少女時代に母親から「鼻が低い」「不美人」と言われてきた女性。時は流れ老いた母は認知症となり要介護の状態に。言うことを聞かず、泣き真似をする母親に、女性は手をあげたこともあった。黒歴史により介護を放棄する子供も多い中、娘は実家に戻り母を最期までケアする決心をした。憎しみや負の感情がありながらも、なぜそこまでするのか。ノンフィクションライターの旦木瑞穂さんが取材した――。
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■「小学生の頃から母親のことが嫌いだった」60代娘の今

3年前の2022年の8月――。

本連載で、関東在住の澤田ゆう子さん(仮名・当時50代)が高齢の両親の介護に奮闘する様子を前後編の2記事でレポートした。

前編 「不美人」「整形手術を受けさせる」親戚から"鬼"と呼ばれる母親に娘が浴びせられ続けた言葉

後編 肩を押さえつけて頭を殴る…認知症の老母に手を上げたフルタイムで働く娘の壮絶介護

フルタイムで働きながら、両親の献身的にケアをする中、少女時代に容姿に関して母親から侮蔑されたことを思い出した澤田さんはさまざまな介護時のストレスも重なり、親に手をあげてしまうことも。そんな赤裸々な介護の現場を伝えた記事は多くの反響を呼び、POLで配信された2022年下半期ベスト記事にも選ばれた。

では、澤田さんは今どうしているのか。追跡取材をした。

【前回配信した記事の要約】澤田ゆう子さん(仮名・当時50代・既婚)は大学卒業後、都内に住み、フルタイムで働いている。実家へは車でも公共交通機関でも2時間ほどかかる。

2012年4月。父親83歳、母親75歳のとき、実家を訪れると、顔面にできた帯状疱疹の痛みで泣き叫ぶ父親と、オロオロして泣きわめく母親がいた。これが介護の始まりだった。入院を断られた父を介護施設に入所させると、1カ月ほどで症状は軽快。その後は在宅でヘルパーを導入した。2015年10月。父親は85歳で死去。

一方「アルツハイマー型認知症」と診断された母親は週1回デイサービスを利用し始めた。2019年、母親は82歳で要介護3になり、週3回の訪問ヘルパーとデイサービス、週1回の訪問歯科医を利用。澤田さんは、1日に4〜5回母親に電話をし、2〜3週間に1回の頻度で実家へ。

2019年夏。母親が不審者を家に入れてしまったことから「見守りカメラ」を導入。

2022年4月。85歳の母親は澤田さんの言うことを聞かないばかりか泣き真似をしたり役所に電話で助けを求めたりする。耐えかねた澤田さんは母親に手をあげることもあった――。

■「扇風機を使えない」初めてのショートステイ

2022年7月。澤田さんの母親は85歳になっていた。要介護度は2019年から変わらず3。猛暑日でもエアコンを使わないためWebカメラを通じて冷房を使うように繰り返し呼びかけても、一向に言うことを聞かない。

写真=iStock.com/Yusuke Ide
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「これは危険だ」と思った介護スタッフのひとり(有能な人であり、澤田さんは「スーパーヘルパー」と呼ぶ)は、家電量販店で値切って扇風機を2台購入してきてくれた。このスーパーヘルパーは、家電の購入から設置、廃棄処分までしてくれた。

この時、「夏の間だけでもショートステイを利用しましょう!」と母親を説得してくれたが、母親は、「ワタシは家にいて大丈夫。一人でやっていける。どうしてよそに行かなきゃならないの?」と理解できない様子。これに対して、スーパーヘルパーは「それはね、扇風機をちゃんと使えないからだよ。こんなに暑いのに、扇風機を使えないと大変な事になるから、ショートステイしたほうが良いですよ」とやさしく対応してくれた。

その一部始終を自宅でWebカメラを見ていた澤田さんは電源を切った。

「母は夏になると体調を崩す事を繰り返しました。水分補給で安静にしたり、病院に連れて行って点滴をしたりしてなんとか乗り切ってきましたが、さすがに昨今の40度近い暑さには、私たちでもかないません。熱中症になる前に母にショートステイを体験させなくてはと思いました」

