました。チームに戻り、すこし時間をかけて強化を進めようという話もありましたが、事業というのは生き物のようなもので様々な要因で方針も変わってしまう。ただ、最初に移譲の話を聞いた時は実質3か月でまとまるのは難しいのかなと感じていました。でも、(チームを手離すことが)決まったのなら皆でなんとか実現しようという思いで協議してきたんです」

 実際には1年ほど前からNECサイドでは移譲という選択肢も模索されてきたが、その決断のタイミングは現場サイドには直前に知らされたという。ラグビー界で過去にチームが消滅したケースは、譲渡先が決まらず廃部という流れだったが、今回は適切かつ迅速な情報公開がプラスに働いたという。

「結果的に、早い段階で譲渡を検討することを発表出来たのが良かったですね。過去の事例だと発表した時点でチーム消滅がかなり確定的といったケースもありましたが、今回は早めに発表出来たことで様々な企業からの問い合わせもあり、結構興味を持っていただいているという印象でした。情報公開もですが、スポーツというのは力があるんだなと実感していました」

 譲渡のための企業間の話し合いはNEC本社サイドが主導権を持って行ったが、その中でGMという立場で強く求めたことがあった。

浮上した受け入れ候補企業8社 決め手となったものは…

「これは条件ではなく、あくまで希望ということですが、会社(NEC)側からもどういったものが最低でも必要なのかを聞かれたときに、千葉・我孫子の練習環境やスタジアム(柏の葉公園総合競技場)というのはやはり継続して使いたいということはお伝えしました。クラブハウスなどの環境はディビジョン1のチームとも遜色ない。そういう要望を移譲の話し合いでも是非出していただきたいとお願いしました」

 12月に行われたNEC、JR東日本双方合同の会見でも、太田GMの願い通り現行の練習場をNECから借り受ける形で継続使用すること、ホストスタジアムも柏の葉という現状維持の原則は説明されている。リーグワンでも理事を務めた太田は、こう力説する。

「スタジアム問題が難しいのは十分承知しています。リーグワンは発足から5シーズン目ですけれど、どのチームもスタジアムの確保は深刻な問題です。もしリーグが検討する秋冬開催が実現すれば、さらに試合会場確保が難しくなる可能性もある。でも、今の柏の葉なら優先的に使える状況です。そんな施設はワイルドナイツの熊谷やライナーズの花園くらいです。だから、どうしても現在の環境を維持したかった」

 実際にJR東日本の傘下で始動するのは今季終了後だ。そこからチーム運営面でも様々な修正、改変はあるだろうが、会見でも受け入れ先の柔軟な対応が印象に残った。その中でも、選手と家族の生活面を考えれば地域性の継承は大きなプラス材料だった。看板は掛け替えても活動自体は従来からの継続という形で来シーズンを迎えることになる。GMとしても、長らく我孫子でラグビーに携わって来た立場での希望や必要性を訴え続けてきたことが実現したことは、大きなプラス材料と受け止めている。

「NECサイドも、チームを手離して終わりじゃなくて、グラウンドを提供することも含めてチームの応援はしていただける可能性はある。ジャージーやチームの愛称(グリーンロケッツ)も変わるかもしれないが、この先も関係が続くようなら有難いことです」

 選手ファーストで訴えた要望ではあったが、グリーンロケッツの黄金時代を築き、チーム内外で苦闘の時も知るからこその思いも強い。取材する中でも8社ほどの受け入れ候補企業が浮上する中で、最終的には5社程度が有力候補として残ったと聞いていた。中には、他競技の人気プロチームを保有する企業の名もあったが、JR東日本が熱意とチーム受け入れの柔軟性、企業力が決定材料になった。

「チームへの理解もですが、私たちが東葛地域の自治体と結んでいる協定も含めて引き継いでいただけるという方向性も有難いお話でした。チームのOB達にとっても寂しいじゃないですか、帰って来る場所がないなんてね。なので、譲渡という中では最良の結果になったと個人的には感じています」

 グリーンロケッツとしてはまさに九死に一生を得たような移譲問題だったが、リーグ側の運営にも携わった経験を持つ太田GMは、今回のケースがリーグ全体への警鐘だとも受け止めている。

難しい黒字経営「どこまで活動資金を持てるかが力関係にも影響している傾向」

「リーグワンが発足して、基本的には企業、プロというハイブリッドで進めてきています。でも経営的には黒字は難しいのが現状です。親会社、母体企業からの協力、支援は欠かせない。その一方で事業化を進めなくてはいけないとなると、何に価値を見出していくのかをよく考えていかないと、大きなテーマでもある持続可能な事業にはならない。各チームを見ていても、どこまで活動資金を持てるかが力関係にも影響している傾向は感じています。

 そうなると“持っているチーム”と“持っていないチーム”の格差も広がっていくことになるが、それが今回の我々のようなケースに繋がる恐れもある。人件費が15億円でも20億円でもいいですが、その中でサラリーキャップのような上限を定めてマネーゲームが過熱し過ぎない方策を考える必要はあると思います。日本のラグビーより遥かにプロ化が確立されているアメリカの4大スポーツでもドラフトでは戦力均衡という思想があるわけじゃないですか。そういう面でのガバナンスやビジョンを、状況に即して設ける必要はあるでしょう」

