「豊臣兄弟」柱の名は今も!上月城トラウマ…秀吉“記憶喪失”も小一郎“災い半分”ネットまさか「寿命?」
俳優の仲野太賀(33)が主演を務めるNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」(日曜後8・00)は7日、第22話が放送され、「上月城の戦い」(第1次=1577年・天正5年、第2次=1578年・天正6年)が描かれた。
<※以下、ネタバレ有>
NHK連続テレビ小説「おちょやん」などの八津弘幸氏がオリジナル脚本を手掛ける大河ドラマ通算65作目。“天下一の補佐役”豊臣秀長を主人公に、豊臣兄弟の絆と奇跡の下克上を描く。兄・豊臣秀吉役は俳優の池松壮亮が演じる。
第22話は「播磨大誤算」。一度は播磨を手中に収めたかに見えた羽柴秀吉(池松壮亮)だったが、竹中半兵衛(菅田将暉)の悪い予感が的中。服属したはずの国衆たちが反旗を翻し、呼応して毛利・宇喜多も兵を挙げる。しかも折悪く半兵衛の体調が悪化し、秀吉は味方を見捨てて撤退。ある夜、自責の念に苦しむ秀吉は足を踏み外して頭を打ち、記憶を失くしてしまう。羽柴小一郎(仲野太賀)は兄の記憶を取り戻そうと手を尽くすも…という展開。
東播磨・三木城。若き別所家当主・別所長治(下川恭平)が挙兵。さらに毛利・宇喜多が西播磨・上月城へ進軍した。秀吉は、尼子家再興を狙う尼子勝久(渡邉蒼)と山中幸盛(廣瀬友祐)に上月城の守備を託していた。
上月城救出のため、秀吉は高倉山に陣を置く。しかし、織田信長(小栗旬)は三木城攻略を重視。援軍は来なかった。
秀吉の脳裏には、毛利に国を滅ぼされた勝久と幸盛が頼ってきた時の姿がよみがえる。「粥を口にした途端、泣き出しおってのう」「共に毛利を討とうと約束したのじゃ」「わしはどうしたらええのじゃ」。蜂須賀正勝(高橋努)に吐露し、涙した。
あいにく半兵衛が病に倒れ、潮時。秀吉は雨に打たれながら、上月城に向かって土下座。撤退を命じた。
「この後、尼子勝久は切腹し、山中幸盛は安芸国へ護送中に敵の手にかかり、討ち取られました」(語り・安藤サクラ)
秀吉は上月城から退却。毛利・宇喜多の侵攻を食い止めるため“西の比叡山”書写山・円教寺(現在の兵庫県姫路市)に陣を構えたが、秀吉は記憶喪失に。なか(坂井真紀)が小一郎に招かれ“母の味”焼き味噌を振る舞った。
小一郎は覚悟を決める。名を書きながら祈れば、願いは叶うが、災いが降り掛かるという柱に、刀で名を彫っていった。
小一郎「兄者にとっては、忘れたままの方がよいのやもしれぬ。じゃがの、わしはそんなのは許さぬ!兄者が誘ったから、今のわしはここにおるんじゃ!(涙ぐみ)これまでしんどいことも、楽しきことも、2人で一緒にやってきたんじゃ!なかったことにはできんぞ!いち抜けたなど許さんぞ!」
秀吉「おっか様の顔を見た時から、思い出しておった」「すまぬ。こんな情けないわしには戻りとうなくて、言い出せなかった。じゃが、わしにも忘れたくない思い出がたくさんある。おまえのおかげで、それを思い出したわ」
小一郎「(刻んだ名を削り取らなくても)ええか、このままで。これからも兄者には、苦しいことが山ほどあるじゃろう。その災いを、わしも半分引き受けてやるわ」
別所が籠城している三木城攻めの軍議。急報が届く。「有岡城主、荒木村重様、謀反にござりまする」――。
SNS上には「やはり秀吉ありの小一郎、小一郎ありの秀吉」「母の愛は強し」「柱に刻んだ名前、小一郎が先に亡くなるフラグ?」「まさか、この願掛けが小一郎の寿命を縮めた?」「これで小一郎が大事なものを失うわけか…寿命?子ども?」などの声が続出。兄弟愛や家族愛、柱の言い伝えが注目を集めた。
豊臣秀長は1591年(天正19年)、豊臣秀吉より先に病死。また、圓教寺の公式SNSなどによると、食堂(じきどう)の柱には今も「羽柴小一郎内高井丁助」という家臣の落書きが残っており、今回はこれをアレンジしたとみられる。
次回は14日、第23話「さらば半兵衛」が放送される。