平日はデイサービスやヘルパーさんがきてくれるため、ショートステイは、土曜日の朝迎えに来てもらい、月曜日に朝食をとってから家まで送ってもらおうと考えた。

澤田さんはスーパーヘルパーに相談し、おすすめの施設を教えてもらう。その後その施設について調べ、ケアマネジャーにも相談した。

「介護保険の限度額を超えてしまった分は実費とのことで、ケアマネさんに正確な費用を計算してもらったところ、1カ月あたり、12万円もかかることがわかりました」

澤田さんは思いのほか高額になることに驚いたが、

「すでに月5万〜6万円の支払いをしているので、夏の間(にショートステイを利用する期間)だけ倍になると考えようと思いました。熱中症になるよりマシです」

と考え、ショートステイ先の施設を見学。夏は避暑利用で最も混む時期だが、スーパーヘルパーとケアマネジャーの口添えにより、スムーズに利用が決まった。

■コロナに感染

8月。母親は初めてショートステイを利用。

「ショートステイの送り出しには、家族が在宅のこと」と言われ、澤田さんは仕事を早めに切り上げ、東京から車で2時間半かけて帰省。いつものデイサービスのスタッフとは違う人が迎えに来たが、母親は気づいていないようだ。ショートステイのスタッフは慣れたもので、初対面の母親ににこやかに接し、警戒心を抱かせずに連れて行った。

母親が不在のうちに、澤田さんは母親が失敗してしまった下着などの洗濯物を大量に洗い、大量に干し、月曜日から食べる分のご飯を大量に炊き、小分けにして冷凍。掃除をして、慌ただしく帰京した。

月曜日の朝、母親がショートステイから帰宅すると、スーパーヘルパーがやってきた。澤田さんは東京の自宅から、カメラ越しに母親に声をかける。

「どうだった? 楽しかった?」

スーパーヘルパーにも聞かれる。

「どうでした〜?」

母親は「何が?」「覚えてない」と首を傾げる。そしてまたしてもエアコンのコンセントを抜いて、スーパーヘルパーに叱られ、しゅんとする。

その時、ショートステイ先の施設から澤田さんに電話がかかってきた。母親と同じフロアの利用者が熱発したため、「後ほどPCR検査をしにお宅に伺います」とのこと。

しばらくして防護服を着て訪れたスタッフは、母親に抗原検査を受けさせる。結果は陽性。連絡を受けた澤田さんは、出勤したばかりだったその足で実家へ向かった。

■上からも下からも

澤田さんは、ショートステイ先に1枚譲ってもらった防護服とマスク、フェイスシールドを着用し、母親の隔離と看病に勤しむ。

写真=iStock.com/Santje09
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認知症の母親はじっと横になっていることができず、家の中をうろうろ。澤田さんはその度に叱り飛ばし、母親が隔離部屋から出てこれないように椅子などでバリケードを築く。

季節は真夏。防護服にマスク姿の澤田さんは汗だくだ。母親が隔離されている部屋以外の家中を消毒した後、シャワーを浴びて出てくると、母親が隔離部屋から出てフラフラしているため、思わず怒鳴りつけてしまう。

しかし幸いなことに、母親は1日経っても発熱もなく、喉の痛みも訴えない。

2日目。帰省する直前にアマゾンで購入した防護服とキャップと脚カバーが届く。だが、アマゾン側のミスで、防護服が2着届き、キャップと脚カバーはない。澤田さんにはアマゾンにクレームを入れる気力は残っていなかった。

その夜、母親が便秘になってしまったため、下剤を飲ませて就寝。すると母親は深夜に起き、トイレに直行。心配した澤田さんが様子を見ていると、うめき声が聞こえてくる。

「開けて〜!」

澤田さんはマスクに手袋、フェイスシールドをしてトイレのドアを開けると、母親はパジャマのズボンを脱ぎ捨て脂汗を流して苦悶の表情。澤田さんが咄嗟にゴミ箱を手渡し、背中をさすると、母親は嘔吐した。

