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長女への暴行の容疑で現行犯逮捕され、その後巨人の監督を辞任した阿部慎之助前監督に対し、「そもそも現行犯逮捕ができるケースだったのか」とSNSで疑問の声が上がっています。

報道によると、阿部氏が、長女と次女の喧嘩を止めようとしたところ、長女から言い返されたことに腹を立て、押し倒すなどの暴行を加えたとされています。

長女が児童相談所に連絡し、児相が警察に通報。警察が阿部宅に臨場し、暴行罪の現行犯で逮捕したとされています。阿部氏は逮捕された夜のうちに釈放されましたが、こうした事実関係の中で、そもそも現行犯逮捕は認められるのでしょうか。解説します。

●そもそも現行犯逮捕とは何か

通常、逮捕には裁判所の「令状」(逮捕状)が必要ですが、現行犯逮捕は令状なしで逮捕できます。

「現行犯人」とは、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者」です。

この「現行犯人」といえるには、犯罪と犯人が明白である必要があり、そのためには、基本的には逮捕者(警察官など)が犯行を現認している必要があるとされています。

ただ、例外的に、周囲の客観的な状況などから犯人が明白であるような場合には、逮捕者自身が直接犯行を見た場合でなくても現行犯逮捕が認められています。

しかし、被害者や目撃者の証言だけでは、犯罪と犯人であることが明白とはいえず、現行犯逮捕は許されないと考えられています。

たとえば、裁判例の中には、被害者が裁ちばさみを突きつけられたと通報し、駆けつけた警察官が容疑者を現行犯逮捕した事案で、「被害者の供述に基づいてはじめて犯人と認めうるに過ぎない」場合には現行犯逮捕は許されないと判断したものがあります(京都地方裁判所昭和44年(1969年)11月5日決定)。

●阿部前監督は現行犯だったのか

報道によれば、本件では阿部氏から暴行を受けた長女がChatGPTに相談し、長女が児童相談所に連絡したようです。その後児相が警察に通報し、警察が阿部氏宅に臨場し、現行犯逮捕したということのようです。

そうすると、警察官は犯行を直接目撃していないと考えられるため、それにもかかわらず逮捕が正当化される事情が存在したのかが問題になりそうです。

この点について、本件は家庭内で起こった出来事であり、現場となった場所で被害者や家族(目撃者)の証言もあると思われる状況です。

一般論としては、明白性を判断する要素として、被害者や目撃者の供述も意味を持ちますが、これは客観的状況に意味づけを与える間接的な役割を与えるにすぎないと考えられています(「判例講座 刑事訴訟法(捜査・証拠篇)第2版」(川出敏裕、立花書房、2021年10月))。

つまり、供述だけだと現行犯逮捕の明白性としては弱く、客観的な要素が必要になると考えられます。

本件での「犯人の明白性」については、家族間のトラブルであり、「人違い」はおよそあり得ないという意味で満たしていそうです。

次に犯罪の明白性ですが、本件は暴行事件であり、長女が負傷していないことから、客観的な事件の痕跡がなさそうなのが問題となります。

ここについては様々な考え方があります。あくまでも供述だけではだめだ、と厳格に考え、犯罪が明白とはいえず現行犯逮捕は認められないと考える人もいるでしょう。

反面、本件では供述だけではなく、警察官が臨場したときの、阿部氏や長女、次女などの態度や表情などの状況も合わせ、明白性が認められるという考えもあるでしょう。(ただ、逮捕時の具体的な状況は現時点では不明です)

このように、本件で現行犯逮捕における明白性が認められるのかどうかの判断は、実はかなり難しいと考えられます。

●犯行後◯分以内といった明確な基準があるわけではない

次に、現行犯逮捕では、犯罪を現に行っているか、行い終わったばかりである必要があります。

ただ、犯行後どのくらいの時間であればよいのか、ということには明確な基準はありません。

現行犯逮捕の事案では、たとえば犯行から1時間10数分後の現行犯逮捕を適法とするケース(東京地裁昭和62年4月9日判決)がある一方で、犯行終了時から40分後、現場から250〜300メートル離れた派出所内での現行犯逮捕を違法としています(大阪高裁昭和62年9月18日判決)。

