池田鉄洋、25年愛する煮込み定食が支えた「長き下積み時代」

たとえわずかな出番でも、エキセントリックな芝居で観客や視聴者を釘づけにする。それが、池田鉄洋(49)の真骨頂だ。
穏やかな顔つきが、ときに魔人にも見える不思議。事実、ドラマ『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』(フジテレビ系)では、チームの和を乱す人物を怪演し、新境地を拓いた。
8月上旬、その池田は三軒茶屋の「長崎」にいた。25年も通っているという。店主夫妻に菓子折りを渡し、さらに深々とお辞儀。そこへ、「『悪魔の毒毒モンスター』、拝見しましたよ」と女将が声をかけた。池田が3月に演出を手がけた舞台だ。
「奇跡的に外出自粛期間の前で、東京公演ができたんです。1980年代のアメリカのB級カルト映画のミュージカル版で、ジャニーズ事務所のユニット『ふぉ〜ゆ〜』の福田悠太君が主演。『野性爆弾』のくっきー!さんが怪物のマスクをデザインしてくれて、これが素晴らしい出来でした。
僕は演出や脚本を担当する際、名前を『テツヒロ』とカタカナ表記にしますが、『俳優の自分に邪魔されないよう、別キャラを作ったほうがいい』と判断してのことです」
池田は演出もして脚本も書き、ひとり何役もこなす “魔法使い”。小劇場演劇出身だが、劇団内のユニット芝居を通じ、次第に注目された。やがて、ドラマ『TRICK』(テレビ朝日系)などで強烈なキャラの脇役を演じ、一気にブレイクを果たした。しかし、下積みは長かった。
「僕は、もうじき50歳になるんですけど、國學院大學に入り、学内で結成された劇団『猫のホテル』に参加したのが1993年。『TRICK』への出演が2005年なので、それまで舞台中心の生活でした。
ガードマンや清掃のバイトを終えると、稽古場に駆けつける毎日。食事も、ご飯を炊いて納豆をかけるぐらいで、それが週7日のうち6日でした。それでも週に1度は、長崎さんに寄るのを楽しみにしてました」
「長崎」はちゃんぽん屋だが、同じスープで仕込む煮込みが名物。新鮮なモツがトロトロになるまで煮込まれ、ぶつ切りのゴボウやコンニャクの香りや食感も相まって、えも言われぬ旨味を醸し出す。
「煮詰まってくると、スープが目の前で継ぎ足されるんです。いまは多少贅沢して、半シューマイと半チャーハンとセットの『トリプル』をおもに注文するんですが、当時は煮込み定食ばかり食べていました。
マンガ盛りの飯に、ラーメン鉢になみなみ入ったスープもついてくる。『これで一週間乗り切るんだ』と、自己暗示をかけていましたね(笑)」
大学も夜間コースに通い、風呂なし共同トイレの家賃2万5000円のアパートに住んでいた。銭湯が終わる時間も計算に入れねばならない。だから、「いつも貧乏暇なし」。銭湯に行けない日は、半畳ほどの流しで、頭からそのままシャンプーで体を洗う日常。長崎の煮込みが、「自分へのご褒美」だった。
バイト終わりに飯をかっ込み、火傷しそうな口内を漬け物で冷やした。当時は「ひたすら、ここでエネルギー補充していた」と、池田はビールのグラスを手に笑う。
「シューマイも美味しいんですよね。それをつまみに飲みたくもなるけど、昔はそんな余裕もなかった。今も、もっぱら昼に来るかな。腹ペコのときにね。
昼から夜までの通し営業で(9席の)カウンターのみ。お客さんも入れ替わり立ち替わりに来るので、ゆったりしてたら申し訳ない。だから、ここでインタビューなんて、すごく贅沢な時間を過ごさせてもらってますよ」

2004年に自ら結成したユニット「表現・さわやか」の公演でのひと幕。じつは女装が得意技だ