 リーグワンが様々な議論の中で、現行の形で運営されることになったのは理解出来る。だが、5シーズン目を迎えた中で生じる、リーグ側、チーム側の課題を考えると、スタート当時のロードマップや規約に柔軟性を持たせることも必要だろう。リーグ側でも4年を1単位にした「フェーズ制」という区切りを設け、フェーズ毎に、より実情に即した運営方針や規約の修正を加えている。

 だが、リーグ自体の事業化という大きな挑戦を見れば、思い描いたような前進が出来ていない現実もある。進まない中で、今回のようなチームを手離す企業も出てくれば、リーグワン自体の存在意義も議論が起こり兼ねない。健全なリーグおよびチーム運営への取り組みを怠っているとは思わないが、取り組む中でも、全国制覇も成し遂げたチームが看板を下ろす事態が起きている現実は1チームの不運や悲劇と受け止めるべきではないだろう。

 チームにとっては移譲先の決定で大きなハードルを乗り越えたことになるが、今シーズン終了後へ向けて太田GMの仕事は多忙を極めそうだ。先ずは現状のGMポストの今後については、こんな思いを語っている。

「来季の新体制では、GMという役割はまだ全く白紙の状態です。どのような体制でチームを進めていくかはJR東日本さんの判断ですから。現状では、社内で準備室のような環境を作って進めていくことになると思いますので、そこで検討ということになるでしょう。もし私に引き続きやれということであれば、基本的には続けていきたいという思いはあります」

 GM続投の意思には、直ぐにでも取り組む課題があることも背景にある。

「リーグワンには“120日ルール”というものがある。選手の移籍交渉についての期日です。リーグ終了の120日前から、移籍希望の選手に対しては、他チームが交渉できるというものです。その期日が今季は2月の第1週なのです。そこまでにチーム、選手双方が来季の契約について話し合う必要がある。JR東日本さんの場合、レールウェイズ(トップイーストC)というチームは保有していますが、リーグワンの規約はこれまで関係ないものでした。

 なので、先ずこの120日ルールについて話し合い、来季の選手契約についても詰めていく必要がある。今回のチーム移譲に伴い、リーグ側でも特別措置も検討されていますが、まず誰とどんな契約をして、契約しないかを判断した上で、選手側にも移籍希望の有無がある。なので個別に面談して意思確認する必要があるのです。早急に手を打たないといけないのは、その意思確認の場で雇用側から提示するべき条件を作ることです」

 シーズン最中で選手は毎週末の試合に集中する一方で、負傷やコンディショニングの必要が浮上する。その中でGMとして企業側との話し合いも進め、移籍や新たな契約では双方の間に立つことになる。おそらく新体制へと移行するシーズン後までマネジメント分野の作業が続くことになるだろう。選手との契約については、先ずは受け入れ先のJR東日本の判断が前提となるが、12日の会見でJR東日本の喜㔟社長は、現状のプロ選手、社員選手などの待遇には柔軟性を持たせると説明している。社員選手についてはJR側への出向など様々な雇用形態が考えられるが、1月初頭の時点ではまだ社内での検討段階だ。

“条件提示”を待つ社員選手・大和田立の胸中「僕個人の思いとしては…」

 前編で話を聞いた大和田にとっても重要な話になるが、本人はこんな思いで“条件提示”を待っている。

「先ずは譲渡先さんの考え方ですね。社員契約でやれるのか、やれるなら今の業務が続けられるのか、出向なのか。僕個人の思いとしては、従来通り仕事とラグビーを両立してやっていきたいという気持ちです」

 前編でも紹介した通り、NECでの職場への思いや、一緒に仕事をする仲間への感謝、そして口にはしないが仕事への誇りと、強い思いを持つ大和田には、現在の仕事を続けながら新体制のチームでの挑戦というのが最上のシナリオだろう。

「先ずは現状の我孫子でチームが活動出来ることが何よりもありがたい事です。仕事のことはこれからですね」

 そう笑った大和田だが高校1年生から憧れ、愛してきた「NECグリーンロケッツ」としてのラストシーズンへの思いも特別だ。

「目指すのはやはりディビジョン2優勝とディビジョン1昇格。ここは本当に達成したい目標です。ここまで結果が出せなかったことで移譲という形になってしまった。なのでJR東日本さんにはしっかりと結果も見せていかないといけないと思うので、そこにこだわってやっていきたい」

 1月14日で34歳の齢を迎えた大和田だが、美幌町で雪原を踏みしめて鍛えられた体は、まだ十分に戦力として計算出来る。そして、「美幌」と書かれたヘッドキャップが象徴する周囲への感謝の思い、その有難みを受けとめる感性が為す、黙々と仕事を全うしようという真摯な姿は、フィールドでも職場でも誰からも信頼を置かれる存在だ。事業化や華々しいプロ契約選手にスポットが当てられがちなラグビー界だ。大和田のような社員選手は時代遅れのようにも見られがちだが、海外トップ選手の流入が加速する中で、日本で生まれ育った選手たちの選択肢として、その一途な足跡は一つのロードマップでもある。

 JR東日本は、母体だった国鉄が1925年に当時の鉄道省にラグビー部が誕生してから100年という歴史も持つ。鉄道マンとして働きながら、楕円球を追い続けたOBも大勢いる。この巨大企業の傘下で、社業とラグビーに誇りを持って戦ってきた大和田が、どんな新たな足跡を踏みしめるのか。「美幌キャップ」の新天地での挑戦に注目したい。

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。