浦和レッズ時代の永田充氏【写真:Getty Images】

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【元Jリーガーを直撃】永田充(元浦和ほか):現役時代に度肝を抜かれた3人を選出

 かつてJリーグの柏レイソルやアルビレックス新潟、浦和レッズでプレーした元日本代表DF永田充は、今年2月に現役引退を発表した。

 J1通算272試合の実績を誇り、16年限りで浦和を退団後はJ2の東京ヴェルディ、関東リーグ1部の東京ユナイテッドFCでのプレーを経てスパイクを脱ぐことになった。

 日本代表にまで上り詰めた37歳のセンターバックは、これまでJリーグの舞台で数多くの名手と対峙してきた。今回はその中から、現役時代に「衝撃を受けた3人の選手」を挙げてもらった。

(取材・文=河野正)

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 昨シーズンをもって、18年間のプロ生活を終えたサッカー元日本代表DF永田充は今春、大手総合建材メーカーの文化シヤッターに入社し、栃木県小山市の小山工場に勤務している。Jリーグ通算282試合に出場したキャリアとあり、大勢の凄腕と対戦してきた中から、永田が選んだ“ビッグ3”を紹介する。

 間髪入れずに挙げたのが、元ブラジル代表FWワシントンだ。

 Jリーグでは東京ヴェルディと浦和レッズで計3年間プレー。2006年に26点を挙げ、マグノ・アウベス(ガンバ大阪)と並んで初のJリーグ得点王を獲得するとともに、浦和のリーグ初制覇にも尽力した。07年はAFCチャンピオンズリーグ初優勝、FIFAクラブワールドカップ3位をもたらした点取り屋だ。

「ワシントンに背負わされたら、全く前に出られません。後ろで強く押しても引っ張っても、全然動かないんですよ。あんな選手とぶつかり合ったのは初めてで、これはちょっと勝てないかなって思いました」

 初対戦は永田が柏レイソルで4年目、ワシントンが東京Vに加入した05年11月26日、柏のホームで行われたJ1第33節だ。ともにフル出場し、ワシントンは両チーム最多の5本のシュートを放ったが無得点。一方の永田は後半40分、右CKからヘディングで押し込み、5-1の快勝に一役買っていた。

 そして2度目にして最後の顔合わせとなったのが、永田がアルビレックス新潟へ移籍して2年目、ワシントンも浦和での2年目を迎えていた07年3月11日だ。東北電力スタジアムでのJ1第2節には、4万人を超える大観衆が集まった。

チームメートになってから興梠の凄さを痛感 「しなるようなバネがある」

 永田は千代反田充と4バックの中央を形成し、ワシントンは永井雄一郎と2トップを組んで先発。浦和が1点を先取していた後半19分、田中マルクス闘莉王のパスを預かったワシントンは、ペナルティーエリアに入った瞬間、小さなキックフェイントでマーカーの永田をかわして右足で蹴り込んだ。

 この時、ワシントンが万能型のFWであることをトコトン思い知らされたそうだ。「とにかくフィジカルが強いうえ、190センチの長身なのに足もとも上手い。ちょっと反転したようなフェイントで抜け出されてゴールまで取られてしまいました。あのシーンの、あの失点だけはどうにも手が出なかった」と振り返りながら脱帽した。

 2人目には13年から4シーズン、浦和でチームメートだったFW興梠慎三を指名した。

 05年に鹿島アントラーズでキャリアをスタートさせた興梠は、8年間でリーグ戦49得点を記録。永田は「鹿島時代に対戦した時はいい選手だとは思いましたが、それほどスーパーとも感じなかったし、脅威でもなかった」と印象を述べた。

 2人がリーグ戦で対戦したのは計9度。永田が新潟時代は5度で、興梠は1点も取っていないが、永田が浦和での2年目、興梠が鹿島での最終シーズンとなる12年4月7日、揃って先発した第5節で興梠は先制点を奪う。前半2分、右クロスが永田の頭上を通過し、遠いポストからヘッドで押し込まれた。

 13年に浦和へやって来てから、永田の興梠を見る目が一変する。「チームメートになってこいつは能力が違う、モノが違うと痛感しました」と前置きすると、「少しくらいパスがずれても簡単に止めるし、ボールは奪われないし、体格がいいわけでも筋骨隆々というわけでもないのに、しなるようなバネがある」と言葉をつないだ。

 浦和では余人をもって代え難し、という興梠ならではのプレーとゴールを最後尾から見ていた。「無理な体勢でトラップしても、そこから次の動きに移るのが早い。これには驚いたし、ほかにできる選手はいないと思いました」と感心する。

ルーキー時代に見たユ・サンチョルのプレーに衝撃 「こんな選手がいるの?」

 3人目には1998年のフランス大会、2002年の日韓大会とワールドカップに二度出場した韓国代表の万能選手、ユ・サンチョルを挙げた。Jリーグでは横浜F・マリノスと柏でプレーしている。

 永田が静岡学園高校から柏に加入した02年、ユ・サンチョルは7月半ばまで在籍していたため、半年間を一緒に過ごした。「自分が経験を積んで成長してからなら、それほどの驚きはないのでしょうが、新人の時にサンチョルさんと出会ったからそれはもう衝撃的でした」と唸った。

 ユ・サンチョルが03年5月に横浜FMに加入したことで、対戦する機会が巡ってくる。リーグ戦では3度顔を合わせ、同年9月の第2ステージでは決勝点を奪われている。「GKを除くすべてのポジションができる。それもこなすだけでなく質も高いのだから、こんな選手がいるの? さすがは韓国代表って驚きました。人間的にも尊敬できる人です」とリスペクトした。

 元浦和の悪童、快足FWエメルソンが選外だったが、「トップスピードに乗せてしまったら、手に負えませんよね。誰も止められないでしょう」と言って苦笑した。04年の第2ステージではハットトリックされたうえ、エメルソンのパスから2度目の警告を受け、初の退場に追い込まれた苦い思いのある相手であった。(文中敬称略)(河野正 / Tadashi Kawano)