ジェラート職人のアモーレ 口の中に広がる小宇宙 柴野大造さんがつくる5分間の幸福
遠心分離機や蒸留器が並ぶラボで
石川県能登町出身で、同町を拠点にジェラート会社を営み、世界で勝負する。地元の食材を愛し、口のなかにふんわりと広がっては消える幸せをとことん追い求める――。それを支えるのは、科学とアモーレ(愛)です。たゆまぬ追究から生み出された新たな味の数々は、味わう人を魅了します。
イタリアのリゾート地リミニで1月に開かれた、ジェラート・菓子職人の国別対抗戦「ジェラートワールドカップ」。柴野大造さん(50)が、幾重にもジェラートを重ねたロールケーキを完成させると、美しい断面を写真に撮ろうと、ライバルたちが集まってきた。
作品のモチーフは「海」。その断面には、タツノオトシゴを小魚たちが囲む愛らしい模様が現れた。パイナップル味のムースとみかんシャーベットが共演し、チョコとバニラが彩りをそえる味わいだった。地区予選を勝ち抜いた12カ国が参加。柴野さんが率いる日本は善戦していた。実際、「グルメ」部門では、トマト果汁を元に作った白いシャーベットで部門優勝した。
作りたてのジェラートがショーケースに並ぶ。手作りのおいしさを味わいたいと、遠方から来る人も多い=2026年2月、石川県野々市市、小山幸佑撮影
だが、最終結果は総合4位。重量が1グラム上回り、制限時間を1分超えるミスがあり、ペナルティーとして減点された。 柴野さんは「ありえない」とつぶやいた。東京・青山での販売イベントや協賛企業とタイアップした商品の発売など、総合優勝を前提に準備していた計画がすべて白紙になった。
石川県能登町出身で、同町などを拠点にジェラート会社を営む。2年前の能登半島地震で、自身は被害がほとんどなかったが、多くの人が被災した。優勝を被災地に持ち帰るという願いもかなわなかった。 だが、その数日後、柴野さんはもう未来を見ていた。イタリア国内を走る車のなかで、次の国際大会に向けて新メンバーの人選を始めた。「とにかく前向き。決してあきらめない。それが柴野さんのすごさだと思う」。日本チームで共に闘った、愛知県瀬戸市のパティシエ伊藤俊男さん(45)はいう。
牛に囲まれて育ったが……
柴野さんは能登町で酪農を営む両親のもとに生まれた。3歳の頃には牛舎で三輪車を乗り回し、小学生になると牛舎の掃除当番を担った。中学時代は、子牛の誕生に感動して作文を書いた。「僕は初めて知るその生命の充実感にただもう、うっとりとなって……」
ジェラートの原料になるのは奥能登の酪農家の生乳。厳しい品質検査をクリアしたものが届けられる
ただ、牛乳はあまり好きでなかった。飽きてしまったのだ。母はカレーライスや肉じゃがに牛乳を入れ、餅や白玉団子にも練り込んだ。父は冷や飯に牛乳をかけていて、「猫のご飯かよ、って」。それでも、大学の夏休み、帰省中に搾りたての牛乳を飲み、衝撃を受けた。ほのかな甘みとさわやかさは、東京でのすさんだ食生活で忘れていた味。全身の細胞にしみわたるようだった。
大学を卒業後、家業に加わった。その翌年、牧場直営のジェラート店を始めた。生産から加工、販売までを手がける「6次産業化」で、利益率を高めたかった。父は、酪農との両立を心配したが、「おれがやるから」と押し切った。
石川県珠洲市の天然塩を使ったジェラートを開発。輪島市の輪島朝市の土産物店で販売すると、観光バスのガイドらの口コミで人気が広がり、売り上げは増えていった。退路を断つ思いで酪農をやめ、ジェラートの製造販売の専業となった。
この時点では柴野さんの技術は世界水準には達していなかった。イタリアでの国際大会に出場したが、下位で終わっていた。ただ、和服姿で液体窒素でジェラートを即席製造するショーを披露し、目立っていた。
ジェラートのレシピを書きつづってきたノート。「レシピを考えるのは今でも楽しい」と柴野さんは語る
あるとき、見知らぬ老人が話しかけてきた。「君は面白いな。うちのラボに寄っていかないか」。老人は名店の創業者で、伝説的なジェラート職人ティト・ペンネストリさんだった。帰国便の予定を変更し、5日間にわたって指導を受けた。
「ジェラートは科学だ」。ペンネストリさんはこう言った。凍結防止力、脂質、甘味度、固形分率といった要素ごとに理想の数値を決め、それに合うように材料の種類と量を調整していく。最高の味と食感を生み出すには、科学に基づく「組成理論」が不可欠と知り、目からうろこが落ちた。
2015年、日本ジェラート協会主催の大会に「マスカルポーネとオレンジバニラ フランボワーズと赤ワインのソース」を出品した。ねっとりとした食感と口溶けの良さ、豊かな甘みとさわやかな酸味が口のなかで小宇宙のように広がる。