「母には可哀想な事をしました。ショートステイに行かせてコロナに感染。便秘薬を飲ませて苦しませてしまいました。何度行ってもウロウロするので、私が怒鳴り続けたからストレスで胃と腸にダメージがいったのかもしれません。認知症でわからなくなっている母でも、怒られる事への怯えは大きいと思います。全部私の責任です……」

澤田さんは水で口をすすがせた後、下着にパットをあてがい、パジャマを着替えさせ、お腹にカイロをあて、正露丸を飲ませた。万が一のためにレジャーシートとタオルを重ねてベッドを整え、横にさせると、母親は上からも下からもすっきりしたせいか、すぐに寝息を立て始めた。

澤田さんはトイレ掃除や廊下のアルコール消毒をして、パジャマを洗濯してから眠りについた。5時半頃、母親がトイレに起きてきたため、「大丈夫?」と声をかけると、「あら! あなた、泊まったの?」と母親。昨晩の苦悶をもう覚えていなかった。

■実家をリフォーム

2023年12月。澤田さんは50坪の実家をリフォームするため、工事会社と契約。澤田さんはゆくゆくは実家へ帰るつもりだったのだ。

「介護リフォームという名の、私と夫の終の棲家としての、実家の大規模リフォームを敢行しました。東京生まれの夫は渋々、『しかたない』ということでしょうけれど同居に同意してくれました。東京での生活は名残惜しく感じますが、自分の人生の次のステップのために『東京を卒業する!』と決意しました」

2024年3月。87歳の母親をショートステイさせ、その間に実家を片付け、リフォームがスタート。

「リフォームの目的は、母だけでなく、夫も私もできるだけ長く暮らせるように……です。夫の姉が来ても、友だちが来ても、お世話になった親戚が何泊しても大丈夫な家にしたい。母を大切にしてくれる人たちがいつでも来てくれる家。そんな事を考えてのリフォームでした」

母親が混乱しないように、間取りに大きな変更は加えず、水回りは全て改修。段差のある部分はバリアフリー化した。リフォーム工事中の一番の問題は、母親が慣れ親しんだスーパーヘルパーや訪問スタッフたちのシフトだった。

母親は週4回訪問サービスを受けていたが、2カ月も間をあけたら、その間に別の利用者の担当になってしまう可能性が高い。

「せっかく介護しやすい環境を整えても、肝心の介護の手がなくなってしまったら意味がありません」

そこで澤田さんは夫と相談し、“お年玉”を渡すことにした。スーパーヘルパーは、10人以下の事業所で、経営者サイドの筆頭ヘルパーだ。母親のために週4日来ていたが、リフォーム中はショートステイをするため、事業所的としては収入減になる。無責任に「リフォームが終わったらまた来てね!」なんて都合のいいことは言えない。

“お年玉”を渡されたスーパーヘルパーは一瞬困惑したが、すかさず夫が言った。

「困らせるつもりはないよ。個人で受け取るのが無理なら会社に寄付させていただくよ。どちらでもスーパーヘルパーさんが決めてくれたらいいよ」

するとスーパーヘルパーは言った。

「わかりました。しょっちゅう見にきますよ。お母さんに忘れられないように!」

笑っている3人の向こうで、母親は首を傾げていた。

■「負の感情もあるけれど」大切なのは「納得のプロセス」

澤田さんは現在61歳。ほぼ毎週、数時間かけて帰省するという遠距離介護を続けているが、年内には同居をスタートさせる予定だという。

「期日は決めていませんが、ゆるい退職に入りたいと思います。仕事のストレスと責任の重圧を感じながら働くのは、もう精神的に厳しいかな……。新しい勤務形態を自分で作っていく予定です」

