「浮気なんて、しなきゃよかった…」若い愛人に溺れたゲス男が、妻を失いたくないと思い直す瞬間とは
港区界隈に生息している、40代・既婚の男たち。その名も「ダディ」。
仕事での成功は当たり前。
ハッピーな家庭も築き、アッパーエリアの公園に出没。
夜はイケてる腕時計をチラつかせ、「オッサン」を自称しつつ、部下にシャンパンを奢る余裕もある。
自他共に認める勝ち組オトコ、それが「ダディ」だ。
これは、今まであまり表立って語られたことのなかった、彼らの物語である。
好調な”ダディライフ”を送っていたリョウ(42)。だが、会社の右腕だと思っていた加納の裏切りが発覚し、その後も汚い手を使いリョウの会社を潰そうと企む。
因縁の男・加納の子供も通う運動会への参加することになったが、当日、加納の姿はなかった。

運動会に来ない父と、その理由
「あら?あれ加納さん達じゃないかしら?」
四郎の妻が、娘・マリの髪型を直す手を止めて、広い園庭のちょうど向かい側を見遣る。
その視線の先には、シートを広げる加納の家族の姿があった。加納の妻に、 孫の姿を眺めながら微笑む老夫婦。だが、やはり加納本人の姿は見えない。
「私、去年のバーベキュー以来お会いしてないのよねっ」
事情を知っている朋美はリョウを覗き込むが、何も知らない四郎の妻は大声で手を振る。
「加納さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!」
快晴の運動会に相応しい、実に大きく爽やかな声。リョウが、嘘だろ、と思ったのも束の間、加納の妻はこちらに気がつき、慌てて向かってくる。
「あら、でもどうして加納さんのご主人見えないのかしら。うちの夫みたいに仕事?」
加納の会社が危機に瀕しているらしいことは、昨晩のうちに朋美には話しておいた。今や朋美は、加納が辞めた経緯、愛人のこと、奴の会社の倒産の危機など全ての内情を知っているにもかかわらず、終始落ち着いた様子である。
一方で四郎の妻は、広い園庭を小走りして息を切らす加納の妻に、無邪気に問いかけてしまう。
「ご主人、お仕事かしら?うちもなの。もう、運動会の日くらい休んでほしいわよねぇ」
「それが…」
加納の妻は言葉を濁しているが、今にも泣き出しそうな表情だ。朋美はサッと何かを感づいたようで、美優に声をかけた。
「美優、マリちゃんの髪の毛、やってあげて。ちょっとママたちお話があるから」
そうして妻たちは、運動会が始まる15分前だというのに園庭の隅に消えていくのだった。
運動会前日、加納一家に何があったのか?
加納慎吾:若い愛人の暴走と、妻への想い
ーねぇどうするの?
ー予約、してくれてたんだよね?
まりえからのLINEメッセージは止まらない。
だが、急に何もかもが煩わしくなり、加納はまりえに返事が出来ずにいる。あんなに夢中になっていた女からのメッセージに、うっすらと嫌悪感さえ覚え始めていた。
「ねぇ、誕生日は素敵なレストランに行きたいな」
そんな風に甘えられていたため、加納はずいぶん前から奮発して『ピャチェーレ/シャングリ・ラ ホテル 東京』を予約していた。