これは、このような判断が時間だけではなく、犯行現場からの移動距離や、その間の監視の状況なども踏まえて総合的に判断されているためです。

たとえば、上の東京地裁の裁判例では、単に1時間以上経過した現行犯逮捕を一般的に適法としたわけではありません。

犯行直後から警察官が継続的に職務質問を行い、誤認逮捕防止のための事実確認を続けながら犯行現場と同一の駅構内の派出所で逮捕した、という事情があります。

本件では、場所は特に変わっていませんが、警察官が臨場するまでにどれくらいの時間が経っていたのかは、必ずしもはっきりしません。

●「逮捕の必要性」という別の問題

また、現行犯逮捕のためには、条文上明示されてはいないものの、「逮捕の必要性」も必要と考えるのが一般的です。具体的には逃亡のおそれや、証拠を隠滅するおそれがあることが求められます。

具体的な裁判例として、たとえば大阪高裁昭和60年12月18日判決では、身元が明らかで逃亡・証拠隠滅のおそれがないにもかかわらず逮捕した点について「必要性を欠く」として違法と判断しています。

また、東京地裁平成19年10月16日判決では、信号無視の現行犯逮捕につき「逃亡のおそれがなく必要性を欠く」として国家賠償を認めました。

●本件での逮捕の必要性はあったのか?

阿部前監督は自宅におり、住所も氏名も明らかです。有名人であり、報道機関に追われる立場でもあるため、「逃亡する」「証拠を隠す」という事情は乏しかったと言えます。

なお、「証拠」には人の証言も含むため、阿部氏が被害者である長女を含めた家族と一緒にいることで、証言を変えさせてしまうという意味での証拠隠滅のおそれは、抽象的には認められうると考えられます。

●その他の問題

その後の報道では、阿部氏がアルコールをかなり摂取していたといった情報もあるようです。

しかし、アルコールを大量に摂取していたとしても、そのことが、直ちに本件(長女に対する暴行)による現行犯逮捕の必要性などに影響するわけではありません。

もちろん、泥酔して臨場した警察官の前で暴れたなどの事情があれば、そのことを理由として公務執行妨害罪や暴行罪などでの現行犯逮捕は可能です。

●逮捕が違法だったか検証する機会はおそらくない

これまで解説してきたとおり、今回の阿部氏の「現行犯逮捕」は本当に要件を備えていたのか、細かく考えていくと、かなり難しい問題だと思います。

このケースでは、阿部氏に警察署まで任意同行を促せばよかったとも思われます。

元々この事件の情報が「捜査関係者によると」ということだったため、もしかしたら任意同行と逮捕がどこかで混同されたのではないかとすら考えていました。

しかし、球団は広報文の中で「現行犯逮捕した」と明記しており、報道を特に否定していないため、現行犯逮捕したのはおそらく真実なのでしょう。

仮に逮捕が違法だったとしても、それを直ちに指摘して是正する手続きがあるわけではなく、またすでに釈放されているため、今後、この逮捕の適法性が裁判所で判断される可能性は非常に低いでしょう。

また、被害者である阿部氏の娘さんが処罰を望んでいないなどの事情があれば、不起訴の可能性は高いと思われます。

不起訴となれば、逮捕の適法性を司法が審査する機会はありません。

(参考文献) 「警察官のためのわかりやすい刑事訴訟法〔第2版〕」(加藤康榮編著・城祐一郎・阪井光平著、立花書房、2019年10月)
「判例講座 刑事訴訟法(捜査・証拠篇)第2版」(川出敏裕、立花書房、2021年10月)

監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)