母親は88歳。要介護状態になって6年がたつが、要介護度は当初の3のまま。通常は月日とともに悪化する場合が多いが、維持できている。厚生労働省「要介護度の経年変化」によると、2001年4月1日の時点で要介護認定を受けていた要支援・要介護者の約1万人について9年間観察したところ、当初の要介護度を維持できている人は観察開始直後に急激に減少し、1〜2年の間に半減している。筆者の取材でも、6年間同じ介護度を維持しているケースは珍しい。澤田さんやスーパーヘルパーのサポートのおかげかもしれない。

母親は足腰が丈夫で、1時間ほど体を動かすことや自分で食べること、衣服の着脱はできるが、体の動きがゆっくりになってきている。何を食べるか、どの服を着るかなどは指示が必要。料理や食器洗い、片付けや洗濯はできず、ほんの1分の間に同じ質問を繰り返す。

さらにリフォーム後、尿臭のするチリ紙をあちこちに隠したり、使ったマスクを重ねてしまい込んだりしていることが発覚。足の裏の皮を剥がす癖のある母親は、剥がした皮を何箇所かに溜め込んでいたりしており、それが澤田さん夫婦の喧嘩の種になった。

「リフォームしたってお母さんは全然変わらないじゃないか! 大失敗だよ。大金かけても意味ないよ!」

夫は吐き捨てるように言った。数千万円のリフォーム費用は、全額澤田さん夫婦が負担していた。

「リフォームは母のためだけではなく、自分たちも老いていくことを考えてのことだと話したのですが、夫には母の不潔さが許せないのでしょう。私も許せないですが、どうにもならないと諦めています。不潔だから親と同居できないなんて恥ずかしくて言えませんし、親の事で夫婦喧嘩するなんてバカだと思います。だけど、夫婦喧嘩を避けるために親孝行をしないなんて、もっと愚かな事だと思います」

澤田さんは同居にあたり、母親に自らが怒鳴ったり手をあげたりするしまうことを懸念して、その対策を考えている。カッとなると「自分で自分を止められない」。そのことがわかっているため、できるだけ母親と一緒にいなくてすむように、訪問介護サービスを減らしてデイサービスを増やす予定だ。

3年前の取材で、澤田さんは何度も「母のことが好きではない」と言っていた。確かに母親は娘に面と向かって、「顔のつくりが悪いから整形しろ」といったニュアンスの屈辱的な言動を幾度となく浴びせ続けた。嫌いになるのも無理はない。人によっては絶縁を決めるケースもあるだろう。しかし、そうした数多くのネガティブな記憶を抱えつつも、彼女のブログからは、年老いて手のかかる状態となった母親であっても、自分にとってはかけがえなのない存在であると認識していることが伝わってくる。

「私はずっと、いつかは生家に戻ると決めていて、そのための準備もしていました。私は自分のためにも、まだ(どんな状態であれ)母が生きているうちに戻ることにしました。正直に言えば、母は一個人として、共感できるところがほとんどない人間です。母を愛せない自分、母に愛されない自分を長らく恥じていましたが、88歳の老母を一人暮らしさせている事に道義的な責任も感じています」

8月7日19時半から都内「B&B」にて新刊発行記念のイベント「親の介護 する? しない?」を開催(詳細はhttps://bb250807a.peatix.com/view)

筆者は、親を介護する子どもが義務感のみで同居することは反対だが、子どもが自分のために同居を選択することに関してはその限りではない。なぜなら、本人が十分に考えて出した結論であり、自分のために選択したことであれば、自分の責任として割り切ることができるからだ。

「子どものいない私ですが、自分が年をとった時、子どもにどんなことをしてもらいたいかと考えます。それは、居食住の心配をしないで済む安定した暮らしをつくる事だと思います。それを実践出来ている自分を、ささやかながら褒めてやりたいと思います」

澤田さんは、その時その時で自分ができることを、最大限やり切っている。どの親子も、人と人としての関係が50〜60年以上続くこともある。その中には負の感情を内包した記憶も多い。一筋縄ではいかないからこそ、介護で大切なのは双方の「納得のプロセス」なのだ。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社新書)刊行。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)