まりえはただ、明後日の予約がきちんとされているか確認したいだけなのだろう。
しかし自分の会社が傾きかけている今、愛人にそんな金と時間を使う余裕はない。
苦労して引き抜いた長瀬が、「もうあなたとはやっていけません」と言い残し加納の会社を去ったのは1週間前のことだ。
起業と同時に太いクライアントをいくつも抱え、経営もパートナーシップも順調だった。しかし長瀬は、当初予定していた給与では満足できないと急に言い出したのだ。
「あんなに人の良い飯塚社長を裏切ってまでこちらに来たにしては、僕の取り分、少ない気がするんですよねぇ」
”歩合のパーセンテージが少ない”、”あのクライアントは自分が開拓したはず”など、長瀬の文句は日を追うごとに増していく。
プレッシャーは増え、長瀬への不信感も募り、加納はどんどん焦っていった。
もちろん、最初は長瀬の希望に出来るだけ応えるため、自らも必死で新規開拓に勤しんだし、売り上げを重視する長瀬のやり方だって尊重した。
だが、同業である飯塚リョウの会社には今や、とんでもない化け物営業マンがいるらしい。アポイントすら取れず、契約していたはずの顧客にも去られるという苦しい状況が続き、日々、ギリギリの精神状態で家に帰宅する。
愛人にも癒されない。加納が帰る場所は、やはり家しかなかった。
「ただいま…」
息子が寝ているだろうと気を使い、控えめにドアを開ける。そこには意外にも、自分を心配そうに見つめる妻のあゆみが立っていた。
「あなた、大丈夫?」
何も言えずにいると、あゆみは黙ってキッチンで何やら夜食を用意してくれた。温かいにゅうめんを出され、促されるままそれを口に運ぶ。
その瞬間、自分の中に留めていた弱音が溢れ出していった。
「俺さ、会社、もう潰れるかもしれないんだ…」
きっとまた、ダメ出しされる。そう思っていたのに、目の前の妻は意外な言葉を口にしたのだ。
絶体絶命の加納に、妻が放った一言とは?
絶望の淵にいる夫に向けられた、妻の意外な言葉
あゆみは、穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりとした口調で言った。
「いいじゃない、別に潰れたって」
潰れても、いい…?
「私と悠太なら大丈夫よ。別に、明日すぐにご飯が食べられなくなるわけじゃない。私だって父の会社からお給料もらっているんだし、学費やここの家賃くらいなんとかなるわ。もしキツくなったら、私の実家の近くの小さめのマンションに引っ越してもいいんだし」
「あゆみ…」
いつもは激しい正論をそのままぶつけてくるあゆみとは、産後、喧嘩が絶えなかった。これまで何度も離婚を考えたし、心の底から憎いと思ったこともある。
下手したら妻は、汗水流して働いている自分よりも多い給料を貰っている。そんな彼女に、勝手にプライドを傷つけられたと思っていた。
本当はこんなにも、自然に人に優しさを示すことができる妻だったというのにー。
喧嘩をしている時は平気なのに、こう優しくされると、罪悪感で胸が押しつぶされそうになった。
苦しさで、目頭が熱い。自分でもコントロールできない感情が溢れ出す。

「やだ慎吾、泣いてるの?」
そう言って笑う妻の顔を、直視できなかった。この妻を裏切るようなことを、ずっとずっとしてきたのだから。
「あゆみ、俺…」
まりえとの関係を清算し、すべてをやり直そうと決意した瞬間。
午後10時半という非常識な時間帯に、普段は鳴らない家の電話がけたたましい音を立てた。
◆
妻たちの不思議な結束
「朋美、どうした?みんなで何話してたの?」
運動会開始5分前。妻たちは子供を持ち場に送り、それぞれのシートに戻ってきた。
「うん、そうね。リョウくん、今日たくさん頑張ってもらうかも」
「え?」
「保護者対抗リレー、加納さんも出るはずだったんですって。でもほら、加納さんこれなくなっちゃって。1〜3歳チームのパパ1人足りないのよ。代わりに、奥さんのお父さんが出場する気らしいんだけど…見て」
朋美の視線の先で、競技用のゼッケンを付けているのは、推定年齢70歳の白髪の男性だった。
張り切って準備運動をしているが、その姿はキュンとしてしまうほどの老人っぷりだ。
「お父さん、現役で会社経営もされてるからお元気なんだけど、無理して怪我でもされたらどうしようって奥さん心配してて。代理のパパさん探してるんだけど、みんな急だと無理だって…」
リョウは信じられない思いで園庭を見回す。こんなにも多くの保護者がいるのに、誰も代理になろうとしないとは。
加納と家族に実際何があったか、妻たちが何を話していたかは分からない。
奴には散々な目に遭わされてきたが、あのお父さんに無理をさせるのも、加納の奥さんがそれで困るのも見たくはない。
朋美の強い視線に後押しされるようにして、リョウは覚悟を決めた。
▶NEXT:10月14日 日曜更新予定
最終回 憎い加納の家族のために奮闘するリョウ。加納の行く末は…?