取材当日は、35度を超える猛暑日。おまけに厨房は目の前だし、新型コロナウイルスの感染予防のため、店の窓は全部開け放たれている。まさに熱気ムンムン。ビールは、たちどころに汗に変わる。というのに、写真撮影用に注文していたちゃんぽんにも手を伸ばし、あっという間に完食した。
「妻もこの店が好きで、ちゃんぽんか皿うどんを頼むんで、いつもはお裾分けをもらうくらいですが、ガッツリ一杯いただくと、満足感が違いますね。
こちらがコロナの前からテイクアウトできたって、最近になって知ったんです。結婚して再び近所に住んでいるので、2歳と4歳の2人の娘にチャーハンを買って帰ったら、ちょっと大人の味でまだ早かったようで、残された。食育が必要ですね(笑)。
子供が小さいと、一緒に食事に行ける店も限られるでしょ。どうしても走り回ったりしちゃうんで、ファミレスみたいな店に行くことになる」
愛娘たちの話になると、止まらない。外出自粛のあいだは、一緒にYouTubeの『プリンセス姫スイートTV』などを見させられ、「思わぬ勉強になった」と感慨深げに語る。
「彼女たちの目線で見ました。とにかくわかりやすい。ヒカキンがスターになるのも道理です。
僕が育ったタブーのない小劇場演劇の世界は、おとなしかったら評価されないので、みんなメチャクチャでした。そこは一部のYouTuberと似てるのかな。ともかく目立てば勝ちみたいな風潮が当時はあって、同じ劇団の仲間ですら、同志というよりライバル的な感覚がありました」
バブル崩壊とともに、小劇場ブームが終焉。いずれも明治大学に拠点を置いた「HIGHLEG JESUS」や「ジョビジョバ」など、ナンセンスコメディが隆盛期を迎えていた。
「高校時代は剣道部で、運動会の応援団長もやらされたんです。そこで、人を笑わせる快感に目覚めた。そのころから『裸の銃を持つ男』などのおバカなコメディ映画にハマり、映画監督になりたいと思っていました。
でも、大学の映研は(旧ソ連の名匠アンドレイ・)タルコフスキーを熱く語る人ばかりで違和感を覚え、演劇研究会に入ってしまった」
当時は、北野武や小田和正などのタレントや歌手が続々と映画監督業に乗り出し、従来の助監督から上り詰める道は、閉ざされたようにも見えた。そこで、「先に役者として名前と顔を売るのもあり」だと考えた池田は、着々と演出や脚本で立ち回る機会を求め、そして与えられてもきた。
「着々かどうかは、わかりませんけどね(笑)。でも役者って、いきなり『泣け』と言われて泣いたり、おかしな稼業ですよ。ある知り合いの役者がどうしても泣けず、懸命に自分の息子の死を想像し、『ようやく泣けた』って話してました(笑)。
稽古場で必死になって爪痕を残し、役を取らなきゃならない仕事。妻も演劇に携わってはいたけど、娘たちには、けっして役者にはなってほしくないですね〜」
そう真顔になって語りだしたところで、表が少々騒がしくなった。ファンに気づかれたかと思いきや、「パーパ、頑張って」と幼い声がする。店外で、自転車に乗った奥さんと愛娘2人が手を振っていた。
すっかり慌てた様子の池田。ビールと暑さでただでさえ紅潮気味の顔をいっそう赤らめる。愛くるしい応援団の登場に、怪優も形無しだった。
いけだてつひろ
1970年10月31日生まれ 東京都出身 俳優、演出家、脚本家。『TRICK』(テレビ朝日系)や『医龍』(フジテレビ系)をはじめとするドラマや、NHKのバラエティ『サラリーマンNEO』への出演で注目を集める。現在、フジテレビ系のドラマ『アンサング・シンデレラ』に出演中。BSテレ東真夜中ドラマ『どんぶり委員長』(10月24日深夜0時スタート)で脚本を担当
【SHOP DATA/長崎】
・住所/東京都世田谷区三軒茶屋2-15-1
・営業時間/11:00〜21:30ごろ
・休み/火曜定休
取材&文・鈴木隆祐
写真・野澤亘伸
(週刊FLASH 2020年9月15日号)