ペンネストリさんに学んだ組成理論をもとに、甘味度や脂質を厳密に制御した。すべてが溶けて消えたあとも、幸福な余韻がさらに5分間は続く。そんな一品となった。
結果は、確信していた通りの優勝。1カ月前から考えていた強気のコメントをあえて言った。「日本一は通過点にすぎません。世界一をめざします」。
国際大会に向けて、イタリア人も驚く新たなフレーバーの開発を急いだ。師ペンネストリさんの助言をもとに選んだのはセロリだった。消化を促す効果があり、世に広がる健康志向に応える利点もある。焦点は、セロリの苦みを残しつつ、苦手な人でも楽しめるようにすること。食物繊維のあるパイナップルで食べ応えを生み、青リンゴでまろやかさを与え、ライム、ミントで味を調える。食材の分量を試行錯誤し、黄金比率を探った。
だが、前哨戦として出た国際大会では4位に終わった。知人のイタリアの職人からは「セロリを外せ」と助言された。
自問自答を繰り返したが、結論は変わらなかった。自分の名刺代わりになる独自のジェラートで勝負する。それで負けるなら、しかたないと腹をくくった。
2017年、国際大会「Sherbeth Festival」に出品。ついに世界一の栄冠を手にした。審査員のひとりは完食して空になった容器を掲げ、「これが私の答えよ」と言った。
いま、石川県で直営する2店舗と、県内外で監修する店舗やネット通販などからの売り上げは年間3億円を超える。
定番と季節商品と作りたてのジェラートを販売しているのは、石川県野々市市と能登町の2店舗。野々市市の店舗はガラス張りで、製造工程をすべて見えるようにしている。文字通りのラボだ。壁には元素の周期表が掲げられ、ホワイトボードにはレシピのための計算式がびっしりと書かれていた。2店舗で提供する約20種には季節商品もあり、取材時には「桃とプラムとローズマリー」(写真中央)、「春待ちさくら」(同右)を販売していた。ネット通販でも買える定番ジェラートには、奥能登地域の生乳を使った「能登プレミアムミルク」や、珠洲市の天然塩を使った「能登の塩」、五郎島金時さつまいもを使った「金澤スイートポテト」などがある。
桃とプラムとローズマリー(中央)と春待ちさくら(右)=2026年2月、石川県野々市市、小山幸佑撮影
アモーレ(愛)を注ぐのは
次にめざすのはどんなジェラートなのか。その夢は限りなく広がっている。 配合飼料なしに牧草だけで育った牛の生乳、平飼いのニワトリの卵、そして蜂蜜だけでつくる、自然の恵みが結晶したジェラート。あるいは、動物性たんぱく質を一切使わない植物性のジェラート、米こうじなど発酵食品を活用したジェラート、さらには大人のためのカクテルを凍らせたジェラート……。
柴野さんにとってジェラートとは何か。
「アモーレ(愛)、ファンタジーア(想像力)、パッシオーネ(情熱)を注ぎ込むもの。なかでもアモーレが大事」
愛の対象は、ジェラートの元になる生乳をつくる牛たちであり、ジェラートを食べてくれる消費者たちだ。
Self-rating sheet 自己評価シート
全体的に自己評価は低いなか、行動力は高い数字に。考える前に体が動くという。イタリアで開かれている国際大会に出るようになったのも行動力ゆえだ。「おれのジェラートは世界に通用すると信じていました。今から思えば、根拠のない自信でしたが」と笑う。
かつて生まれたばかりの子牛がのどに異物をつまらせていると、父は子牛の口に自らの唇をあてて異物を吸い出し、子牛の命を救った。牛たちへの無償の愛を父から受け継いだ。能登半島地震では、通販で購入した人たちから数々の応援メッセージが届いた。生死に直結しない仕事の意義を自らに問う日々だったが、勇気をもらった。「ジェラートは魂の食品。手作りだからこそアモーレを届けたい」。瞬時に溶けて消えた後も続く5分間の幸福。その神秘に魅せられた男の物語に終わりはない。
柴野大造さんのプロフィール1975 石川県能登町で生まれる 両親は酪農家だった
1999 牧場直営のジェラート店を能登町で開業
2015 日本ジェラート協会主催のジェラートマエストロコンテストで優勝
2016 イタリアジェラート協会から「世界ジェラート大使」の称号を与えられ
2017 国際大会「Sherbeth Festival」で優勝、「世界一」に
2022 製造部門と一体化した店舗「マルガーラボ野々市店」をオープン
2023 イタリアジェラート協会が「世界最高のジェラート職人」として表彰
2024 日本ジェラート協会会長に就任
